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宇宙の創成3

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時間


「 時間の始まり 」 宇宙を構成する物質の帯に含まれるエネルギ-が進化し始め次第に密度を増していくに従 い、「時間」という要素(原子)が動き始める。時間とはエネルギ-であり、波動として物質の帯に含まれるコ-ス・マタ-の自転や回転、動きなどを生じさせる大元である。時 間が自分の役割を果たし始めるのは時間というエネルギ-が気体となって、前述したフラッフィ・マタ-になるまでに凝縮してからのことである。時間が自分の役割を果たし始め るのは物質の帯の内部だけである。何故なら、我々が知っている通り、時間とはただそこに存在するだけの性質のものだからである。時間は物質の帯を通してその速度を速めるに 従って、多次元的螺旋によって予め決められていた通りに動き始める。螺旋は時間に限らずあらゆるエネルギ-を適切な方向へと導く役割を担っている。プレアデス人は次元が2 2個以上あるということまでは解明したが、それでもなお、彼等がまだ見つけていない次元が依然としてどこかにあるはずだと感じているらしい。物質を作る元素は次元によって 異なっており、ある次元では存在出来ないこともある。 
次元の中に我々になじみの物質的時間を持つものもあれば、三次元世界の時間の流れをは るかに超える速度で時間が経過する次元もある。逆に限りなくゆっくりと時間が流れていく次元も存在するのだ。物質の帯の中で時間が経過し始めると、フラッフィ・マタ-の自 転と回転が始まり波動を持つようになる。フラッフィ・マタ-の自転・回転速度は時間の経過速度に従って変化する。この様にして進化が進むにつれてフラッフィ・マタ-はゆっ くりと気体状の形態へと変化し、我々が住む地球の様な星を形作っていく。そして最終的にフラッフィ・マタ-の進化が一定のレベルに達すると、高等知性体が住める様な環境を 提供する星となるのである。この様にして、時間の開始に導かれてゆっくりと星の進化が進む一方で、その星に関係するあらゆるものが営みを始める。物質を構成する原子未満の あらゆる粒子の回転速度を制御することによって、我々の住む三次元世界、星や惑星、空間などが一つになり、ようやく人間の目にも認識出来る固体としての物質的世界へと姿を 変えるのです。
時間の存在なしには物質は一つにまとまることがなく、夫々が勝手にくっつき合ったりは じき合ったりしてしまい、星や惑星のようにきちんと粒子が固体に進化することはまずあり得ない。我々は五感のうち視覚を使って世界を知覚する。身の回りのものが固体として 存在し、生命などの固体的物質を認知することによって、物質が特定の速度で動き変化していることを知る。それこそが我々が時間と呼ぶものの本質である。我々は一瞬一瞬、物 質が変遷していく様子を知覚することで時間を認知し、その時間の流れを測定するために、時計という道具に頼る。事象の盛衰が我々の五感の目には切れ目のない流れとして見え るのは、我々が時間の流れを五感という物質的器官だけに頼って認知しているからである。顕微鏡を覗けば我々は物質を作っている究極的なもの(粒子・クオ-ク)が回転してい る様子を実際に見ることが出来る。顕微鏡のようなものに頼らずに我々の目で見えないものがある。 
それはあらゆる物質というものが恒常的に粒子の回転を通じて回転し動いており、その動 きは、その物質を懐に入れている宇宙が存在する限り永続すると言う事実である。従って「物質は絶え間なく永遠に動き変遷する」という事実は、この広大な宇宙で最も自然なこ となのである。つまり我々の五感(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚)は、ただ単に森羅万象のミクロ的な変遷の様子を知覚出来ないだけのことである。
「 時間の中での事物の動き 」 時間に備わる振動エネルギ-は、我々の住む三次元世界で絶えず動き変化しており、あら ゆる物質を一つの固体として繋ぐ役目を果たす粒子の淀みないエネルギ-としての流れによって生じている。例えば、月が無数の粒子の集まった固体として留まり決してバラバラ になることがないのも、時間が月を構成する粒子の動きを制御しているからに他ならない。だが仮に我々が手を加えて月を構成している粒子の動きを邪魔したら一体何が起こるだ ろうか。月は時間の枠の外へ出てしまうのだろうか。第一に、究極的ミクロにまで分解すると月は単に回転する粒子の集合体となる。月を構成する粒子の振動は3種類に分ける事 が可能である。即ちプラスの電荷、マイナスの電荷、そしてどちらでもない中性の電荷である。時間を究極的ミクロの段階まで細かく刻んでいけば数十億分の一秒と言う時間の中 で、粒子がこれら3つの電荷を行き来しながら振動しているのが見えるはずだ。そして粒子がプラスの電荷を帯びている時には物質としての姿をしている。ゼロの電荷、即ち中性 の電荷を帯びた状態では反物質、あるいは非物質的形態となる。 
更にマイナスの電荷の時には再び物質に変化する。物質->反物質->物質という粒子の 回転のサイクルは、エネルギ-の波動として流れている時間によって制御されている。従って月を構成している粒子の全ては一定の速度で振動しており同時にプラス、マイナス、 中性の電荷を帯びていることになる。この例の様に一定の速度で粒子が同時に3種類の電荷を帯び、従って物質と反物質の両方の状態で同時に存在出来る場合、それは我々の目に は固体として映ることになる。もし物質を構成するあらゆる粒子が思い思いの勝手な回転や活動をしてしまうと、その様な粒子で作られている物質は固体として存在することが不 可能となる。ある仮定をしてみよう。タイムマシンのスピ-ドダイアルを回し続けて、どんどん月の粒子の速度を遅らせると最後には月は我々の視界から全く見えなくなってしま うだろう。なぜ我々の目では見えなくなってしまうかと言うと、我々の備わる五感の目は事物を「三次元世界で一般的な時間」の中で認知しているからである。タイムマシンのス ピ-ドダイアルによって粒子の回転速度を遅らせられた月は三次元世界の時間の枠外へ行ってしまい、 
