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バシャール:追加の仕打ち

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2017-11-20 01:32:35 NEW !
テーマ:   『後悔すること』とは、波動アライメント外になった自分を攻めるエネルギーを表しています。ですから、波動アライメント外になった自分に気がついて直ぐに元の自分に戻ろうとするのではなく、もう一つネガティブなフィルターを強いて、その波動域に暫く滞在する事を意味しているのです。この追加の仕打ちは、時として長い時間がかかる事があります。なぜならば、自分自身を攻めて袋叩きにし、負のスパイラルをどんどん下がってしまう事にあります。そしてここで理解して欲しい事は、負のスパイラルは底なしだという事です。逆に愛のスパイラルは無限に上昇しますので、テッペンへ行き着く事は永遠にありません。

貴方がする事は、後悔する事ではない事を知ってくださいとバシャールは話しています。そうではなくて、”波動アライメント外にいる自分”に気がつく事、そしてそこから直ぐ浮上する事なのです。つまり新しい気づきと学びを得たら、その波動域に感謝をしつつ元の自分に戻してゆきましょう。元の自分に一気に駆け上がる事はできませんので、徐々に波動の階段を上昇するようにしてください。

後悔に対する逆のエネルギーが、愛の波動です。なぜならば無価値、役立たずだと言って自分をけなして痛めつける波動が後悔の波動だからです。この時の状態の貴方は、愛を受け止める事ができないでいます。この時の貴方は、愛を愛だと理解する隙間もありません。この時の貴方は、何もかもが”お空言”にしか聞こえない状態です。なぜならば、本来あるべく自分の姿と程遠い波動域に存在しているので、どんなに素晴らしいツールが揃っていても何の効果も得る事はできないのです


シャルダン・ナイルドニュース 2015年9月29日

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Update from the Galactic Federation of Light and the Spiritual Hierarchy You, dear Children, are the Light of this world. You are the candle of the Light that no one can extinguish. Use this to bring the wonders of this time to swift fruition.

 

http://www.paoweb.com/sn092915.htm

12 Eb, 5 Tzotz, 12 Manik 

Dratzo! 世界は、これまで以上に前進し続けています。 我々の地上の同盟者たちは、現実の新しい銀行システムを動かすために配置についています。闇の勢力は、そうした新しいシステムへの移行をすでに停止できなくなっています。ヨーロッパ、南北アメリカ、そして、もちろん、中国のエンシェントファミリー(古代の家族)は、巨大なフロートから流れ出る巨額のマネーの最終的なプールシステムを確立しています。 選任された主計官と安全管理者たちは、彼らに特別に課せられた任務を全うするため、最適で神聖な時期があることを知っています。 現時点では、秘密グループはいくつかの危機に直面しています。そして、この流れは起こる寸前です。卑劣な寡頭政治のあまりにも長い支配は今まさに終焉の時であり、もうこれ以上統治することは出来ません。我々は、グレゴリウス暦の10月が近づいています。この時期は、西洋では伝統的なお化けや幽霊など恐怖のお祀りの時でもあります。実際のところ、それはあの広大な(あなた方の古代の家でもある)アトランティスが海の下に沈んだ時を意味しています。 このイベントのはじまりは、ザックの時、すなわち曖昧のままにしておかない(白い暦月:収穫が終わった月)の時に起こりました。 光りの勢力(アトランティスの人達)がケンタウルスの新しい聖院に向かった時を記念しハロウィン(神聖な前夜)と呼ばれています。この時期が、あなた方が恩恵を得る段階と重なったことは、本当に素晴らしい偶然の一致です!   

この現実が、あなた方の世界で大規模なシフトを起こしています。前回までは、寡頭政治が何を起こし、それが予定通りに実行されたか確認することになっていました。今はもうそのパワーは彼らには与えられていません。 改革のための人的パワーやマネーの移行は、全く新しい方法で、短期間でその頂点に到達できるように始まっています。これは、巨額のマネーの移行がこの地球上に住む人々に再配分される方法に同様な影響を及ぼします。結局この再分配は、闇の勢力を支持していた組織や政府が役に立たなくなることよっても引き起こされます。この素早い移行は、結果的に世界的な繁栄を拡大することになります。そして、それは同時に、現在の世界の通貨制度に対して大規模なリセットの高まりをもたらします。その最終的なステップには、通貨に対する金の裏づけの支援と、あなた方の銀行が新しく機能する方法が含まれます。 このようなこれからの大きな変化は、あなた方に本当の民主主義への復帰を促し、「people power」がより広義な概念として定着しさ、あなた方が主となる統治をもたらします。 

 

それは、真の立法に裏打ちされた統治への復帰でもあります。 今現在、あなた方はあり余るエネルギーを身に浴びています。これらのエネルギーで、あなたの身体的、精神的、感情的な面を微妙に調整するよう天が助けています。こうした特別な調整の目的は、あなた方が体の基本周波数をゆっくり上げることにより、新しいエネルギーの吸収をより容易にすることです。我々の医療チームによっていろいろな構成要素が加え、これらのエネルギーを上げる必要があります。この銀河の中心から来ているエネルギーには、たまたま大きな量子が含まれており、それを受けることで、あなた方はさらに安定することになっています。 この来たるべき変化は、新しい一連の認識によってあなた方をより中心に移行することです。 我々の師は、あなた方が完全な意識の皮切りに味わう「挫折」に関し、それはそれとしてその現実を受け入れることを求めています。 また天は、あなた方の意識にどうしてこのような大きな変動が起こったかについて学ぶように望んでいます。 かつて、アトランティスの人々は、闇の勢力の助けを借りなければならない絶望的な状況がありました。彼らは、傘下の数多くのコロニーが、ムー(レムリア)に対して行うことに対し大いに反対していました。そして反乱が起こりました。

あなた方に起こっている変化は、あなた方の波動を高めることで、あなた方の様々な基本的な認識の変化が、あなた方の長い生涯にどのように影響していくのかについて気づいて貰うためです。あなた方の宇宙の艦隊とのファーストコンタクトは、あなた方が本来慈善的な性質のため受け入れやすくなっています。 それによって今までと違う陽が当り、アメリカの役割をあらためて見直すことになります。 1945年にアメリカを中心とした連合国に、日本、ドイツなどの枢軸国は敗北し、その後、大部分の世界は、親アメリカの態度をとりました。 これは大いなる転換でしたが、今は否定的な様相を呈しています。 アメリカは多くの悲劇に関わってきたにもかかわらず、糾弾されることなく持続してきています。今まさに起ころうとしていることは、このような状況が永遠に続くと言う考え方を変えることです。 アメリカの本質は、寡頭政治から救われたいと望んでいます。この変化の主要な要素は、NESARAが地球上にまんべんなく広がることです。もう一つは、UFOの隠蔽工作を公式に終わらせることです。アメリカの寡頭政治による帝国主義は、もうすでに終わっています。 しかしながら思慮のない無意味な戦争が未だに行われています!現在、我々に残されたものは、全人類に対する愛情と連帯です。 平和と大いなる繁栄が、あなた方を待ち受けています。 ガイアを助け、そして完全意識の準備となるこの好機を活用して下さい!       

 

ナマステー! 我々は、あなた方のアセンデドマスターです! 光りの勢力によるポジティブなエネルギーは、より大きくより高いレベルに向かって流れ続けています!このような天からのエネルギーは、この銀河の中心を経由して我々の方へ注ぎ込まれています。これらのエネルギーは、皆さん一人一人を強化しています。自由と繁栄の総体的なビジョンを創造するために、これらの驚異的で聖なる力を使って祝福してください。 このポジティブな楽観によって、強力なエネルギーが生み出され、現実の素晴らしい変容をもたらします。 ハレルヤ!   そして日々、これらのエネルギーは、あなた方の意識を上げてゆきます。 闇の勢力は、彼らが持っていた強力なエネルギーが光りの勢力を阻止できると自惚れていましたが、そうした思いは、もう過ぎ去った過去のものになってしまいました。喜びと共に! そして大きな展望のもとに集い、あなた方のパワーを光りの勢力のパワーに加えましょう。 

全能の神の御技に感謝してください! あなた方は、あなた方の夢に向かうため光の軌道が与えられています。 我々の仲間たちは、唯一のポジティブなメッセージを流し続けています。 あなた方は、いままで見たことも聞いたこともない奇跡の旅の最中です。   あなた方の身体的、感情的、精神的な体の各部分は、聖なるエネルギーの流入に大きな影響を受けています。それによって、我々はあなた方に常にポジティブであることを願っています。人々の人間性豊かな集いに参加して、日々共に祈り瞑想してください。そして、あなた方が強く望む領域を心に描いてください。 この精神的なエクササイズによって、これらの新しい領域がさらに具現化することを促します。 自由と繁栄は、いま前進し始めています。この素晴らしく微妙なビジョン覚知し、この領域を開発して、ガイアや我々を助けるために、あなた方の能力を十分活かしてください。これらの新しい現実が変化を起こし、あなた方をこの新しい聖なる領域に導くことになっています。この素晴らしい時が近づいてきて、あなた方は、闇の勢力によって長い間先延ばしにされていたこのイベントが起きるのをついに見ることになります。 これは、興奮と驚きの時間です! 

どんなファストレーションも忍耐強く容認しましょう。新しい世界はもう間近です!   今この崇高な青緑色の地球のいたるところで起きていることは、まさに天の恩恵そのものです。壮大な規模の静かな革命が起こっています。その聖なるルーツは、アフリカ、ヨーロッパそしてアメリカなどに点在する小規模の金融会社や銀行で始まりました。 これらの行動はここ数十年の間に起こっており、自ら組織された社会的なメディア・ネットワークを作り上げました。我々は、発展の自由に対する渇望もよく見えていますし、その有害な人間性の一面を迅速に変える手段として、小規模なネットワークを活用し、それを発展させる貢献者を待ち望んでいます。 我々はあなたが方の繁栄と共にあって、そしてあなた方を祝福します。 我々は、この天のビジョンが実現しつつある様子を心から喜んでいます。そして、それは神聖な魔法を興し特別な繁栄につながることになっています。この小さいオーク(小さな木から巨大な木になる例)が意欲的で強力な箱舟に成長することになっています。奇跡を信じ、全能の神の名のもとに堅固であれ、繁栄あれ! ホサナ! ホサナ! ホサナ! 

今日、我々はあなた方にこの地上で静かに起こっている多くのニュースをお知らせしました。ガイアはあなた方を待っていて、 あなた方がガイヤの神聖な資源を適切に管理することを知っています。 世界的な社会秩序の再構築をもたらす時です。 忍耐の時です。偉大な繁栄の波が、もうすでにあなた方のものであることを知っていてください! 人々よ、天の数えきれない恵みと、限りない繁栄が本当にあなた方のものであることを知っていてください! そうあらんことを! 

Selamat Gajun! Selamatはい! (シリウスの言葉:全ては一つに!そして、喜びのなかにあれ!)  

Posted by KUNIO at 12:55 Sheldan Nidle Updates  

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真のスメラミコト ご降臨の証し! 「ひふみ神示」 最後の一厘とは?