その結果へとタイムトラベルしてしまうのだ。ところで過去へ行ってしまった月をもう一 度三次元世界へ呼び戻せるかと言うと、何等かの方法で粒子の回転速度を上げ、三次元世界の他の物質と同じ速度にまで追いつけるようにさせればよい。タイムマシンのスピ-ド ダイアルをひねって粒子の回転速度を上げない限りタイムマシンを使っていったん時間の枠外に出てしまったものを再び元の状態に戻すことは不可能である。忘れてはならない事 は時間というものが始まったのは何兆年も昔に溯り、フラッフィ・マタ-が生の営みを始めたのもその時であるという事実である。何兆年もの昔、時間の始まりと共に宇宙を構成 する物質の自転・公転も始まったのだ。またこう表現することが出来るかも知れない。創造の時計が時を刻み始めたことの影響を受けて以来、宇宙のあらゆる粒子が「創造の源」 の時間の流れに従って回転し始めたのだと。要は時間が始まったのは気が遠くなるほどの太古であるという事実である。我々の住む物質界に存在するあらゆる粒子は「創造の源」 が定めた多次元的螺旋を辿って止むことなく動き続けており、粒子の活動が始まったのは遥か昔に溯る。 
仮に我々が螺旋の細かな部分までじかに見られるとしたら「時間のエネルギ-」によって 定められた速度で動いている我々の三次元世界の様子を目の当たりにするだろう。ミクロ的な目で見た螺旋の中では、時間の一刻一刻が粒子の形をしているのが見えるはずだ。物 質界は電荷を持つ粒子の全ての通り道を作るが、螺旋を見れば粒子が通過した跡を辿ることが出来る。霊的エネルギ-は螺旋の道にくっついているのではなく、螺旋の道を流れて いるのだと考えて欲しい。そう考えると、まず我々の本質は霊であり、ただ単に物質的肉体を仮の宿にしているに過ぎず、従って我々の霊としての本質も他のものと同様に螺旋の 道に付着しているのではなく、螺旋の道を時間の流れに合わせて行き来しているのだと考えられる。映画のフィルムが一巻あるところを想像してみて欲しい。フィルムの一部を光 にかざしてじっとそれを動かさずに見ると、そこに写っている個々の映像が透けて見えるはずだ。今度はフィルムを目の前で一定の速度で動かしてみると今まで静止していた画像 が滑らかに流れる様に見える。 
映画の場合、フィルムは毎秒24コマの速さで動くようにしてある。映画のフィルムは螺 旋の道に沿って流れている我々の物質世界に良く似ている。我々一人一人の霊的自己は映画のフィルムの動きを追っている目の様なものである。映画のフィルムは毎秒24コマの 速度で動くが、時間と言うものは凡そ無限にまで細かく刻む事が可能である。我々の知っている三次元世界を作り上げている無限の粒子達は、毎秒数十億回の速度で回転しており 、そうすることで滑らかに流れる様に動く物質、三次元世界という「幻影」を創り出しているのである。もしも西暦1000年の月を見てみたいと望むなら、その姿は螺旋の道の 中に見いだせるはずである。人間の霊としての本質は瞑想することによって時間を遡ることが出来る。瞑想を通じて「霊」は人間の物質的身体に付随する物質的意識から遊離し、 螺旋の道を辿って異次元の時間の枠を見たり、或いはそこを訪れる事が出来るのだ。過去に起こったあらゆる事象は全て螺旋の道に留められており、螺旋の道に留められているも のに手を加えて変更させることは不可能である。 
また未来とは、現在に基づいてこれから起こる事の投影を指す言葉に他ならない。過去と は異なり未来の場合には、それはまだ螺旋の道に留められてはいないため、いくらでも変化させる事が可能である。以上の説明から分かることは、過去に生じたあらゆる事柄は螺 旋の中に留められており、何等かの手段でそれを訪ね見る事が出来る一方、未来の事象はまだ出来上がってはおらず、現在によって様々に変化する可能性を帯びていると言う事実 である。以上のことをまとめると、要するに存在する全ての歴史や過去は螺旋の中に全て収められており、その配列にはその事柄が生じた時期は反映されておらず、あらゆる過去 は全て同時期のものとして螺旋の中では扱われている。従って、あらゆる存在の過去の情報や知識を収めた巨大な貯蔵庫、即ち螺旋は、いつでもアクセス出来る情報と知識の宝庫 である。必要なことは、その叡智の宝庫にアクセスする手段を身に付けること、及び自分が一体何を学びたいかを決めることである。
またプレアデス人のビ-ムシップの様に超空間にアクセスすることによって、時間を旅す るタイムトラベル用マシンを建造することも可能である。超空間を利用して時間を旅するビ-ムシップの様な方法の場合、ビ-ムシップを構成する粒子の回転速度をコントロ-ル することで、ビ-ムシップを非物質化して超空間を突破してから再びビ-ムシップを物質化して三次元世界に戻るというプロセスを辿ることになる。このビ-ムシップの様な高等 な科学技術を開発し、使いこなせる様になるためには、まず地球人が霊的世界と物質的世界についての理解を深める事が不可欠である。と言うのも、この2つの世界を完全に理解 することによって、宇宙の仕組みに関する知識を深め、宇宙について完全に理解して初めてビ-ムシップの様な科学技術を駆使することが可能になるからである。 
「 星や惑星の形成 」 前述したところまで宇宙が進化するには、何兆年もの歳月が経過している。その頃、「創 造」には論理的思考力が備わり、「創造の源」が持つウルのエネルギ-の手助けを借りながら、自己の進化が段階を経ながら進んでいると言う事実を見抜くようになる。創造が自 らの体験から学び蓄積した全ての叡智は、何一つ洩らさずに創造の懐にかき抱く様に保存されている。創造が抱いている叡智は全て自らの体験によって学ばれた知恵である。我々 の創造は「創造の源」の懐の中にあり、常にそれと一つに繋がっている。そこで我々の創造は「創造の源」に備わる叡智をひもとき新しいアイディアを試してみる事が出来る。創 造の進化の過程は決して偶然に導かれるものではない。と言うのは創造がどの様に進化するかについて「創造の源」の思考に従わなければならないからだ。あらゆる被造物が「創 造の源」の思考形式に従わなければならない事から、森羅万象は全て同じ様に創られ、同じ経験を踏まえながら進化しなければならないことになっている。 
「創造の源」はある種の青写真、あるいはガイドであり、次ぎにどうするべきか教える役 割を担っているとも表現出来る。そして創造は「創造の源」による詳細な計画に従って独自の「物質的宇宙」を創造するのである。思う事と論理的に考える事という過程を通じて 、エネルギ-と言うものが創り出され、その思いと論理的思考の内容が「創造の源」によって正しいものであった場合に、創造は必要な叡智を「創造の源」から授けられ、新たな 創造的宇宙を創造することを許される。この創造の進化に導かれて被造物が進化し、その進化の過程で得た知恵や知識を「創造の源」に捧げる様な霊的成長こそが「進化」と呼ば れるものなのである。創造が進化するにつれて「創造の源」も進化する。従って存在する全ての宇宙がアブソル-タムの成長と進化に貢献していると言える。フラッフィ・マタ- がガス状の気体にまで進化し、フラッフィ・マタ-の霊としての本質が様々な経験を経てより高次の知性を備える様になると、初めて銀河系なるものが形成される。銀河系に含ま れるあらゆる存在の動きや回転、振動などは全て時間の波動によって制御される。 
物質的宇宙が形成されるまでのプロセスには何兆年もの歳月が費やされる。気の遠くなる 程の月日の後に、ようやく物質的宇宙が創られると、今度はガス状の気体から太陽や星団等が創られ、最後には幾多の星の周りの軌道を惑星が公転するようになる。それは鉱物界 を創造する方法を創造が理解した前兆である。事の発端からずっと創造の霊的エネルギ-は絶えず自分の経験から学び続けているのである。惑星を作り終えても創造の論理的思考 と想念は止むことなく、今度は植物界を誕生させるまで想念は集中される。植物界を誕生させるまでのプロセスを通じて「創造の萌芽」は「創造の源」による詳細な計画図に従っ て思考し、論理的決断を下し、その結果どの様な被造物が完成するかを見守り理解する。植物相と動物相の成長プロセスは「創造の萌芽」によって、それよりも更に複雑で霊的に 高次の宇宙創造に着手する一段階手前の、腕試しの様なものである。植物界の進化に従って動物相が生きるための食物が用意され、それから動物達が創造される。動物界は我々の ようにコ-ス・マタ-からなる物質的肉体の進化を促すのに重要な要因である。 
動物界が自分の世界のコ-ス・マタ-、即ち物質としての動物の身体の進化レベルを一定 の段階まで発展させると、今度は「人間」の霊が宿るべき殻としての物質的身体が創られる。すると人間種族が物質としての生命サイクルを営み始め、各霊達が成長することによ って創造する霊的エネルギ-は、「創造の萌芽」を完全なレベルにまで進化させることになる。生命の進化方法や形態は実に多岐に亘っており、生命体の住む太陽系やそれに属す る星などの環境によっても異なる。生命体に必要な水や酸、太陽光線、及びそれらの霊的進化などの条件が揃えば、様々な形や大きさの生命形態が自然の法則に沿って進化する。 中でも必要条件が揃ってさえいれば「人間」という生命形態が宇宙のあらゆる地域で最も生息範囲・生息数が多いようである。また人間という生命のあり方は「創造の萌芽」によ って進化するように導かれたあらゆる霊的存在の中でも最も霊的レベルか高いようだ。と言うのも「創造の萌芽」にとってはガスなどの気体や鉱物、水、星などを創造するよりも 、人間の物質的身体を創造する方がずっと複雑な知識や理解を求められるかららしい。 
我々は自分達の経験による学習行為を通じて「創造の萌芽」のゆっくりした進化の過程を 目にしているはずである。人間という生命形態は、自分の経験から学習することで「創造の萌芽」に最高次の学びの糧を与え「創造の萌芽」の進化を促す手助けをしている。人間 という生命形態は「創造の萌芽」が創り出した中で論理的・合理的思考力を備えた初めての被造物なのである。フラッフィ・マタ-から気体、鉱物、植物相、動物相へと至る各レ ベルにおける進化プロセスを経るに従って、それらを創造する際に必要とされる知識や意識は複雑になる。中でも人間という生命形態は最もレベルの高い存在形式である。人間種 族は自ら思考し経験を積むという能動的学習行為が可能であり、その学習行為を通じて夫々独自の霊的エネルギ-を「創造」に捧げ、「創造」に捧げられたエネルギ-は更に「創 造の源」、即ちアブソル-タムの霊的一部の糧となる。進化レベルが最下位の存在から最高次のレベルまで、夫々の備わる知恵は鎖状になっており、あらゆる生命形態は例外なく 「創造行為の鎖」を通じて、自分以外の生命形態の進化発達に貢献している訳である。 
宇宙が成長し続けて一定のレベルに達すると、物質界の経験による学習行為は「創造」の 叡智の発展には貢献しなくなる。と言うのも幾ら高次の意識を備えていても、物質的生命形態の意識の進化発展には限界があるからである。例えば人間種族を例にあげれば、人間 種族の物質的感覚器官によって集める事の出来る知識・情報には限りがあり、従って創造の進化に貢献するにも自然に限度が生じてしまう。それゆえ創造の進化に貢献するために 人間種族の存在形式はより高次のものへと転換し、そのレベルに達すると、もはや生と死のサイクルや物質的肉体という殻を必要としなくなるのだ。かつて我々の創造(何かを創 造しようという究極的な「理念」から始まった)は、ある大きさにまで発達すると、「経験による学習」を得るために物質的領域と世界を創造した。「創造」の懐には、物質的宇 宙に属する生命形態の経験を通じて、完全に成熟し終わった生命形態が存在する。 
それはしばしの営みを止め休息しなければならない時期に来ていた。この成熟した生命形 態が憩う期間の長さは、創造にとって必要な糧を自給出来る期間の長さに左右され、更に創造の霊的力や知識の量に依存する。草創期には物質的宇宙には学ぶべき知識や知恵が膨 大にあり、物質的宇宙はそれらを少しずつ段階を経ながら学んでいくが、時には膨大な知識をほんの一瞬のうちに学んでしまう事もある。そして物質的宇宙は全て経験を通じて叡 智を自分のものとするのである。