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転載:http://d.hatena.ne.jp/seiryuu2013/20130208/1360284488 2013-02-08 岩戸開きについてAdd Star

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ひふみ神示における最後の1厘というべきものが、《岩戸開き》の秘密のこといってよいでしょう。
岩戸が開くとは何を意味しているのか?
それはいつ開くのか?
そもそも岩戸はどうして閉じてしまったのか?
岩戸が開くことと私はどういう関係があるのか?
これらの謎が解けない限りいくらひふみ神示を熟読しても、それが徒労に終わる公算が大きいといわざるを得ないでしょう。
今回ここで、その疑問に解答をだしてみたいと思います。
その解答の根拠として、ここでは、聖書古事記を使用します。
まず、岩戸閉めの原因ですが、ひふみ神示にはこのようにあります。
「岩戸閉めの始めはナギ伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ。」
(五十黙示録・第二巻・碧玉之巻・第十帖より)

古事記』には、いざなぎ(伊耶那岐)、いざなみ(伊耶那美)が天上界高天原』から地上に降り、国々(子供たち)を産むストーリーがありますが、この時に何かが起こって岩戸が閉じてしまったのです。それでは、古事記のものがたりよりその部分を見てみましょう。

~そのあらすじはこうです。~
「いざなぎといざなみは『おのころ嶋(=地球)』に降りていき、まず最初に『天の御柱(あめのみはしら)』立てます。天の御柱とは、神霊が昇り降りするために立てるとても太くて高い柱で、地上界と天上界を結ぶ神の柱です。

いざなぎといざなみは「新しい魂を宇宙からいただくために、天の御柱の周りを廻ろう」といい、いざなぎは左から、いざなみは右から回り、二人が出会ったところで先にいざなみが声をかけ、宮殿の奥にある寝室へと入り、男女の営みである『みとのまぐはひ』をされました。

やがて、産まれたのが骨のない『水蛭子』でありました。つぎに『泡嶋』が産まれましたが、やはり、泡のように浮かび漂うばかりで人の形にはなりませんでした。
女の方から先に声をかけたのは良くなかったのです。
そこで、いざなぎといざなみはもう一度やり直し、今度はいざなぎ(男の方)が先に声をかけ多くの国々(子供たち)産んでゆきます。

しかし、いざなみが火の神『かぐ土』を産んだ際に大変なことが起こりました。火の神である『かぐ土』の強い炎に焼かれて、みほと(女陰)に大やけどを負い寝込んでしまったのです。結局それが原因でいざなみは命を失い、黄泉の国に下ります。」

これが、私たち日本人にとってのご先祖であられる、いざなぎ(伊耶那岐)、いざなみ(伊耶那美)の夫婦の神様の一連のストーリーです。見て頂いたようにいざなみは黄泉の国に堕ちてしまいました。黄泉の国とは即ち地獄です。いざなぎはいざなみを慕い黄泉の国に降りて行きますが、いざなみの変貌してしまった醜い姿に驚き地上界に逃げ戻ります。それで、いざなぎ、いざなみの夫婦は地上界と黄泉の国に互いに離別した状態になってしまいました。

次に聖書を見てみましょう。
これまでにも、よく指摘されて来ていることですが、聖書のアダムとエバのストーリーと古事記のいざなぎ(伊耶那岐)、いざなみ(伊耶那美)のストーリーは非常に酷似しています。
では創世記のその部分を抜粋してみてみましょう。

【さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。
蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」
女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。
しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」
そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」
そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。
神である主は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」
そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。
こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。
人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。…】

失楽園の物語として有名な部分ですが、神の子としてこの地に誕生したアダムとエバは神の戒めを破り神の国であったエデンから追放されてしまいます。つまり、神の楽園から苦しみの世界、すなわち地獄への墜落です。しかも原因は女エバにありました。当然アダムとエバはエデンの園にもう一度戻ることを願いますが、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣に遮られて帰ることができません。
それで聖書の預言は、アダムとエバの後孫であるすべての人類の最終的希望成就が、もう一度〝いのちの木に至る〟ことにあると説いているのです。

それでは、この古事記聖書を根拠にしながら岩戸閉めと岩戸開きについて言及してみたいと思います。

其の1、女が先に声をかけることによって堕落した。
天の理(ことわり)は男性が主体であり、女性が対象であるが、この時女性が主体となり男性に声をかけたことが天の理に反したことなった。
聖書でも、女が主体となり木の実を夫に与えている。当然ここでも女が男に「食べて下さい」と声をかけたことであろう。

其の2、その堕落の行為とは性的関係であった。
古事記では、いざなみが、先に声をかけ、宮殿の奥にある寝室へと入り男女の営みをしたとある。
そして聖書では、果実を取って食べたといっている。
つまり果実を取ってたべることを男女の営みに譬えている。
女が動機(神様を離れた動機)となって男女の営みをした…。
これが堕落の行為となった。

其の3、罪の動機は女性にあった。
聖書では、蛇で表されているサタンの誘惑に乗ったのが女であるとする。
これは、悪神サタンと人間エバの霊的堕落を意味するが、霊的堕落とは、すなわち心情の堕落であり、女エバの心情にサタン(サタンの情)が入ったということを意味する。
いざなみは死んで黄泉の国に下るようになるが、これは女の心情にサタンが入った結果を表している。

其の4、罪の子を産む。
いざなみは最初に骨のない『水蛭子』を産み、つぎに泡のように浮かび漂うばかりの『泡嶋』産んだ。
天の理(ことわり)を犯した罪故に、罪の子を産んだのだ。
その後、いざなぎといざなみは自分たちの過ちに気づき悔い改めたので、次々とたくさんの子供を産むようになった。
しかし、その罪は完全に拭われたわけではないのだ。
一方エバの産んだ最初の子はカインであるが、このカインはサタンの性質を色濃く受け継いだ罪の子であった。
このカインは弟アベルを殺してしまう。そして罪の子孫は世界中へと広がってゆく。

其の5、エデンの園からの追放とは?
本来人間は、地上に神の国を完成するはずであった。
しかし、人間は、エデンの園から追放されてしまう。
人間の心情にサタンが入ってしまったためである。
平安と喜びしかなかった人の心に、苦しみと恐怖が根をおろしてしまった。
エデンの園から追放とは、地理的な観念ではなく心情的な観念なのだ。
それではエデンの園にあって、この世にないものとは何か?
それは『いのちの木』だ。
神は、このいのちの木への道を守るために、人を追放して、ケルビムと回る炎の剣を置かれたとある。
そしてこの『いのちの木』とは、古事記にある『天の御柱(あめのみはしら)』のことに他ならない。
つまり、神と人間、天上界と地上界をつないでいたのがこの神の柱なのだ。
人類の始祖であるいざなぎといざなみが天の理(ことわり)に反することによって失ってしまったのは、神とのつながりであった。

其の6、岩戸閉めとは?
岩戸閉めとは、一言でいうならば神様と人間つないでいた心情の回路が塞がれてしまったということだ。
そのことを聖書では『いのちの木』に至る道が塞がれたといっているのであり、それを古事記でみるならば神霊が昇り降りする『天の御柱』を失ったということになる。
そして、さらには地獄界(黄泉の国)というもう一つの世界が出来上がってしまった。
いざなみは、黄泉に落ち、いざなぎは中間層の地上の人間界に留まるようになった。
いざなみといざなぎの間には、もう一つの岩戸(蓋)ができてしまったことになる。
つまり、天上界と人間界のつながりが絶たれ、人間界と地獄界のつながりも絶たれた。
それぞれの層と層の間に岩戸(蓋)ができてしまったのだ。

其の7、岩戸開きとは?
岩戸が開くとは『天の御柱』に至る道が開かれるということだ。
その時には地獄の蓋も開き黄泉に落ちた魂が地上に上ってくる。
そして、閉ざされていた地上界と天上界との蓋が開く。
そうなった時に人間は地上に生きながらにして神性を持った神の子として生まれ変わることができ、その際、地獄にいた霊たちも地上の人間に入り、肉体を持つ人間と共に一気に天上界に引き上がることが可能になる。
そのことを聖書では「いのちの木にあずかる特権を与えられ、また門をとおって都にはいるために、自分の着物を洗う者たちは、さいわいである。」(ヨハネ黙示録22:14)という。
これを古事記的に表現すると「岩戸が開いた時に、その門を通って天の御柱にあずかる特権を賜り、神の国に入る者はこの上なきしあわせでございます。」となる。

其の8、岩戸はどこにあるのか?
岩戸が閉まるとは、本来自由に通じ合うことができた神と人間の心情の疎通が閉ざされたことを意味する。したがって岩戸は自分の外部には存在しない。
岩戸は、私たちひとり一人の中にあるのだ。

其の9、岩戸はいつ開くのか?
ひふみ神示 第27巻 春の巻 第一帖に「新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ。」とあります。2012年辰年、すでに岩戸開きは始まっています。
そして2013年今年が、神の国の紀元元年です。

其の10、岩戸を開く最後の1厘
岩戸を開くカギを持ってこられるお方が、真のスメラノミコト様であられ、そのカギとは御言です。最後の1厘を解き明かした御言によって私の中の岩戸が開かれるのです。

参考資料1

古事記のものがたりより)
二人はさっそく出来たばかりの『おのころ嶋』に降りていき、まず最初に『天の御柱』を立てました。天の御柱とは、神霊が昇り 降りするために立てるとても太くて高い柱で、大地と宇宙を結ぶ大切な役目をしています。そしてそれは、地球のどこからでも見ることができます。
つぎに『八尋殿』という広い宮殿を建てました。
こうして新居もできあがりひと息ついたところで、いざなぎは、自分自身の下半身に何か不思議なものが、ぷらんぷらんとぶら下 がっているのが気になり、
「おまえの体はどんな風になっているのか?」
といざなみにお尋ねになりました。いざなみは、しげしげと体を眺めて答えました。
「わたしの体はほとんど完成しているのですが、一か所だけ、ぺこん、とくぼんだ『なりなりて成り合わない』ところがあります」
「わたしの体にも一か所だけ、ぽこん、と飛び出た『なりなりて成り余れる』ところがある。そこでどうだろう、お前のくぼんだところに、わたしのとびでたところを差し入れて、国を産もうと思う が、いかに?」
と申されました。
「はい。そうしましょう」
といざなみは、股を広げて答えられました。
「では、新しい魂を宇宙からいただくために、天の御柱の周りを 廻ろう」
そして、いざなぎは左から、いざなみは右から回り、二人が出 会ったところで先にいざなみが、「あなにやし、えをとこを(ああ、なんとええおとこ!)」
あとからいざなぎが、「あなにやし、えをとめを(ああ、なんとええおとめ!)」と見つめ合いました。
言霊といって言葉には不思議な霊力が宿っております。いい言葉を言えば幸せになり、悪い言葉を言えば不幸になっていくのです。そこで二人は、国を産むにあたってお互いをほめたたえる言葉をかけあったのでございます。
このとき、いざなぎは、
「女の方から先に声をかけたのは良くないのでは?」
と言ったのですが、あまり気にもとめないで、宮殿の奥にある寝室へと入られ、男女の営みである『みとのまぐはひ』をされまし た。
やがて、いざなみは骨のない『水蛭子』をお産みになられまし た。
二人は泣き悲しみながら、この子どもを葦船に乗せて流し去りました。つぎに『泡嶋』が産まれましたが、やはり、泡のように浮かび漂うばかりで人の形にはなりませんでした。

参考資料2

創世記 第3章
3:1さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。 3:2女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、 3:3ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。 3:4へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 3:5それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。 3:6女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。 3:7すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。
3:8彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。 3:9主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 3:10彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。 3:11神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。 3:12人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。 3:13そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。 3:14主なる神はへびに言われた、
「おまえは、この事を、したので、
すべての家畜、野のすべての獣のうち、
最ものろわれる。
おまえは腹で、這いあるき、
一生、ちりを食べるであろう。
3:15わたしは恨みをおく、
おまえと女とのあいだに、
おまえのすえと女のすえとの間に。
彼はおまえのかしらを砕き、
おまえは彼のかかとを砕くであろう」。
3:16つぎに女に言われた、
「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。
あなたは苦しんで子を産む。
それでもなお、あなたは夫を慕い、
彼はあなたを治めるであろう」。
3:17更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、
地はあなたのためにのろわれ、
あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
3:18地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、
あなたは野の草を食べるであろう。
3:19あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、
あなたは土から取られたのだから。
あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。
3:20さて、人はその妻の名をエバと名づけた。彼女がすべて生きた者の母だからである。 3:21主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。
3:22主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。 3:23そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。 3:24神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。
第4章
4:1人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。 4:2彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。 4:3日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。 4:4アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。 4:5しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。 4:6そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。 4:7正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。
4:8カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。

【日本の役割は神との契約成就】神と神の民イスラエルが結んだ契約

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出エジプト4. 神と神の民イスラエルが結んだ契約

 