バシャール:ワクワク生活

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2017-07-16 01:41:57 NEW !
テーマ:

貴方は毎旬、真っ新なキャンバスに新しい自分を描いています。毎旬貴方は『新しい自分』を自分で構築し、新しい体験をする『チャンス』が与えられています。その『チャンス』が一番活用できる時が、一番抵抗波動が少ない時となります。一番抵抗波動が少ない時間は大抵の場合、朝起きたての瞬間です。まだ”外界”との接点が薄いので、いつも持ち歩く“不要な荷物”はまだ貴方の両肩に乗っかっていません。この時を狙って更に波動をブーストアップさせると、ポジティブ方面行きの波動スピードが上がり、貴方は上機嫌のまま朝を迎える事ができます。その波動域を訓練でキープして朝食後まで持たせる、その次の日は後片付けまで持たせる、次の日は出勤するまで持たせる…と言う具合に、継続させる訓練をしてみると良いでしょうと、バシャールは話しています。

ポジティブ方面へゆく波動スピードが上がると、貴方は沢山の『駆り立てる想い』を体験する事になります。これをしたいし、これに凄くワクワクする!これが綺麗だし、こっちは凄く愛おしい!と言う感じで、貴方の周囲はワクワク満載になります。まるでキャンディー・ショップを訪れている子供のように、ワクワクでキラキラしていて全てが魅力的に見えるようになります。

朝起きてから夜眠るまでの間、貴方はワクワクのオンパレードを体験するようになります。今日は一体どんなワクワクがあるんだろう?と言ってワクワクで起床し、明日がワクワクで楽しみだ!と言ってワクワクで眠りにつきます。今までの私達は、ワクワク生活なんて夢のまた夢だと思って本気にする事はなかったかもしれません。しかし『ちょっとだけ』貴方の意識を変えてあげるだけで、誰にでもワクワク生活を手に入れる事ができるのです。ですから”今まで”の自分を手放し、”新しい自分”を新しいキャンバスにワクワクで描いてゆきましょう!