        (1) 個人(アブラハム、イサク、ヤコブ)から民へ

① 旧新約聖書全体の重要な思想は「契約」という概念である。旧約、新約の「約」とは契約を意味している。聖書においては人と人が結ぶ契約も見られるが、聖書全体を特色づける契約は神と人(民)との間に結ばれた契約である。その契約関係とは「主がイスラエルの神となり、イスラエルは主の民となった」ということである。

② すでに神はアブラハム、イサク、ヤコブと個人的に契約を結ばれたが、ここに至ってはじめて、民を相手として契約関係に入られたのである。この契約はシナイ契約と呼ばれ、神の恵みにもとづいている。出エジプト19章4節、申命記32章11節参照。旧約の歴史の危機的な状況において更新されていく。

(2) 契約における三つの特権(19章5~6節)

イスラエルがエジプトの奴隷状態から救い出され、シナイ山において神の「宝」、「祭司の王国」、「聖なる国民」とされて、生ける神との独自な契約関係を結んだことは画期的な出来事だったのである。

①《神の宝》・・イスラエルはすべての国々の中にあって「神の宝」となる。神にとって大切な財産、特別な宝。神と特別な関係と価値を有するものとなる。

②《祭司の王国》とされるとは、イスラエルの民が神と他の民族との間の仲介者となり、全世界にいる他の民族を神に導くためのとりなしの祈り手とされた。ペテロ第一2章9節。祭司としての使命。

③《聖なる国民》とされるとは、罪を犯さなくなるということではなく、神のために特別にきよめ分たれた国民にされることを意味している。実際に、生ける神の声を聞くという特権にあずかった民族は、世界でただイスラエルのみであった。

  これらの三つの特権は互に深いつながりがあり、また現代のキリスト者に適用される。

(3) 契約の条件(19章5節)

契約締結の条件は神の御声に聞き従うことである。しかしそれは強制ではなく、合意(同意)に基づくものである。民は「主が仰せられたことを、みな行なう」と約束した。しかしこの時、それがいかに難しいことであるか、少しも理解してはいなかった。ペテロの自信「私はあなたを知らないなどとは決して申しません」(マタイ26章35節)のように。

(4) 契約の内容・・・律法の賦与(20章1~17節)

画像の説明

①「律法の賦与の意義」・・・イスラエルが神の民として正しい基準を持つためである。

②「旧約律法の三つの種類」

a. 道徳律法(モーセの十戒)・・十戒は二枚の石の板に書かれ、幕屋の中の契約の箱の中に納められる。イスラエルが旅をするときは、神の箱が先頭になって進んだ。それは神の道徳律法がすべての中心であることを、このことを通して神がお示しになった。すべての律法はこの十戒を中心としている。
b. 祭儀律法・・・礼拝に関する規定が記されている。
c. 社会律法・・・民事裁判等の規定が記されている。

道徳律法は永遠に変わらない。祭儀律法と社会律法に関してはキリストの贖いよって新約時代に廃棄された。

③「十戒の構造と内容」

画像の説明

④ 律法(十戒)が指向しているもの

神が十戒を与えられたのは、神が人に要求する標準を提示すると同時に、私たちが律法を守ることのできない罪人であることを示すためである。それゆえ私たちには救い主が必要なのである。律法はキリストに導く養育係なのである。

日本に来た契約の箱と三種の神器 

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転載:http://blog.livedoor.jp/hideki4612/archives/1062561477.html    holyplacelg

  契約の箱

       ARK

 「契約の箱」は、イスラエル人の宗教上の象徴の中で最も古くかつ神聖なもので、ヤハウェの箱、証の箱としても知られ長方形の木箱で金でおおわれていました。
 
         サイズ

 彼らはアカシヤ材で箱を造らなければならない。
 長さは二キュビト半、幅は一キュビト半、高さは一キュビト半。
 あなたは純金でこれをおおわなければならない。
 すなわち内外ともにこれをおおい、その上の周囲に金の飾り縁を造らなければならない。
 また金の環四つを鋳て、その四すみに取り付けなければならない。
 すなわち二つの環をこちら側に、二つの環をあちら側に付けなければならない。
 またアカシヤ材のさおを造り、金でこれをおおわなければならない。
 そしてそのさおを箱の側面の環に通し、それで箱をかつがなければならない。
 さおは箱の環に差して置き、それを抜き放してはならない。
 そしてその箱に、わたしがあなたに与えるあかしの板を納めなければならない。
 また純金の贖罪所を造らなければならない。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。
 また二つの金のケルビムを造らなければならない。
 これを打物造りとし、贖罪所の両端に置かなければならない。
 一つのケルブをこの端に、一つのケルブをかの端に造り、ケルビムを贖罪所の一部としてその両端に造らなければならない。
 ケルビムは翼を高く伸べ、その翼をもって贖罪所をおおい、顔は互にむかい合い、ケルビムの顔は贖罪所にむかわなければならない。
 あなたは贖罪所を箱の上に置き、箱の中にはわたしが授けるあかしの板を納めなければならない。
 その所でわたしはあなたに会い、贖罪所の上から、あかしの箱の上にある二つのケルビムの間から、イスラエルの人々のために、わたしが命じようとするもろもろの事を、あなたに語るであろう。 (出エジプト 25:10-22

 キュビットは、ヘブル人が一般に用いた長さの単位で、もともとは肘から手の指先までの長さに由来する身体尺で約45cmです。
 キュビットの名称は、ラテン語で「肘」を意味する言葉に由来します。
 ヘブル語では前腕を意味するアンマとよびます。 
 新共同訳の聖書はアンマ表記です。
 イスラエル人と聖約を結んだヤハウェは、神殿の製作を指示します。
 使用する材料はもその寸法にいたるまで細かく啓示します。
 聖なる祭器と神殿の建設者として聖任されたのは、ユダ族のベザレルと助手としてダン族のオホリアブが作業にあたり、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していました。
 箱は長さ約110cm、幅と高さがそれぞれ約67cm、内側も外側も全面に金箔が貼られました。
 地面に直接触れないよう箱の下部四隅に脚が付けられ、箱の四隅に金環を作り、そこに担ぐための金箔を施したアカシア棒を通しそのままにしました。
 蓋の部分に当たる贖罪所は、ヤハウェが地上で住まわれる所と見なされていました。


 その所でわたしはあなたに会い、贖罪所の上から、あかしの箱の上にある二つのケルビムの間から、イスラエルの人々のために、わたしが命じようとするもろもろの事を、あなたに語るであろう。 (出エジプト 25:22

 契約の箱は、幕屋が完成するとその中の最も神聖な所である至聖所に置かれました。
 箱の中には、シナイ山でモーセに与えられた十戒の石板が納められていました。

       
 
  十戒石板


 そしてその箱に、わたしがあなたに与えるあかしの板を納めなければならない。 (出エジプト 25:16

 彼はまたあかしの板をとって箱に納め、さおを箱につけ、贖罪所を箱の上に置き、箱を幕屋に携え入れ、隔ての垂幕をかけて、あかしの箱を隠した。
 主がモーセに命じられたとおりである。 (出エジプト 40:20-21
 
           history-speeches

  十戒

 あなたは私のほかに、何ものをも神としてはならない
 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない
 あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない
 安息日を覚えて、これを聖とせよ
 あなたの父と母を敬え
 あなたは殺してはならない
 あなたは姦淫してはならない
 あなたは盗んではならない
 あなたは偽証してはならない
 あなたはむさぼってはならない


 契約の箱は、証の箱ともよばれました。
 そののち、マナの壺と奇跡的に芽を出したアロンの杖も契約の箱の内部に納められました。
 
        三種の神器
 
 さて、初めの契約にも、礼拝についてのさまざまな規定と、地上の聖所とがあった。
 すなわち、まず幕屋が設けられ、その前の場所には燭台と机と供えのパンとが置かれていた。
 これが、聖所と呼ばれた。
 また第二の幕の後に、別の場所があり、それは至聖所と呼ばれた。
 そこには金の香壇と全面金でおおわれた契約の箱とが置かれ、その中にはマナのはいっている金のつぼと、芽を出したアロンのつえと、契約の石板とが入れてあり、箱の上には栄光に輝くケルビムがあって、贖罪所をおおっていた。
 これらのことについては、今ここで、いちいち述べることができない。 (ヘブル 9:1-5
 
 契約の箱は、イスラエルの民からは最大の敬虔の念を払って見守られ、動かしたり所定の場所に置いたりする前には、祈りが唱えられました。


 こうして彼らは主の山を去って、三日の行程を進んだ。
 主の契約の箱は、その三日の行程の間、彼らに先立って行き、彼らのために休む所を尋ねもとめた。
 彼らが宿営を出て、道に進むとき、昼は主の雲が彼らの上にあった。
 契約の箱の進むときモーセは言った、「主よ、立ちあがってください。
 あなたの敵は打ち散らされ、あなたを憎む者どもは、あなたの前から逃げ去りますように」。
 またそのとどまるとき、彼は言った、「主よ、帰ってきてください、イスラエルのちよろずの人に」。 (民数 10:33-36

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 神はモーセ契約の箱の蓋の部分の贖罪所の上の2つのケルビムの間でモーセと会いモーセと語ると言われました。
 一対のケルビムの翼が三角形を描いています。
 そこからヤハウェが臨みます。
 それは「すべてを見通す神の目」です。
 「すべてを見通す神の目」は、ユダヤ密教(カバラ)の命の木の象徴図形の最上部である日の栄えの王国から臨むヤハウェ=イエス・キリストを意味しているのです。

 「すべてを見通す神の目」は、フリーメイソンリーの象徴となりました。

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 おお、わたしの愛する同胞よ、わたしの言葉を覚えておきなさい。
 見よ、わたしは自分の衣を脱いで、これをあなたがたの前で振り、わたしの救いの神に、そのすべてを見通す目でわたしを見てくださるように祈る。
 それであなたがたは、すべての人が各自の行いに応じて裁かれる終わりの日に、わたしがこうしてあなたがたの罪悪をわたしの身から振り払ったのを、イスラエルの神が御覧になったことと、わたしが神の御前に輝いて立っており、あなたがたの血から免れていることを知るであろう。 (2ニフ 9:44

  

  マナの壺

 「マナの壺」に関して、こう記されています。
 
 
 イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。
 それはコエンドロの実のようで白く、その味は密を入れたせんべいのようであった。
 モーセは言った。
 「主の命じられるところはこう である。
 『それを一オメルあなた方の子孫のために蓄えておきなさい。
 それは私が、あなた方をエジプトの地から導き出した時、荒野であなた方に食べさせたパンを彼らに見せるためである』と。 
 そしてモーセはアロンに言った「一つのつぼを取り、マナ一オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のためにたくわえなさい」。
 そこで主がモーセに命じられたように、アロンはそれをあかしの箱の前に置いてたくわえた。
 イスラエルの人々は人の住む地に着くまで四十年の間マナを食べた。
 すなわち、彼らはカナンの地の境に至るまでマナを食べた。 (出エジプト 16:31-35
 
 

  前方後円墳
 
 仁徳天皇陵(大仙陵古墳)は、大阪府堺市堺区大仙町にある百舌鳥古墳群の古墳の1つで、日本で最大の規模を誇る前方後円墳で墓域面積は世界最大です。
 墳長およそ486m、前方部は幅305m、高さ約33m、後円部は直径245m、高 約35m。 
 1872年(明治5年)には、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿が出土しました。 (参照

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 前方後円墳は、何をかたどったか分からない学者が名づけた呼び名です。
 前方後円墳を、「逆転」させると、本来の「マナの壺」の形になります。
 しかも、この前方後円墳には、真ん中あたりの両脇にでっぱり「把手(とって)」があります。
 イスラエル10部族のガド族は、マナの壺を継承したと伝えられています。

 邪馬台国を併合した神武天皇はガド族でした。
 天皇陛下は「ミカド」といい、本来は「ミガド」といい、ヘブル語では「ガド族出身」という意味です。
 そして、ヘブル語で「カド」は「とってのついた壺」です。

 神武天皇は自らがイスラエルの神器「マナの壺」を継承する者であることを示す必要がありました。
 王権のシンボルと合わせて、それを最も効果的に表現するモチーフが巨大古墳でした。
 そして、空から見ると「マナの壺」と分かる形にしたのです。
 それは、10部族の本体が空からやって来ることを知っていたからです。 (参照
 
 神武天皇が日本に渡来し先住民の徐福集団の末裔の海部氏に入り婿したときに、海部氏が統括する神殿である籠神社にマナの壺を安置しました。
 籠神社では、宮司が新しく襲名する際、黄金でできた真名之壺を神殿から運び出してきて、襲名の杯に真名之壼からわずかに削った金粉を入れて飲む儀式があります。
 
 イスラエルの神器マナの壺もまた黄金でできており、形状は同じです。
 あるとき、真名之壺は籠神社から籠神社から伊勢神宮の外宮へと移されました。
 現在は、真名之壺は伊勢神宮の外宮にあります。
 外宮の御神体は、一説によると米であり、米を入れている容器、それがマナの壺のことです。
 「マナの壺」は、黄金製です。

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 さて、初めの契約にも、礼拝についてのさまざまな規定と、地上の聖所とがあった。
 すなわち、まず幕屋が設けられ、その前の場所には燭台と机と供えのパンとが置かれていた。
 これが、聖所と呼ばれた。
 また第二の幕の後に、別の場所があり、それは至聖所と呼ばれた。
 そこには金の香壇と全面金でおおわれた契約の箱とが置かれ、その中にはマナのはいっている金のつぼと、芽を出したアロンのつえと、契約の石板とが入れてあり、箱の上には栄光に輝くケルビムがあって、贖罪所をおおっていた。
 これらのことについては、今ここで、いちいち述べることができない。 (ヘブル 9:4-5

 そして、聖書中の「1オメル」の単位が、外宮の神宝の壺と同じ寸法なのです。

 
 人のボディを「体」と漢字表記しますが、これは誤りで、「漢和辞典」には、体の字は本来は「劣る」意味で、ボディの意味で使うのは誤りで、音が似ているので借字しているだけです。
 ボディを指す漢字は「體」が正しです。
 「體」は体の旧字で、骨+豊。
 「骨」は上部の骨格を示す象形文字に肉を下に加えたものです。
 「豊」は器に穀物を盛った象形文字で、供え物が豊穣な様を示します。

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 古来より、代々天皇家には伝わる「黄金の壺」があったといいます。
 籠神社の極秘伝では、応神(神武)天皇は朝鮮半島からの渡来人であり、先住民の物部氏に入り婿の形で王権を継承したといいます。
 ガド族の応神(神武)天皇がガド族が継承したマナの壺を王権継承の意味で、入り婿した王朝に差し出したのです。
 現在は、マナの壺は伊勢神宮の外宮に安置されています。

 マナの壺は、代々籠神社の奥宮「天真名井(あまのまない)神社」に極秘裏に受け継がれてきました。
 籠神社の現在の海部光彦宮司は、マナの壺は、戦後のあるときにどこかに移されたといいます。
 マナの壺は、現在、天真名井神社から移動され、伊勢神宮の外宮に安置されています。
 「マナ」を古代ヘブル人に与えたヤハウェは豊受大神なのです。


  豊受大神
 
 徐福集団の末裔の海部氏の神社、籠神社の82代宮司ノ海部光彦氏は、海部氏が代々が理解し信じてきた「豊受大神(トヨウケノオオカミ)」の正体について、豊受大神は、旧約聖書に記された神、イエス・キリストが地上に生まれる前の霊体だったヤハウェと証言をしました。

 鎌倉時代(紀元1185年ごろ‐1333年)ののち室町時代の初期の紀元1336年に皇室が南北に分裂しました。
 歴史上、籠神社は南朝側に就いた経緯があります。
 実は、その南朝の忠臣として知られる北畠親房(きたばたけちかふさ)は『神皇正統記』において、伊勢神宮豊受大神宮(外宮)の祭神である豊受大神は「国之常立神(クニノトコタチノカミ)」と同一神であると述べています。 (参照
 
 鎌倉時代(紀元1185年ごろ‐1333年)の末期の伊勢神道(いせしんとう)とは、伊勢神宮で生まれた神道の説です。
 外宮の神職の度会(わたらい)氏の間で唱えられるようになっため、度会神道、外宮神道ともいいます。
 伊勢神宮では、古来は豊受大神宮(外宮)皇大神宮(内宮)に優先して供進の品を受け取る慣習があり、そこから鎌倉時代までには参詣者が外宮に参拝してから内宮に行くことが通例となっていました。
 しかし、外宮先拝の礼が定着してしまうと、今度は外宮の神官の間に、実は外宮の神は内宮の神よりも上位の神格なのではないかと思われ始めます。
 そこで、外宮では鎌倉時代に伊勢神道を広め、豊受大神、天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、国常立神が同一で世界の根源の神であるという宣伝を行うようになったのです。
 度会氏は、物部氏、海部氏と同族で古代の物部神道の奥義を知っていたらしいです。

 伊勢神道では天之御中主神、豊受大神とともに根源神とし、その影響を受けている吉田神道では、国之常立神を天之御中主神と同一神とし、大元尊神(世界の根源の神)に位置付けました。
 吉田神道(よしだしんとう)とは、室町時代(1338年‐1573年)京都の吉田神社によって大成された神道の一流派で、唯一神道、宗源神道ともいいます。

 海部穀定宮司は、こう述べています。
 「天照大神は、豊受大神とともに、元初の神であり、国常立尊(クニノトコタチノミコト)であるという古伝もある。」 (『元初の最高神と大和朝廷の元始』)

 豊受大神=ヤハウェ=国常立神

 「豊受」の「豊」は、「豆(たかつき)」に供え物を整えておいたことを意味します。
 「豊受」の「豊」とは、「~の」という語で、物事が豊かである意を表し褒める意をそえます。
 「豆」の字はもともと、「まめ」の意味はありませんでした。
 たかつき(=食物などを盛るのに用いられた脚の付いた器)を描いた象形文字で、この「たかつき」を表す文字が「豆(トウ/ズ〈ヅ〉)」でした。
 「たかつき」は多くは木製や素焼きの物で細長く作り立てて使用し、神仏への供え物を乗せたりもします。
 のちに、真ん中がくびれている、たかつきの形に似た「まめ」の意味も含むようになり、現在では意味の逆転現象が生じ「まめ」の意味で使われることの方が多くなったのです。 
 「受」は「受ける」とも「受かる」ともいいます。
 ここから「受け」=「ウケ」「ウカ」となります。
 ヘブル語では、「ウカ」は食物を意味し音と意味が一致しています。

 ヤハウェが、なぜ食物の神の豊受大神のかというと、モーセの時代にヘブル人はエジプトから脱出して40年間砂漠での生活をしますが、そこでは移動式神殿「幕屋」とともに移動しました。
 その間、天から降って来た食物「マナ」のおかげで、ヘブル人は食料の危機を脱しました。

 原始キリスト教徒のエルサレム教団と原始キリスト教徒になった10部族のガド族の神武天皇の秦氏が、マナの壺を海部氏に渡します。
 かつて籠神社の宮司は代々神職を継承する際、秘密の神宝で儀式を行いました。
 その神宝の名を「真名之壺(まなのつぼ)」といいます。
 真名之壺はマナの壺のことで、マナの壺とはユダヤの三種の神器の1つであり、出エジプト後のモーセ一行の飢餓を救った食べ物を入れた壺のことです。

 

バシャール:基本

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2017-11-21 02:53:27 NEW !
テーマ:   私たちの望む社会システムを作り出すには、一人一人の才能をニュートラルな視点で把握し、私たち一人一人が”ありのままの自分”を恐れる事なく体現してゆく事で開始されてゆくようになるのだと、バシャールは話しています。たったこれだけの事で、私たちが真に望む社会システムがスピーディーに構築され始める事を意味しています。そして、今後もっと”ありのままの自分”を恐れる事なく体現するスターシード達が増えれば増えるほど、私たちの社会はどんどん改善され進化するスピードも早くなってゆきます。

自分が”無価値で役立たず”だと感じている人達の手で作られる社会システムは、当然ながら”無価値で役立たず”が際立つ社会システムが確立されてゆきます。逆に、自分達は”価値ある愛の存在だ”と感じる人の手で作られる社会システムは、”価値ある愛ある存在”が際立つ社会システムが形成されてゆく事を意味しているのです。ですから私達それぞれが『ありのままの自分』に戻ってゆく事が、望む社会の元を作り出す基本となります。

現在は、古い概念と新しい概念がごちゃ混ぜに存在する状態です。長期間ほったらかしだったバケツの中には、小石やホコリが沢山溜まっています。その中に新しくてきれいな水を流し入れると、ゴミやホコリが舞い上がってバケツの水は濁ってしまいます。現在の私たちは、ちょうどそんな時代を生きているのです。バケツに溜まっていたゴミは新しい水のお影でバケツの外に吐き出され、そのうち新しくてきれいな水のみがコンスタントに流れ込む環境を作り出す事ができるようになるというわけなのです。

 

【漢字を発明したのは日本人、21世紀は漢字の時代!】漢字は聖書の真理を表す

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Ray:漢字は神代文字をベースにして解読すると中国の最古の漢字が読めてしまうそうです。

以下の本にそのことが書いてあります。

『漢字を発明したのは日本人だった!―虚構の中国4000年史』
幸 沙代子【著】
徳間書店 (1995/03/31 出版)

目次 第1章 謎の蒼頡碑文 第2章 沈黙の神代文字が語りはじめた 第3章 太古日本の王は世界を治めた 第4章 戦国時代の斉は日本神話の出雲だった!! 第5章 見直し迫られる漢字成立史 第6章 殷周の青銅器は出雲の宝だった 第7章 漢字の発明者は日本人だった
漢字の原型は、過去2000年以上に渡って誰も読むことができなかった。しかし、「淳化閣帖」に収められた“漢字の祖”蒼頡の碑文を、太古日本に存在した神代文字で解読したら、なんと、古代日本人の書ではないか―。こうなると中国文明4000年の歴史は、文明先進国日本を抹殺することで成り立っていた虚構と捏造の歴史だったのか。
漢字の原型は、過去2000年以上にわたって誰も読むことができなかった。しかし、漢字の祖・蒼頡の碑文を太古日本文字で解読したら、何と古代日本人の書ではないか…。漢字を発明したのは日本人?