<生活保護世帯>大学進学に給付金 厚労省検討

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7/16(日) 6:30配信

毎日新聞

 厚生労働省は、生活保護受給世帯から大学に進学した子どもに対する給付金創設の検討を始めた。併せて、子どもが大学生になると家賃相当の保護費が減額される仕組みも廃止する。経済的負担が進学を妨げ、親から子への貧困の連鎖を招いていると指摘されてきた。来年度からの実施に向け、年末の予算編成段階で制度設計し、使途や金額などを決定する。【熊谷豪】

 生活保護を受けながら大学に通うことは認められていない。大学に進学すると、子どもは同居していても別世帯として扱う「世帯分離」が行われ、親の保護費が減額される。東京23区内の母子3人家族の場合、生活費に相当する「生活扶助」と母子家庭への加算が計約4万4000円、家賃に当たる「住宅扶助」が約6000円それぞれカットされ、月額約22万円になる。

 一方、生活保護世帯から独立した大学生は国民健康保険料を払わなければならず、新生活のためのお金もかかる。だが、アルバイト代など高校生の時の蓄えは受験料や入学金など使途が制限され、「卒業後への備え」は認められていない。

 このため、進学意欲があっても経済的負担を考えて進学を諦めるケースがある。保護世帯の大学などの進学率は19%と全世帯の52%を大きく下回る。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」によると、大卒・大学院卒と高卒の生涯賃金の差は男性が約6000万円、女性は約7000万円に上り、進学が将来の生活にも影響を与える可能性がある。

 支援団体などからは世帯分離の廃止を求める声が出ているが、厚労省は、保護を受けない貧困層との公平性などを考慮し世帯分離は継続する考えだ。ただし、同居を続ける場合、住宅扶助のカットをやめ、進学前と同額支給する。その上で、大学生が新生活を始めるための給付金を検討している。使途については学費は奨学金で賄うこととし、生活にかかる費用を想定している。

 政府は6月に閣議決定した経済財政の基本方針「骨太の方針」で、保護世帯の子どもの大学進学支援に財源を確保することを明記している。

 【ことば】生活保護費

 日常の生活費に相当する生活扶助▽家賃を支給する住宅扶助▽自己負担なしで医療機関にかかれる医療扶助--など生活に必要な費用を現金で支給したり、自治体が代わりに支払ったりする。金額は地域や世帯の人数・年齢で異なる。障害者や母子家庭などへの加算もある。

【関連記事】 <貧困が奪う、子どもの学び 安倍政権へ「無償化に改憲必要ない」> <生活保護>65歳以上が過半数 昨年度、受給83万世帯 <生活保護>「1042万円返還を」家売却で収入、男性を提訴 <生活保護却下>生活ギリギリでがん治療受けず死亡 小田原市「生活保護なめんな」問題を考える ツイート シェアする

最終更新:7/16(日) 6:30
毎日新聞

<無縁仏>政令市、10年で倍増 貧困拡大背景

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7/16(日) 7:15配信

毎日新聞

無縁仏をまつる無縁堂=大阪市阿倍野区で2010年6月19日、幾島健太郎撮影

 全国の政令市で2015年度に亡くなった人の約30人に1人が、引き取り手のない無縁仏として自治体に税金で弔われていたことが、毎日新聞の調査で分かった。全政令市で計約7400柱に上り、10年でほぼ倍増。大阪市では9人に1人が無縁だった。死者の引き取りを拒む家族の増加や葬儀費を工面できない貧困層の拡大が背景にあり、都市部で高齢者の無縁化が進む実態が浮き彫りになった。

 ◇大阪市は9人に1人

 死者に身寄りがなかったり、家族や親族が引き取りを拒んだりした場合、死亡地の自治体が火葬・埋葬すると法律で決められている。実際には生活保護費で賄われるケースが多い。

 調査は今年6月、政令市を対象に実施。06~15年度に税金で火葬後、保管・埋葬した遺骨数を尋ねた。この結果、政令市の計20自治体は15年度に計7363柱を受け入れた。厚生労働省の人口動態統計によると、政令市の15年中の死者数は計24万4656人。統計は年間集計だが、33人に1人が無縁だったことになる。4047柱だった06年度から1.8倍になった。

 最多は大阪市の2999柱。横浜市979柱(死者31人に1人)、名古屋市607柱(35人同)と続いた。千葉と川崎でも約35人に1人、札幌と福岡、北九州では約60人に1人が無縁仏だった。

 政令市を除いた31の県庁所在市と東京都の23区についても調査したが、記録が完全でない自治体が半数近くあった。31市は15年度に少なくとも計836柱を受け入れた。死者総数は計10万8048人(15年)で、129人に1人の割合。23区は計823柱で、記録が残る千代田区(23柱)は、17人に1人が無縁だった。

 無縁の遺骨は公営の納骨堂などで一定期間保管され、期限が過ぎれば合葬墓に合祀(ごうし)される。だが、遺骨は増え続けており、大阪、札幌の両市は合葬墓の収容量を増やした。

 国立社会保障・人口問題研究所によると、昨年の死者は約130万人で、団塊の世代が75歳以上になる2025年には約152万人に達すると推計され、「多死社会」に突入する。少子高齢化の影響もあり、今後も無縁化が進む可能性がある。【近藤大介、山口知、千脇康平】

 ◇都市特有の悩み

 石田光規・早稲田大文学学術院教授(社会学)の話 高度経済成長期に地方から都市部に移り住んだ人らの多くは、入る墓がなく埋葬の悩みを抱えているのではないか。さらに、最近は親子でもバラバラの個人という感覚が強く、生前から埋葬について話し合う家族は少ない。一方、行政も家族関係に立ち入ることは難しく、有効な対策を講じることは容易ではない。

【関連記事】 <無縁仏として火葬したが…>「早すぎる」遺族が判明、慰謝料求める <無縁仏>これも縁、一人じゃないぞ 寄り添い見送る斎場職員 葬祭関連業者が期待した「団塊世代」の幻想 「貸倉庫に遺骨放置」に見る葬祭ビジネスの変化 整列した墓に求める「個性」 ツイート シェアする

最終更新:7/16(日) 7:15
毎日新聞

ブラック医療は今後10年間で改変する~宗像久男先生「ガンは3カ月で治せる病気!ブドウ糖はガンの餌だった」 ワールドフォーラム2016年9月

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宗像久男先生「ガンは3カ月で治せる病気!ブドウ糖はガンの餌だった」 ワールドフォーラム2016年9月

薬はなくてもがんは消える! 〜食事と習慣で治すがん〜 【CGS 宗像久男 健康と予防医学 第47回】

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薬はなくてもがんは消える! 〜食事と習慣で治すがん〜 【CGS 宗像久男 健康と予防医学 第47回】

世界最後の謎を解き明かす(ムー大陸探検事典) ~第5章 ムー文明の継承者・東大国と日本 : 高橋良典の仮説 Ⅱ

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第5章

ムー文明の継承者・東大国と日本

高橋良典の仮説II

 キンバレー山脈の岩壁に描かれた古代日本の帝王ラ・ムー  

ナスカ平原に描かれた地上絵 

チャーチワードは語るー「今から一万二〇〇〇年以前に栄えたムー大陸の住民カラ族は、イースター島からアメリカに植民してカラ帝国をつくると同時に、インド方面にも植民してナーガ帝国、ウイグル帝国などをつくった」と。彼の説く「ムー文明」がかつて宇宙規模の広がりをもつ「空艇文明」であったことは、のちに概説するとおりだへ第8章参照)。が、はたして、チャーチワードの仮説に登場するカラ族が世界各地にムー文明の都市をつくったというのは、考古学その他の学問から明らかにできる確かな事実なのだろうか。この点に関し、地球文化研究所の高橋は、ムー文明時代のカラ族が世界各地に雄飛していた当時の証拠を求めて、過去二〇年余り調査を進めていくうちに、以下に述べる貴重な手がかりをつかんだ。つまり、われわれは今のところム!王国の実在を直接的には証明できないが、『契丹古伝』という稀有の書物に記された東大国と、そこに登場するカラ族の存在を明らかにすることによって、間接的にムー王国の実在を証明できるのではないか、という見通しを得たのだ。

 「いさかひを避け、とこしへに温れむいのちを重ねしめよ」と記されたエクアドル地下都市出土の黄金の胸飾り

証拠1

大いなる『契丹古伝』

今から一〇〇〇年ほど前(九四二年)に遼の史官を務めた耶律羽之の手に成る王家の書『契丹古伝』は、.やまとふみししとさつかみすち『耶摩駝記』『氏質都札』『汗美須鍾』さいせいしようしよひ『西征頚疏』『秘府録』『神統志』『費みこくししんいんたいき彌国氏洲鑑』『辰殷大記』『洲鮮記』の九つの史料をテキストとして編纂されている。そこには、今日のわれわれが三〇〇〇年の時の流れの中で転変と流移の果てに忘れ去ってしまった、はるか昔の日本人の祖先の歴史が脈々と息づいている。『契丹古伝』の目的は、建国まもない遼(契丹)の王家がみずからの歴史的背景と正統性を明らかにしながら、漢民族の中原支配に抵抗する周辺諸民族の団結をリードし、鼓舞するところにあった。が、同書は結果的に、われわれ日本人が今となっては入手できなくなった、『耶摩胎記』をはじめとする八世紀以前の古代史料を駆使することによって、記紀や他の古史古伝から洩れてしまった渤海滅亡以前の高句麗・日本の太古史を明らかにしている.、同書がわれわれに垣間見せてくれる太古日本の歴史は、その内容があまりにも通説とかけ離れているため、これまで欧米や中国の学者が流布してきた世界史の常識に従えば、全くの空想としか見えない。が、『契丹古伝』によれば、われわれ日本人と契丹人の共通の祖先である東大神族の歴史は、過去三〇〇〇年にわたってエジプト、シュメ;ル、インダス、黄河の地を次々に侵略してきたアトランティス人、つまり中あや国で漢人として知られる欧米の支配階級アッシリヤ人~アーリヤ人の手で抹殺され、改ざんされてきたという。つまり、われわれがこれまで教わってきた紀元前の日本と世界の歴史はすべて虚構であり、われわれの祖先の真実の歴史、カラ族(タル族)と呼ばれてきた東大神族がかつて地球のすみずみに築き上げてきた輝かしいムー文明の歴史は、アトランティス人(漢人~アーリヤ人~アッシリヤ人)の手で巧妙に流布されてきた歴史の通説にひそむ大ウソを暴かなければ明らかにできない、ということを同書は訴えているのである。はたして、『契丹古伝』に書かれていることは、全面的に信頼してよいものか。そこに記された東大国は本当に紀元前七世紀ころ、地球の大部分を治めた国だったのか。

 "幻の""東大国""首都分布図"