以下のキリスト教サイドの「真理」の探索手法も、歴史の経緯としてだんだん真実に近づきつつあるところが参考になります。

  聖書  転載:http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/108kanji.htm

漢字は聖書の真理を表す
聖書の真理を表した漢字が、なぜこうも多いのか。


アダムとエバ


 私たちの普段使っている漢字の多くは、不思議なことに、聖書的な真理を表しています。
 たとえば、どんなものがあるでしょうか。




 その一つに、「義」という漢字があります。
 私たちは決して、自分の行ないによって義とされて救われるのではありません。行ないにおいて完全な人はいないからです。
 もし善行や、完全に正しい生活を条件にするなら、誰一人救われる人はいません。
 私たちは、キリストの十字架の贖いによって、救われるのです。キリストは、私たちの罪を全部背負って、身代わりに(あるいは私たちの存在を引き込んで)死んでくださいました。
 この死により、信じるすべての人に罪の赦しが与えられます。自分のすべての罪が赦され、神の前に「義」(正しい)と認められます。「義」という字は、
  義=羊+我
 となっています。聖書でキリストは、象徴的に「犠牲の小羊(羔)」と呼ばれていますから、「義」とは、
 "小羊なるキリストが我の上にあること"
 です。「義」とは、自分(我)の上にキリストを置き、自分の救い主として王座にお迎えすることなのです。
 この「義」の字は、中国で伝道したイギリス人宣教師ハドソン・テーラーが、よく用いたことでも有名です。




 ノアとその家族は、彼の時代に起きた大洪水のとき、「箱船」に乗って救われました。
 このときノアとその妻、また彼らの息子セム、ハム、ヤペテとその妻たち、計八人が箱船によって救われたのです(Iペテ三・二〇)。
 「船」という字は、中国人テモテ・ザオ宣教師や、C・H・カング宣教師によると、もともと"ノアの箱船"のことだそうです。「船」は、
  船=舟+八+口
 となっています。このうち「口」は、「人口」という言葉にも見られるように、人のことです。中国では人を数えるのに「口」を用いました。つまり「船」は、
  "八人の乗った舟"
 ということです。つまりノアの箱船のことなのです。
 「船」に限らず、漢字の中には、創世記の内容を表した漢字が多くあります。次のものもそうです。


ノアの箱舟には8人乗っていた。





 聖書・創世記二・七に、
 「神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は生きものとなった」
 と書かれています。土から形造られた肉体に、いのちの息=霊が吹き込まれて、人が「創造」されたのです。
 創造の「造」の字は、
  造=土+ノ+口+
 となっています。このうち、「土」は、アダムの肉体を形成した「土」を思い起こさせます。
 また「ノ」 (のかんむり)は、生命を表すものだそうです。たとえば「鳥」「牛」「血」「生」の字に見られるように、「ノ」は生命に関係しています。
 「口」は、いのちの息をアダムに吹き入れる神の口を想起させます。
 また「」(しんにゅう)は、歩行を表します。たとえば「送」「退」「迎」「追」「逃」「迷」「進」「道」などの字に見られるように、「」は歩行を表すのです。
 ですから「造」の字は、
 "土に、神の口からいのちの息(ノ)が吹き込まれ、歩く()ようになったこと"
 を表すもので、まさにアダム創造の出来事を想起させる字であるわけです。




 アダムは、人類最初の人でした。彼が、人類で一番「先」の人だったのです。
 この「先」という字は、
  先=土+ノ+
 となっています。「」は、「」(にんべん)と同じように、「人」を表します。
 つまり「先」は、
 "土で形造られ、生きる(ノ)ようになった人()"
 のことで、まさにアダムのことです。アダムが、「先」なのです。




 さて、神はアダムを造られたのち、女エバを造られました。アダムのわきから取って、エバを造られたのです。
 彼らアダムとエバが、私たち全人類の両親です。彼らが全人類の「元」となりました。
 この「元」という字は、
  元=二+
 です。先に見たように「」は人を意味しますから、これは、
  "二人"
 ということで、私たちにアダムとエバの二人を思い起こさせます。彼ら二人が、全人類の「元」となったのです。




 アダムはエバを妻とし、一つの住まいをかまえました。こうして家庭が「完全」になりました。
 この「完」という字は、先の"二人"を意味する「元」に、「」(うかんむり)をかぶせたものです。「」は、屋根を意味します。つまり「完」は、
 "一つ屋根()のもとにアダムとエバの二人(元)が暮らすようになった"
 ことを表し、こうして家庭が「完全」になったのです。




 アダムとエバは、「エデンの園」に暮らしていました。聖書によるとエデンの園からは、地下水がわき出ていて、四つの川となっていました。
 「一つの川が、エデンから流れ出て園を潤し、そこから分かれて四つの川となった」(創世二・一〇)
 と書かれています。
 ところで「田」という漢字を見ると、
  田=口+十
 で、境界線を表す「口」の中に、中心から四方向に線「十」が出ています(古代漢字の「田」は、もっと丸い形をしていました――)。
 日本語で「田」というと「田んぼ」のイメージしかありませんが、じつは中国で「田」は「田んぼ」だけでなく、「園」や「畑」のようなところも意味しました。
 つまり「田」の字は、まさに四つの川が流れ出ていたエデンの園を、思わせる字であるわけです。




 エデンの園の中央には、「いのちの木」と「善悪を知る木」が生えていました。それらの木は、それぞれ「果実」をならせていました。
 果実の「果」は、
  果=田+木
 となっています。「果」とは、もともとエデンの園の木の果実を表したようです。


エデンの園の中央には、「いのちの木」と
「善悪を知る木」とがあった。





 アダムとエバは、罪を犯す前は、裸でした。また、裸を恥ずかしいとは思いませんでした。「そのとき人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいとは思わなかった」(創世二・二五) 。
 しかし彼らが神の命令に背き、「善悪を知る木」の果実を取って食べたとき、不思議にも彼らは自分たちが「裸である」と思うようになりました。そして以後「衣」を着るようになりました。
 「裸」という字は、
  裸=衣(ころもへん)+果
 です。つまり「裸」とは、
 "果実を食べ、衣を着るようになった以前の状態"
 を意味する言葉に思えます。




 アダムは、エデンの園で創造されてのち、神の「祝福」のもとにありました。
 この「福」()という字は、
  福=ネ(示)+一+口+田
 となっています。
 このうち、「ネ」(しめすへん)は、じつは単に「示す」ということでなく、「神」を意味するものです。たとえば「禊(みそぎ)」(清め)、「祠官(しかん)」(神官)、「祠祀(しし)」(やしろを建てて祭ること)というように、「示」(しめすへん)は、それだけで神を表すのです。
 また「一」は、数字の「一」です。
 「口」は、「くち」の意味もありますが、中国では「人」の意味もあります。日本でも、「人口」という言葉があるように、昔の人々は口の数をもって人を数えたのです。
 また「田」をエデンの園と解すれば、結局「福」の意味は、
 "一人の人(口)がエデンの園(田)で、神(示)と共にいる"
 ことです。神はエデンでアダムと共にいて、彼を祝福されたのです。




 神はエデンの園の中央に、二本の木「いのちの木」と「善悪を知る木」を生えさせられました。そしてそれら二本の木を示して、人に命じられました。
 「善悪を知る木からは、取って食べてはならない」(創世二・一七) 。
 神は、一つの禁止事項を示されたわけです。この「禁」という字は、
  禁=木+木+示
 で、"二本の木を示す"ということです。神は二本の木を示し、そこで禁止事項を語られたのです。




 そののち、アダムとエバのもとにサタン=悪魔が、「へび」の姿をして近づいてきました。そしてふたりを誘惑しました。
 悪魔の「魔」という字は、
  魔=+木+木+鬼
 というふうになっています。このうち「」 (まだれ) は、"おおい"を表します。
 また二本の「木」は、エデンの二本の木を思い起こさせます。つまり悪魔は、
 "二本の木の陰に隠れていた()鬼"
 であったわけです。
 この「鬼」ですが、
  鬼=田+ノ+ム+
 となっています。「田」はエデンの園、「ノ」は生きていること、また「ム」は、漢字辞典によると「ぼう」と読み、「某」の意味だとのことです。「」は人です。
 つまり「鬼」とは、
  "エデンの園にいたある霊的存在"
 を意味するものでしょう。




 ノアの大洪水以前の地球の上空には、「大空の上の水」 (創世一・七)と呼ばれる水蒸気層があったので、それが宇宙から飛んでくる有害な宇宙線や紫外線を遮断し、地上の人々の寿命を長く保っていました。
 しかし大洪水後、その水蒸気層がなくなると、地上の人々の寿命は激減し、長くても「一二〇歳」 (創世六・三)程度となりました。
 また人が親になる年齢も早くなり、「一世代」は約三〇年程度になりました。創世記一一章を見ると、大洪水後の人々は、だいたい三〇歳前後で第一子を生んでいます。
 昔は「三十」を「卅」と書きました。この「卅」から「世」の字が生まれたようです。実際漢字辞典を見ると、「世」には"三十年"の意味もある、と書いてあります。
 このようにノアの大洪水以後、一世代は約三〇年になったのです。




 大洪水後、人々は再び地上に増えていきました。数百年たって、地上に最初の帝国主義があらわれました。
 人々は、その帝国主義の象徴として、「バベルの塔」と呼ばれる巨大な塔を建設しようとしました。しかし神は、その試みをお喜びにはなりませんでした。
 神は人々の言葉を「乱す」ことによって、塔の建設を中断させ、人々を全地に散らされました。
 「それゆえ、その町の名はバベル(混乱の意)と呼ばれた。主(神)が、全地の言葉をそこで混乱させたから、すなわち主が人々をそこから地の全面に散らしたからである」(創世一一・九) 。
 「乱」という字は、
  乱=舌+
 となっています。「舌」は言葉を話す舌、「」は人を意味する「兀」の右足部分です。
 つまり「乱」は、
 "人々が舌をみだされ、全地に散って歩いて () いった"
 という、バベルの塔の出来事を象徴している字に見えます。




 バベルの塔から二千数百年の歳月が過ぎ、ついに紀元前四年、ユダヤのベツレヘム村にイエス・キリストが降誕されました。
 このかたは、旧約聖書によって何百年も前から予言されていた通り、私たちを罪と滅びから贖ない出すために、十字架にかけられました。
 十字架の「架」の字は、
  架=力+口+木
 となっています。「口」は、先に見たように人の意味ですから、これは、
 "力あるかた(口)が木の上におられる"
 という意味です。私たちはこの"木にかけられた力あるかた"を信じることによって、罪と滅びと呪いから救われるのです。


「架」とは、力ある方が木の上におられたこと。





 キリストのことや、キリストがお与えになる「救い」については、すべて『聖書』の中に記されています。
 「救」の字は、
  救=求+文
 で、"聖書という文を求めること"です。私たちは神の御言葉=聖書を求めることによって、「救い」を見いだすことができるのです。




 一方、神の言葉=聖書を求めず、日常の事ばかりに「忙しく」していると、救いを見いだすことはできません。「忙」の字は、
  忙=心+亡
 で"心を亡ぼす"と書きます。日常の事ばかりに忙しくしていないで、聖書を求め、永遠を思い、神を思うことが大切なのです。




 私たちは創造主なる神を信じ、救い主なるキリストを信じることが大切です。私たちは、そのことによって救われるのです。
 「救い」とは、結婚のようなものなのです。男性が女性に求婚しても、女性が「ウン」と言わなければ結婚はできないでしょう。また女性が男性に求婚しても、男性がそれを受け入れなければ結婚はできないでしょう。
 同様に、「救い」は人が神との"愛と生命の交わり"の中に入ることですから、人の側で、
 「はい、神様とイエス様を信じます」
 と言って、神様とイエス様を心に受け入れなければ、神との交わりには入れず、救われません。
 私たちは、素直に神とキリストを信じる「信仰」によって救われるのです。
 「信」の字は、
  信=+言
 で、「」と「言」が夫婦のように互いに寄り添っています。
 「」(にんべん)は人です。一方、キリストは聖書の中で、「神の言」とも呼ばれています。
 「はじめに言 (ロゴス) があった。・・・・このかたは初めに神と共におられた。・・・・言は人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハ一・一~一四) 。
 つまり「信」とは、
 "人が神の言なるキリストと共に歩むこと"
 です。キリストが「花婿」、私たち人間が「花嫁」なのです。夫婦のように共に歩んでいくこと――それが「信仰」なのです。





 「木」の字をよく見ると、"十"(十字架を表す)と"人"から成っています。
  木=十+人
 "人"が"十字架"につけられているのです。"木"はまさに、キリストの十字架を思わせるものです。


木は、十+人である。それはキリストの十字架を思わせる。





 「休」は、"人"と"木"から成っています。
  休=人+木
 「休」の字の中で"人"が"木"に寄りかかっているのです。"木"は先に見たように、キリストの十字架です。
 すなわち、私たちが真に「休む」ためには、十字架にかかるほどに私たちを愛されたイエス・キリストのもとへ行くことです。イエスは言われました。
 「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタ一一・二八)。
 本当の「休み」――安息は、"人"が十字架のキリストのもとへ行くことにあるのです。