 東大国の主要都市リスト

中原の首都

鹿児島県川内平野の入来(いりき〉

東原の首都

アラスカ南部の州都ジュノー

南原の首都

ニュージーランド北島のマヌカウ

西原の首都

アフリカ南部のジンバブエ

北原の首都

カザフ共和国のケンピルサイ

神京

パキスタンのペシャワル

秦率母理京

オーストラリアのジランバンジ

離京

イースター島のホツイチ

海京

エクアドル海岸部のエスメラルダス

斉京

ケニヤのヒラッタスヒル

仲京

韓国迎日湾地区の高壇耶(かこや)

    サハラ砂漠に描かれた太古日アフリカに侵入したアトランティス(アッシリヤ)の同盟軍と戦うムー(カーリァ)の戦士たちサハラ砂漠の伝説の都イジュンハンの位置を示す地図

また、当時の東大国王スサダミコが歴史的に実在したとすれば、その証拠は、世界各地にどのような形で残っているのか。今、われわれが明らかにしなければならない疑問はあまりにも多く、一朝一夕には解決できそうもない。けれども、高橋は、彼自身の専門分野である古代文字の研究を通じて、今では『契丹古伝』に書かれていることが、ほぽ全面的に正しいのではないか、という見通しをもつようになった。『契丹古伝』に記された東大国の伝説の都をいくつか現地調査していくうちに、彼は、日本神話の高天原が東大国の中原地方(日本からインドに到る地域)に実在したことや、アンデス・ヒマラヤの奥地にムー文明の痕跡が残されていることを突きとめた。そればかりではない。以下に記すごとく、『契丹古伝』に書かれたとおりの「歴史の抹殺」が、奈良時代以前の日本で実際に行なわれた証拠をつかんだのである。

ムー(カーリア)との戦いを示すヒッタイトの壁画

抹殺された神代の記憶

一九九三年に遷宮せんぐうの大祭を二十年ぶりに迎えた伊勢神宮。その伊勢神宮の境内にある神宮文庫に古くから収められた史料は、奇妙なことに、漢字でも仮名でもない不思議な文字で書かれている。この由緒ある神社に源義経や平将門が残した歌、菅原道真や稗田阿礼が奉納した詩歌に、現在のわれわれが知らない文字が使われているのはなぜか。これまでわれわれが学校で教わってきた歴史によれば、古代の日本に漢字以外の文字はなく、漢字以前の文字もなかったことになっている。ところが、実際に古墳から出土しかめかんた鏡や、甕棺に副葬された弥生時代の遺物、各地の博物館に収納された縄文土器を丹念に調べてみると、それらの表面には、伊勢神宮の奉納文に使われているものと同じ文字が刻まれている。

新しい読み方:ヒツキヲアタヘム   従来の読み方:日之光天下大明見

鏡(模写)と解読結果(東京国立博物館蔵)この章で紹介したいくつかの例を見てもわかるとおり、漢字伝来以前にそれらの文字が使われたことは確かである。にもかかわらず、奈良時代に成立した『古事記』や『日本書紀』に漢字しか使われていないのはなぜか。

今日の学界では、江戸時代に本居から宣長が「上古文字なし」「漢ごころを廃せ」と主張して以来のしきたりに従って、古代の日本には文字がなかったことが通説とされている。が、事実に即していえば、古代の日本には縄文時代から文字があったし、漢字以外に旧字と新字の区別があったことは文献にもはっきり記されている(書紀・天武十一年の記載ほか参照)。宣長は『日本書紀』を軽視するあくだりまり、同書の天智六年の条に記された「築紫都督府」の設置とそれに伴う「漢字使用令」が、カラ心を廃してアヤ心(漢人あやひとのいつわり)を育てたことを見過ごしてしまった。再び事実に即していえば、古代の日本から神代の文字とカラ心が消されてしまったのは、六六三年の臼村江の戦いで、カラ族(日本)がアヤ人(中国)に決定的な敗北を喫したからである。つまり、われわれがカラ族固有の文字で記録された太古日本の輝かしい歴史をことごとく見失ってしまったのは、臼村江の大戦後、九州の大"宰府に進駐して日本占領軍司令部"""築紫都督府を設置したアヤ人ら(唐の軍人官僚二千余人/書紀・天智八年の記事参照〉の陰謀により、それまで使われてきた神代文字の使用を禁止され、漢字の使用を強制されたことが最大の原因なのだ。「築紫都督府」が唐の占領軍司令部を意味していることは、この時期にくだらこま日本とともに唐と戦った百済と高麗のそれぞれの都が、唐に敗れたのち、「熊津都督府」「平壌都督府」という、同じ「都督府」の名称で唐軍の占領管理下に置かれた例を見れば明らかに太古の秘密を記した宮下文献である。

この時代に、われわれはそれまで使ってきた固有の文字を公式の書物に用いることをやめ、神代文字で書かれた古史古伝を、『古事記』『日本書紀』のような漢字表記の書物に書き改めた。その結果、白村江の敗戦以前にわれわれの祖先が世界各地に雄飛していた記憶は、地名・人名の漢字化とともに次第に失われ、日本の有力氏族がかつてインド、ヒマラヤ山脈の麓にも高天原の都を定めて、アジアからアフリカ、アメリカ大陸に到る九州全土を治めていた時代の輝かしい歴史も徐々に失われてしまった。『契丹古伝』は、紀元前の日本人が、東大神族と呼ばれたカラ族(クル族)の一員として、紀元前のインドでもテイルムン(太古の目本)の高度な建築技術のあとを示すモヘンジヨダロ遺跡活躍していたことを伝えているが、当時の記憶は、九世紀の初めに万多親王らが編纂した『新撰姓氏録』という有力氏族の家系由来記に化石的な形でかすかに痕跡をとどめるのみである。