 イエス・キリストは、
 「わたしは、世をさばくために来たのではなく、世を救うために来た」(ヨハ一二・四七)
 と言われました。この「来」という字は、まさに、キリストの十字架を表しているように思えます。
 『中国字福音教材』も同じ視点からとらえているのですが、「来」は古くは「來」と書き、「來」の字を見ると、"十" (十字架) と、ふたりの小さな"人"、およびひとりの大きな"人"(キリスト)から構成されています。
  來=十+人+人+人
 これは、聖書の次の記述を思わせるものです。
 「ほかにも、ふたりの犯罪人が、イエスと共に死刑にされるために、引かれていった。・・・・人々は、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に」(ルカ二三・三二~三三)
 イエスは、ふたりの犯罪人らと共に、十字架にかかられました。それは私たち罪人のために、あがない(救い)の死を全うされるためでした。
 十字架の死こそ、イエスがこの世に「来られた」目的だったわけです。イエスは、十字架の贖ない(救い)のために世に「来られ」ました。
 キリスト来臨の目的である十字架の光景が、このように「來」の一字の中に、示されているのです。
 こうしたことを見ると、なんと聖書の記事と深いかかわりがあるだろうかと、思わざるを得ません。




 キリストが世に来られ、人々の贖いのために十字架にかかられることは、神のご計画によるものでした。聖書に、
 「イエスが(十字架に)渡されたのは、神の定めた計画と予知とによる」(使徒二・二三)
 と記されています。
 この「計画」の「計」の字ですが、"言"と"十"(十字架)から成っています。
  計=言+十
 "言"から思い起こされることは、聖書でキリストは「神の言」と呼ばれていることです。
 「言は人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハ一・一四)
 つまり「計」の字は、神の"言"なるキリストが"十字架"にかかられることを、示しています。神の"言"が"十字架"にかかることが、神の「ご計画」だったのです。
 「キリストは、すべての人の贖ないの代価として、ご自身をお与えになりました」(Iテモ二・六)
 キリストは、神のご計画にしたがって世に来られ、さらには十字架上で尊い血潮を流して、「すべての人の贖いの代価」となられたのです。




 「聖」は、聖書の中にはよく出てきます。
 「聖」は一般には、「清くて罪のない」の意味に思われています。しかし聖書において「聖」は、そうした意味よりむしろ、"神に属するもの"の意味に使われます。
 「聖」は神に属することを表し、「俗」はこの世に属することです。聖書はクリスチャンたちのことを「聖徒」と呼んでいますが、これはクリスチャンが全く罪のない人間という意味ではなく、神に属する者たちである、という意味であるわけです。
 さて「聖」の字は、"耳"と"口"と"王"から成っています。
  聖=耳+口+王
 これは、聖書の次の言葉を思い浮かべさせるものです。
 「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについての御言葉によるのです」(ロマ一〇・一七)
 「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われる」(同一〇・九)
 結論はこうです。キリストは、われらの"王"です。そのかたについての御言葉を"耳"で聞き、そのかたを心に受け入れて、キリストこそ人生の「主」また"王"であると"口"で告白するなら、あなたは救われます。
 罪と滅びから救われ、「聖」とされるのです。つまり神に属するもの、神のものとされるのです。
 「聖」は、キリストを"耳"で聞き、彼こそ"王"であると"口"で告白した者のことを示しているように思えます。




 「滅」という字は、恐ろしいものです。「滅」は、"水"(さんずい)、また"火""成"からできています。
  滅=水+火+成
 聖書にはこう書かれています。
 「当時の世界(ノアの大洪水の時の世界)は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし今の天と地は・・・・火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです」(Ⅱペテ三・七)
 聖書によれば、かつて地の人々は、"大洪水"によって滅ぼされました。いわゆるノアの大洪水です。
 また来たるべき日には、今度は"火"によって滅ぼされることが、はっきりと警告されています。天地は、世の終わりに、火のうちに過ぎ去るのです。
 すなわち神による滅びは、「滅」の字自体に示されるとおり、水と火によって成就するわけです。世界の「滅」は"水と火によって成る"のです。
 なんと驚くべき、漢字の意味する聖書の真理でしょうか。


「滅」の字は、「水」と「火」と「成」からできている。





 「神」という字は、"示"(しめすへん)と、"申"から成っています。
  神=示+申
 「神」の字が私たちに教えてくれることは、真の神は「示し」「申す」かたである、ということです。
 これは、偶像の神と対照的です。偶像の神は、
 「口があっても語れず、目があっても見えない。耳があっても聞こえず、鼻があってもかげない。手があってもさわれず、足があっても歩けない。のどがあっても声をたてることもできない」(詩篇一一五・五~七)
 者です。しかし聖書の神は、そうではありません。真の神は、つねに私たちに働きかけ、アクションを起こしておられます。自らを「示し」、語りかけておられるのです。
 神はおもに三つのものを通して、私たちにご自身を「示し」、語りかけておられます。
 一つは大自然です。「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせ」(詩篇一九・一)ています。すべての被造物は、神の永遠の力と神性を表しています。
 二つ目は、聖書です。「聖書はすべて神の霊感によるもの」(Ⅱテモ三・一六)で、神によって書かれた、神からの手紙なのです。神は聖書を通して、私たちに語りかけておられます。
 そして三つ目が、神の御子イエス・キリストです。「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われ」(ヘブ一・三)です。神はご自身を、御子キリストを通し、完全なかたちで私たちに啓示されました。




 「初」という字は、"衣" (ころもへん) と、"刀"から成っています。
  初=衣+刀
 聖書を読んでみましょう。こう記されています。
 「神である主は、アダムとその妻のために皮の衣を作り、彼らに着せてくださった」(創世三・二一)
 アダムとエバは、神の御言葉に従っていた時は、裸だったのですが恥ずかしいとは思いませんでした。しかし御言葉に反して罪を犯してからは、自分たちが裸であることを、恥ずかしく思うようになりました。
 彼らは葉をつづり合わせて、腰をおおいました。しかしそれは葉だったので、すぐに枯れてしまいました。そこで神は、ふたりのために「皮の衣をつくり、彼らに着せてくださった」のです。
 そのとき「皮の衣」をつくるために、神は動物の命を取り、おそらくその皮を「刀」で切られたでしょう――そうです。神は「初め」に「刀」を用いて、「衣」をつくられたのです。
 それは罪にけがれた人を、おおうためでした。これが、神の人間に対するすばらしい愛と赦しの「初め」です。
 アダムとエバが神の御言葉を無視して罪を犯したにもかかわらず、神は愛と赦しをもって彼らを受け入れ、皮の衣を着せてくださいました。
 神の愛と赦しの「初め」が、「初」の一字の中に示されているのです。なお「皮の衣」の出来事は、キリストの尊い血潮が流されることによって私たちに着せられる「義の衣」(イザ六一・一〇)の予型だとも言われています.



 「被」という字は、"皮"と"衣"(ころもへん)から成っています。
  被=皮+衣
 つまり「被」は、もともと「皮の衣」であった被服を表すものです。「皮の衣」が、アダムとエバを「被った」のです。


「被」とは、皮+衣である。また「初」は衣+刀である。



 「住」という字は、"人"(にんべん)と、"主"から成っています。
  住=人+主
 つまり"人"が"主イエス"と共にいること、それが「住む」ことです。そのときにこそ、人は安住できるのです。
 英語では「生きること」も「住むこと」も、同じくliveと言いますが、「住む」ことは、すなわち生きることでもあります。"人"が"主イエス"と共にあゆむとき、人は真に「生きる」ことができるのです。




 「命」の字は、"一"と"人"と"叩"から成っています。
  命=一+人+叩
 つまり、"一人のひとが叩ふりがなたたいている"わけです。聖書の次の言葉が浮かんできますね。
 「見よ。わたし(キリスト)は、戸の外に立って叩く。誰でも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは彼のところに入って、彼と共に食事をし、彼もわたしと共に食事をする」(黙示三・二〇)
 キリストは、私たちの心の戸を叩いておられます。そして私たちの心に入って、私たちと共に生きたい、と願っておられます。
 私たちは心の扉を開いて、彼を内に迎え入れされすれば、彼の与える「永遠の命」に生きることができるのです。


「見よ。わたしは戸の外に立って叩く」





 聖書に、
 「三つよりの綱は、たやすくは切れない」(伝道四・一二)
 とありますが、私たちが力を合わせて「協力する」ことは、強い力を生み出します。
 また聖書に、
 「私たちは神の協力者である」(Iコリ三・九)とあるように、クリスチャンは互いに神のために力を合わせています。
 「協」の字を見てみると、"十"(十字架)と、三つの"力"から成っています。
  協=十+力+力+力
 まさに、私たちが"十字架のキリスト"と共に、「三つよりの綱」のごとく互いに"力"を合わせていくことこそ、クリスチャンにとっての「協力」と言えるのではないでしょうか。




 主イエス・キリストは言われました。
 「私が道です」(ヨハ一四・六)
 この「道」という字は、"首"と""(しんにゅう)から成っています。
  道=首+
 "首"について、聖書にはこう書かれています。
 「キリストは教会の首(かしら)」 (エペ五・二三 文語訳)。
 「かしら」は今は「頭」と書きますが、昔は「首」とも書いたわけです。キリストが"首"なのです。
 一方""(しんにゅう)は、「行く」とか「歩く」の意味を持っています。それは「迎」「追」「迷」「速」「通」の字に見られるように、歩行を表します。
 つまり「道」は、"かしら"(首)なるキリストの"歩まれた"道のことでしょう。キリストは私たちに、模範として足跡を残されたのです。
 「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を示されました」(Iペテ一二・二一)。
 私たちは人生の中で、「これが道だ」「あれが道だ」という多くの声を聞きます。しかし真実の道は、一つしかありません。
 すなわち、イエス・キリストの示された道です。私たちは迷わず、この道を歩もうではありませんか。


「信」とは、人が神の言なるキリストと歩むこと。
「道」とは、"かしら"なるキリストの歩まれた道。

 こうして見てみると、聖書の真理を表した漢字がなんと多いことでしょうか。こうした漢字はユダヤ人やクリスチャンたちが発明したのではないか、と思えてきますね。

【漢字を発明したのは日本人、21世紀は漢字の時代!】蒼頡(そうけつ)廟碑

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Ray:伝説上の人物となっている蒼頡(そうけつ)がやはり伝説上の黄帝(こうてい)だとすればシェルダン・ナイドルニュースで紹介された21世紀人類の啓蒙の師となるラント卿になります。

シェルダン・ナイドルニュース 2016年7月26日   

http://blog.goo.ne.jp/adachi4176/e/a6a72cac810cf97571f4f64655ca05f6

  

 

この碑は、蒼頡の記念碑です。蒼頡は黄帝の史官で、漢字の創造者と伝わっています。許慎の『説文解字』序によれば、蒼頡は伏犠の八卦を一歩進め、鳥獣の足跡の形を絵に描いて、さまざまな事物を区別する符号(文字)を作ったとされます。


 鳥類の足跡に酷似した刻画符号は、山東省滕県の北辛遺址(大汶口文化遺址の下層)から、1978~1979年の発掘調査の際、残器底部と腹部の陶片から発見されました。半坡・姜寨遺址の刻画符号よりも400~500年もさかのぼります。その後、1982年に発掘された老官台文化の白家村遺址からもこれに近似する刻画紋・彩陶花紋が出土しました。


 しかし甲骨文字を見てもわかるように、漢字は古代の群衆によって作られたもので、一個人の創造によって作られたものではありません。また、ハングル文字のように、使用文字の決定は、その文明にとっても重要な政策の一つです。こうした意味から、蒼韻は古代の文字を整理した代表的な人物と思われます。


 甲骨文字以前の文字としては、紀元前1950年頃と推定される淮河下流域の江蘇省高郵市・龍虬庄遺址の刻画陶片、黄河下流域・山東省丁公村の古城跡(山東竜山文化期)出土の刻字陶片、長江下流域の良渚文化圏(江蘇・浙江省)から出土した壷など数点の土器に見える線刻などが知られています。特に丁公陶文は、馮時先生が「山東丁公龍山文化時代文字解読」(『考古』1994-1)という論文で「古彝文」と解読され、甲骨文字とは発展的連続性は認められないとされています。


 また、夏王禹が湖南省山(現在の新陽の北)に巡回したとき岣嶁峰の石に大洪水を治めた功績を記したという《岣嶁碑》も、碑林第五室にあります。


 蒼頡の時代、すなわち三皇五帝時代の存在自体、認める者はほとんどいません。しかし近年、長江流域の発掘調査が進み、良渚文化の遺品に殷の青銅器に刻されている饕餮紋が見られるなど、注目が集まっています。また、日本の三内丸山遺跡出土の米のが良渚文化の米と近似していたり、縄文人のDNAの一部が良渚人と一致するなど、考古学のめざましい研究成果が発表されています。


 私は、良渚文化の玉琮・玉鉞・玉璧は、大汶口文化灰陶尊図象記号に通じると考えます。大汶口文化から河姆渡文化・良渚文化に継承されたと思われます。そしてそのルーツは、あるいは仰韶文化泉護村遺址出土花弁図案土器にみえる月に梟(鴉)を図案化した紋様かと考察します。


 「日中有踆烏」という伝説では、太陽があって、その中には烏がいます。この伝説の基となった図象が大汶口文化灰陶尊図象記号であり、仰韶文化泉護村遺址出土花弁図案土器にみえる月に梟(鴉)を図案化した紋様の月が太陽に変化したものと考えます。


 現在長江流域の文化を長江文明と呼ぶ動きがありますが、当時すでに黄河文明とも(あるいは古代オリエント文明とも)交流があり、互いに影響しあっていました。そうしたことから、私は両者を合わせて中国文明と呼ぶべきかと思います。


 さて、この碑の文字は、碑表・碑陰・両側に刻されています。石が風化し、はっきり見える文字は数少なくなっています。文字の横幅はほぼ同じですが、縦は自由な幅に書かれています。文字間はほぼ同じで、巧みな均衡構成で全体をまとめています。


 漢碑の多くが並列構成でまとめられているのに対し、磨崖碑を思わせるこの碑の構成は、スケールの大きさを感じます。風化が激しいため、定かではありませんが、どっしりとした中に流れがあり、古隷からの移行まもないころの書風を感じます。

SNN 2016年7月26日 天上の評議会は、「啓蒙」を司るラント卿を全体の長として任命しました

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             ラント卿

シェルダン・ナイドルニュース 2016年7月26日  本文 http://blog.goo.ne.jp/adachi4176/e/a6a72cac810cf97571f4f64655ca05f6

初めの一節は、いつものRVやGCRの動きを中心にした資金の新しい流れです。実際に世界の金融を支配している闇の内部改革の進行状況です。時代に沿って改革を続ける闇の中心グループは勿論まだ健在です。光の地上部隊が世界の経済や政治状況、テロなど闇の恫喝を考慮しながら、確実に改革を進めていることが分ります。

トルコ革命を鎮圧した後のエルドアン大統領の異常な弾圧や連続的に行なわれる北朝鮮のミサイル発射など多くの国際問題の場合、現在の新しい金融改革をめぐって、問題を拡大させながら、闇の貨幣経済システムを強行に定着させようと言う思惑に対し、光がこの動きを慎重に包囲している様子が窺い知れます。

基本的なスケジュールに基づいてEUの崩壊や市民意識の急速な高まりなどイベントに必要なことは確実に達成されていますが、闇が支配する新しい金融システム(闇の資産を保護する最後の砦)の稼動は延び延びになっています。国際合意における重要な問題がまだまだあるので、最後に闇の蛇口を締める天のタイミングが重要なポイントでした。

この流動原理の基底で何が始まったのか、この様子をSNNでは「光の仕事を行っている存在及び、新しい資金の流れを監督している存在たちは、狂喜乱舞しており、この時期を新しい領域の始まり」と捉えています。3次元~5次元は陰・陽の2元性の場であり、光と闇の力関係はスパイラルに進化して無限に影響し合います。陰が極まれば陽に、陽がきわまれば陰に、変化は極まりなく、みなさんの力と光の先導によって、限りなくその時を超えながら、今までの歴史と同じ「長い時間」の軌道上にありました。

5次元に完全シフトの環境を速やかに整えるためだった「中世の後半にヨーロッパやアジアで開始しました。この壮大な陸続きの大陸中が長い不安定さと荒廃の時期を迎える中、金やその他の多くの貴金属を蓄えてきた」その本来の目的に照らして、これこそ「新しい始まり」を天が赦した「静かな確信」に新しい資金の流れを監督している存在たちは、狂喜乱舞しました。

この「新しい始まり」は、今までの成果をステップにするものであり、旧約聖書の創世記の6日目の神の御言葉で、すなわち、彼らを神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」に因む、壮大な歴史ドラマの始まりを意味しています。

 

近年僅か200年間の人口増加に見られるように、この時期が宇宙変遷の最終章であることを物語っています。一つのサイクルの中でアトランティスの沈没や人々の堕落が洪水を引き起こしたノアの箱舟の物語を経て、5千年前から宗教・哲学・思想、そして最終的に物質的な「経済」という枠組みの中で、欲望によって人心を失った73億人もの生命の糧とその魂を導くために、今日に至る金融経済の切り口が先行してきたことを物語るものです。

宇宙連合やアガルタと、地上に身体を得たそれぞれの役割によって、有史以来とも言える戦いの成果が結実したことを意味します。そしてこの物語は、更なる始まりの合図であり、貨幣のない社会へ向けて急激な社会変動と、物質世界の意識では決して想像できない天直轄の神聖な世界が浮上するための道筋でもあります。

今回SNNでは、皆さんにこの流動原理を分りやすいように、この物語の根源的な話が開示されました。「大天使ミカエルが主催する特別な天上の評議会はこのマスターたちの長としてラント卿を任命しました。」 この7人のアセンデット・マスターに自ら志願したラント卿は、主に中国に化身し、その国の文化を大きな知恵で満たした終焉の炎を焦束しました。中国の周時代(具体的な化身の1つ)は、孔子の導師(項屣:コウモ)であったと考えられます。中国初代の幻の皇帝と言われた黄帝(コウテイ)もラント卿の化身と言われています。中国では老子と混同されますが、別人です。

 黄帝

ラント卿が一番大切にしていた弟子のクアン・イン(観音様)を東洋における管理人に任命したのは中国が「隋」と言う国に再統一された紀元6世紀でした。クアン・イン(観音様)が大いなる探索を経て、サンジェルマンの出会いで終了した16世紀は、東洋では最後の王朝「清」が建国され、ヨーロッパのルネッサンスとともに今日のアメリカ合衆国が列強の植民地として産声を上げた時期でした。

東洋と西洋という歴史のエネルギーが相まって「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」、そのための宇宙と地底の魂が地球へ人身を得て転生して、その数73億人を養成する教育・医療・科学・芸術・・・そして経済の環境を整えてきたのです。この物語は荘厳な宇宙の進化の物語です。

16世紀から数百年で、壮大な貯蔵庫が数々と建造され、サンジェルマンは西洋の専制君主たちを銀行経営の新しい時代へと導きました。西側諸国はこれを植民地支配や戦争などの極悪非道な資金システムとして広げ、帝国時代を築く事が許されてしまいました。クアン・インとその同胞が隠していた基金にこれらの悪弊害が反映し、資金は成長していきました。その流れで20世紀が始まる頃には、世界が真に変わる為のステージが整うことになったのです。

それを象徴するかのように、20世紀に行われた第二次世界大戦は原爆で突如終了し、そしてこのステージを象徴する黄金や債権に基づき、戦後復興資金や国連難民資金・・・などの名目で、西洋諸国の新たな法令がいくつかの合法的戦略の基盤となり1990年代の中盤に、当時、突然に締結された“アンチャラ条約”が実を結び、この星の闇の存在たちは、平和と豊かさの光の時代へと続く領域へ移行するべく方向転換しました。

その闇は、今、世界的な仮想通貨や新しい地域銀行計画に躍っています。ベーシック・インカムのようなシステムが発効すれば、地球の運営は民意に移行することになりますが、その民意に地球環境を守る意識が根付くまでは民意とは言えず、そのためこの仮想通貨や地域銀行構想の行き先が知れません。個人システムも現在の社会システムが一変でもしない限り、神聖な世界の前触れの範囲は超えられません。民意とは私達のことです。その民意は皆さんで創って行く新しい創造の世界です。

ラント卿と弟子のクアン・イン(観音様)そしてサンジェルマンは、経済(金)のためこの仕組みを司ってきたのでしょうか。天上の評議会は、「啓蒙」を司るラント卿を全体の長として任命しています。人類の力で、家族や地域社会、そしてこの緑の地球を地上の天国に変えてゆくために、皆さんの心に核に内蔵されている神秘の扉を開ける時がはじまります。

天意は聖なる黄金のラインによって営まなれます。

お金ができる仕組み~銀行の詐欺システム~

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お金ができる仕組み~銀行の詐欺システム~

最新ニュース速報 日本の銀行が人員削減 吉崎達彦 2017年11月14日

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Ray:世界的な銀行崩壊です。

最新ニュース速報 日本の銀行が人員削減 吉崎達彦 2017年11月14日

貨幣の真実


MAX BRUCH: Violin Concerto No. 2 in D minor, Op. 44.

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MAX BRUCH: Violin Concerto No. 2 in D minor, Op. 44.

バシャール:責任を自分の中に

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2017-11-22 01:18:41 NEW !
テーマ:   貴方は細かなディテールを決定してから物質界にやってきている事を知ってくださいと、バシャールは話しています。たとえば国家や政治体制や社会システム、大統領制や議員内閣制、社会主義体制や共産主義など、貴方が体験したい視点が生きるベストなシチュエーションを細かく選んでやってきているのです。その他に、貴方の性別や考え方や視点、家族関係や友人関係、性格や特徴など、ワクワクで取り組んでいるのです。

物質界の生活が大変で、非物質界の視点になかなかなれない人には理解できないコンセプトかもしれません。今体験している困難が自分の”しかけた事”だなんて、バカバカしいと感じるかもしれません。しかし魂のメカニズムを理解して『軸』を自分に戻して考える事ができるようになると、『パワー』が貴方の中に宿るようになります。例えば、”周囲に振り回されて困難を体験している”と外側に責任があるように捉えるよりも、”自分がやった”という具合に軸を自分の中に戻してあげると、『新規スタート』を掴む事ができるようになります。つまり、貴方の力で自分の好きな方向へ向かう事ができるようになる事を意味しています。

ですから最初に貴方がする事は、軸を自分の中に移して『責任』は自分の中にある、自分の道は自分で切り開いていて、今までもこれからもそのスタンスは変わる事はない、と決意する事から始めてゆきます。そうする事で、自分の手で変えてゆける『波動粘土』が手に入るようになります。この『波動粘土』を自分の心のシグナルを伝って望むカタチに変えてあげて、貴方の人生に取り込んでゆきましょう。

プレアデスからのメッセージ11月22日

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2017年11月22日 私たちはフルに周波数を上げて、
拡大された視野からあなた方が現実を理解するための
情報提供を行なう準備が整いました。

あなた方の惑星は、現在パワフルな変革期を迎えています。
あなた方が「パラダイムシフト」と呼んでいることが、
まさに今実際に起きているのです!

今まで隠れていた現実が次から次へと自ら姿を現しています。
多くの人々が多くの新しい真実を発見している最中ですが、
あなた方を解放する真実もあれば、
聞きたくないような困惑させる真実も現れます。

なぜ困惑させられるかというと、
真実を受け入れがたく、
知ることに抵抗があるからです。
今の変化に精神的についていけない人たちいかに多いか、
という事実にあなたは気づいていらっしゃいますか?

古い信念形態はなかなか捨てがたいものだからです。

あなた方が新しく拡大されたレベルの意識とともに
今以上に豊かな人間経験をすることを、
私たちは望んでいます。

あなた方の次元が多次元化しているこの時点において、
あなた方の前にさまざまな選択肢が現れているはずです。

個々の意識レベルに沿った選択へと都度導かれるでしょう。
よってあなた方個々の意識レベルを
常に引き上げておくことが望ましいのです。
毎日意識を上げることにフォーカスして、
高い意識レベルを保つようにしてください!

あなた方が創造主の周波数と同調するにしたがって、
直観と予知力も鋭くなってきています。
瞬間的に感じ取れる予感に惑わされることも増えてくるでしょうが、
そのようなアンテナが頭上に伸びるにしたがって、
考えて行動することから
直観や予感で行動する人間に変化していくでしょう。
知覚の変化が伴います。
完全にそのシフトが起きたときに、
思考の本来の働きを発揮できるように
あなた方は導かれるでしょう。

このようなあなた方の生物学的な変化が進んでいる中で、
たしかに今は、
確実な手応えがなく、心細く感じられるかもしれません。
たとえあなた方が、
かなり目覚めた人間であっても、
居心地悪い時期であることはたしかです。
どこにも所属しない宙ぶらりで、
孤独感があるかもしれません。

今までの現実が壊れようとしているのを感じながら、
どうにか現状を保とうとしたり、
なにか大きな変化を待ち焦がれるような
感覚があるかもしれません。
あるいは、
自分がとても望んでいることを早く現実化させたいという
焦りが異常なほど募ってくるようなこともあるでしょう。

ここでひとつ、
現実化について大切なヒントをお伝えしておきましょう。

感情体から現実化を導くことについては、
私たちは過去にも何度かお伝えしたとおりです。
つまり、
あなたが願ったことが現実化したときに、
あなたがどう感じるかを先に実感できれば、
その現実を引き寄せる力が得られるということです。

もう一つは、あなたが願っていることが、
あなたの魂レベルの願い事と一致しているかどうかです。
一致していなければ叶うことはまずないでしょう。

そして、もう一つ大切なエレメントが現実化には必要です。
現実化のいちばんのキーエレメントです。
それは、「許し」です。
あなたが普段気づいていないかもしれないでしょうが、
許しには、さまざまな層があります。
過去に起きた何かに対して、
あるいは誰かに対して完全な「許し」が起きたでしょうか?
あるいはあなたがあまり気づいていない、
過去世で起きた何かに対する許しはどうでしょうか?

現実化がうまくいかないとしたら、
無意識レベルの何かに対する
許しがまだ起きていないのかもしれません。

自らの内なる世界をよく感じ、観察し、
まだ許しが起きていない部分にフォーカスしてください。
ただ気づき、それを認めるだけで、
癒しと許しが起きます。

いくら現実化のテクニックをマスターしても、
根深い「許し」が起きていなければ、
これが現実化を常に拒否する最大の抵抗であることに
どうか気づいてください!

今宇宙の中心からあなた方に押し寄せているエネルギーは、
パワフルな愛のエネルギーです!
あなた方の過去が完全に癒やされ、
魂レベルの癒しが起きるためです。
あらゆるカルマから解放されるプロセスにあるのです。
そのためにあなた方の先祖たちの魂たちも、
今盛んにあなた方に働きかけ、
難関を押し出そうとしてくれています。
「カルマとはおさらば!」など宣言するのはまだ早いです。
カルマを無視しても、
カルマを克服したことにはならないのです。
カルマこそ、あなたの魂が成長するためにあるのです。

今この時期にあなたの感情を細やかに観察することは、
次のステージに移行するために不可欠です。
古いネガティブなエゴが崩れていくにしたがって、
あなたの感情を揺さぶるような
さまざまなことが周りで起きるのは当然です。

冬至を迎える前に
荒波は徐々に小さなさざ波となり、
個々のプロセスを信頼するあなた方の気持が安定していくでしょう。
今訪れている浄化の波を乗り越えると
現実化はさらに抵抗のないレベルへと引き上げられるでしょう!
そのためにも、
ワクワク感のない地味な内面のワークに
今しばらくの間、真剣に取り組んでください!


Posted by 愛知 ソニア at 15:16プレアデス・メッセージ

2013年人類史上空前の快挙、通貨発行権を取り戻したハンガリー

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転載:生きるため http://blog.goo.ne.jp/oribeizum/e/414b6f0e7b8e035582ad2a4c7a415e0e 奴隷社会を生き残る為の情報を共有したい 2013-08-29 17:06:45 | 通貨発行特権   国家が国家運営のために自国の中央銀行から借金させられるというユダヤによる通貨発行権簒奪式財政運営が、いずれ必ず破綻することは、アメリカそして我が国を見れば明らかです。
アメリカ国家は、天文学的な負債を中央銀行にあたる連邦準備銀行(FRB)から負っています。日本国家も国債発行による負債が1000兆円を超えました。これらは返済できるレベルをはるかに超えており、さらに、今後利息の支払いが加速度的に増加することを考慮すれば、破綻する以外に道はありません。

日本やアメリカだけでなく、ロスチャイルド中央銀行がある国々では国家財政が赤字だらけです。
恐ろしいのは、そうした国では殆どの人が、それが国家の放漫財政によるものだと思い込んでいることではないでしょうか。

国家を運営するにはお金が必要ですが、それは必要経費であり、必ずしも戻ってくる性質のものではありません。必要なときは、ケチらずに注ぎ込むのが正しいと言えます。しかし、ユダヤはメディアを使って財政赤字があたかも悪いことであるよう喧伝します。国家財政が赤字であるか黒字であるかなど、実はそれほど重要でなはないと思えてなりません。
そして、不足する財政をずーっと借金して賄おうとさせるから巨額の負債を負うことになってしまいました。

永続的に借金に頼る財政というのは根本的に間違ってないだろうか?
では、どうすればいいのか?

簡単です、政府がお金を発行すればいいだけです。
政府が発行したお金で国を運営する、何か問題がありますか?
発行量をきちんと制御する仕組みを作れば、できないことではありません。

元々、通貨を発行する権利は国家に帰属すべきです。通貨の信頼は、国家の信頼に基づいているので当然のことです。
そんな当然のことが当然でなくなっているのが、ユダヤの簒奪システムに取り込まれた自由主義国といわれる実は自由ではない国々です。

かつて、通貨発行権という国家が持つべき当然の権利を行使した為政者がアメリカにいましたが、いずれも殺されています。直近ではJ.F.ケネディさんです。
ユダヤの力の源である通貨の権利に触れる者は、何人であれ悲惨な目に遭います。
自由主義国家で最も触れてはならないタブーの中のタブー、それが通貨発行権です。

シリアにはロスチャイルド中央銀行がないそうですが、ユダヤが今必死になってシリアを落そうとしている最も大きな要因は、シリアにユダヤ支配の中央銀行を設立して、金融で国を乗っ取る為ではないかと想像されます。
奴らにとって、ユダヤ簒奪システム以外で上手くやっている国は放置できません。シリア攻略が上手くいけば、次は必ずイランを攻めるでしょう。このまま、奴らの蛮行を許せば、本当にNWOが実現してしまいます。

しかし、世界がユダヤ簒奪システムに覆い尽くされようと言うこのご時世において、果敢にも反旗を翻す国がありました。

ROCKWAY EXPRESS 様より転載
http://rockway.blog.shinobi.jp/%E7%B5%8C%E6%B8%88/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%81%AF%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%81%AE%E8%B6%B3%E3%81%8B%E3%81%9B%E3%82%92%E6%8D%A8%E3%81%A6%E5%8E%BB%E3%82%8B

ハンガリーは銀行の足かせを捨て去る

ハンガリーは銀行の足かせから自らを解放した

◆8月28日

 ハンガリーが政府発行通貨で経済を立て直しているようだ。銀行から借金をすれば利息を支払わねばならなくなる。であるなら、国家主権を発動しての通貨発行を断行すればよいということで、勇気あるハンガリーの首相がそれを実行しているという。

 これは小さなことのように見えて、これからの世界経済に多大な影響を与えていく、世紀の大事件となりそうだ。通貨発行を民間が支配ないしは影響力を及ぼす「中央銀行」という名の民間銀行に任せ、国債を買ってもらう事で利息を支払うというシステムから、無利息の政府発行通貨で、経済を回す、ということが可能だということを証明したことになるからだ。

 このブログでも、安倍政権に対する要請として、2012年12月17日号「大震災復興から、日本列島イーハトーブ化へ」で示したように、政府発行通貨を断行してもらいたいのであるが、やはり以下の記事で言われている金融的専制が束縛しているのであろう。

 これからの世界は、この世界経済上のさまざまな状況が天変地異とあいまって、世界大混乱の様相を呈するようになっていくであろうが、それもこれも、新しい世界を生み出すための産みの苦しみである。人類がどうしても通過せざるを得ない路程なので、腹をくくって臨まねばならない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
●ハンガリーは銀行の足かせを捨て去る
http://americanfreepress.net/?p=12418
【8月23日 American Free Press】

 ハンガリーは一級の歴史的ステップを踏みつつある。

 1930年代のドイツ以降、ヨーロッパの主要な国がロスチャイルドが支配する国際的銀行カルテルの支配から逃れようとすることは無かった。これは驚くべきニュースであり、金融的専制から自由になるための戦いを世界的に拡大させるよう愛国的民族主義者に勇気を与えるものとなろう。 
 
 既に2011年、ハンガリーのヴィクトール・オルバン首相は、国際通貨基金(IMF)とテロ国家のイスラエルのの鞭の下に、無限に続く債務にあえぐ奴隷状態に国民を売り飛ばした彼の社会主義者の前任者に対して、正義で応えると約束していた。以前の行政は責任ある立場にあるイスラエル人によって穴だらけにされていたため、大衆の怒りを買い、それで大衆はオルバンのフィデス党を選択した。
 
 ドイツ語サイトの「National Journal」によれば、オルバンはこの高利貸し達を彼らの王座から追い出す動きを始めた。この人気があり民族主義者である首相はIMFに対して、ハンガリーはロスチャイルドの所有する連邦準備銀行の代理者から、更なる「支援」を受けたいとも思わないし必要ともしていないと告げたのだ。これでハンガリー人は民営で訳の分からない中央銀行に高利を搾り取られることがなくなることだろう。

 その代わりに、ハンガリー政府は通貨に対する主権を発揮し、必要に応じて負債なしの通貨を発行する。その結果は顕著なものである。国家の経済は、以前は債務のために停滞していたものだったが、急速に回復しつつあり、国家社会主義のドイツ以来見られなかったものになっている。

 経済大臣は、厳格な予算政策のお陰で、IMFから借りていた22億ユーロは約束の2014年3月よりかなり前倒しして2013年8月12日に支払いを済ませたと宣言した。オルバンは「ハンガリーは投資家から信頼を得ている」と語り、それはIMFでも連邦準備銀行でも、その他のロスチャイルドの金融帝国の手先のことではないと語った。むしろ彼は、それはハンガリー人のためにハンガリーで何かを製造している者たちで、真実の経済成長を生み出している者たちのことを言っているのだ。これは、金権政治の海賊どもの「紙上の繁栄」ではなく、実際に人々を雇用し彼らの生活を向上させる何らかの生産的なものである。

 債務奴隷の足かせ生活から解放されたハンガリーなので、私的な金儲けではなく民間の福利厚生のために政府によって機能するハンガリー中央銀行の会長が、IMFに対して古いヨーロッパの地にあるその事務所を閉鎖するよう要請したことは驚くに値しない。加えて、アイスランドの努力に共鳴して、司法長官が過去三人の首相に対し、多大な負債を国家にもたらしたことで訴訟を起こした。

 ハンガリー内の銀行家らの権力を根底的に破壊するであろう残りのステップは、国家社会主義のドイツにあったような、そして現在ではブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、つまりBRICS諸国が行っているバーターシステムを導入することである。そしてもしもアメリカがハンガリーの動きを真似るならば、アメリカ人はこの高利貸しの専制から解放され、平和的な繁栄が戻ってくることを期待できるだろう。

転載終了

 

BAZOOKA!!!215 2017年11月20日 - 【ベンジャミン・フルフォードの真実のBAZOOKA!!!】~Say Everything~

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BAZOOKA!!!215 2017年11月20日 - 【ベンジャミン・フルフォードの真実のBAZOOKA!!!】~Say Everything~

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