 

よみがえる高天原の神々

だが、この『新撰姓氏録』に残されたわずかな情報だけでも、われわれの祖先の失われた歴史を復元する上で、はかり知れない意味をもっている。例えば、そこには、京都の祇園祭りで有名な八坂神社の一族が、朝鮮半島から日本列島に移り住むはるか以前に中国大陸の久留(呉仔長江流域)にいたこと、その前はタイの川麻乃(チェンマイ)にいたこと、そしてさらにその前はインド東部の意利佐(オリッサ)にいたことが記されている。九世紀末に遣唐使を廃止して国風文化の復興につとめた菅原道真のルーツを『新撰姓氏録』に基づいて調べてみると、これまで実在したか確力めようのなかった日本神話の高天原の所在や、そこで活躍した日本の神々の実体がはっきりしてくる。

この書物から、われわれは、菅原一族の祖先の天神たち、初代の穂日(ホピ)や息子の夷鳥(イドリ)、末孫の鵜濡淳(ウジュヌ)らがインドのデカン高原を流れるゴダバリ河とナルマダ河の流域に住んでいたことを知るだけでなく鵜濡淳がウジャイン(ナルマダ河の北)の町に、夷鳥がインドーレ(ウジャインの東方)の町に、また穂日がボーパール(インドールの東)の町に拠点を定めて、これらの都市を建設したことが読みとれるのである(高橋良典著『謎の新撰姓氏録』徳間書店刊を参照)。そして、これから述べることが最も重要なポイントであるが、実際にわれわれ探検協会のメンバーがインドのデカン高原へ調査に行ってみると……。驚くなかれ、穂日の町や鵜濡淳の町はここにちがいない、と単に文献から仮説を立てたにすぎないボーパールやウジャインの古い寺院の壁や古城の敷石のいたるところで、われわれは、日本の神代文字で書かれた古代日本語の銘文を発見することができたのである(第6章参照)。このことは何を意味するかといえば、それは、菅原氏に代表される日本の有力氏族が、かつてインドのデカン高原サハラ砂漠の洞窟に描かれたムー(太古日本)の女王ガーナカン高原にいたことを示している。

そればかりではない。われわれがデカン高原の中心部にある有名なアジャンタ石窟寺院の最古の柱から写しとった刻文を、あとで高橋が解読してみるとそこには、伊勢神宮の古代文字で「クダハラマロ」(管原麻呂Vと読める寄進者の名が刻まれていたのだ。クダハラマロのタダハラ(管原)は、『姓氏録』によれば、菅原氏の元の氏族名である。そのクダハラ氏の男子の名がアジャンタにあるということは、いまや疑いようもなく、菅原氏の祖先がインドのデカン高原でも活躍していたことを証明している。

アジャンタの石窟に描かれた壁画そして、紀元前三世紀まで湖るアジャンタ石窟の創建者が菅原道真の遠い祖先であったといえるなら、天神の穂日や夷鳥たちが活躍したという日本神話の高天原は、まちがいなく、インドのデカン高原に実在したといえるのだ。一九九〇年に高橋が、『新撰姓氏録』という歴史学会公認の文献から"導き出したデカン高原""高天原仮説"は、今やわれわれだけでなく、インドのデカン高原へ行った人なら誰でも、現地と日本に共通する神代文字碑文を目にすることによって、決定的な形で確かめられる。しかも、彼の仮説は、インド人と日本人の言葉や遺伝子を調べた専門家の研究によっても、また、インドと日本の古い伝説や祭りの伝統、考古学上の遺物を比較した研究者の報告によっても、二重、三重に重なる結論として確実に裏づけられる。今なお戦いはやまずこのように見てくると、われわれの祖先がかつて中原(インドから日本に到る地域)に都を定めて世界全体を治めたという『契丹古伝』の言い伝えは、現在のわれわれにとって確かに信じがたいものではあるが、太古日本の忘れ去られた歴史の真相をかなり正確に伝えていることがわかる。

イオンと格闘する太古日本の王ギルガメシュる。

日本ではこれまで、江戸時代に神代文字の存在を明らかにした平田篤胤の功績が学問的に根づかなかったため、過去二〇〇年問、欧米の考古学と言語学の発展に貢献し、オリエント世界の古代史を解明する上で決定的に重要な役割を果たしてきた碑文学の伝統がなかった。けれども、今やわれわれは、過去二〇年にわたる高橋の調査によってその正しさが明らかになってきた古代カラ族の神代文字を有力な武器として、世界各地に築かれたカラ文明の諸都市を探りあて、『契丹古伝』に記された東大国の位置や、高天使鶏という空艇に乗って世界を駆けめぐったわれわれの祖先の足跡を発見できるようになった(第7章参照)。『契丹古伝』に登場する東大国の実態を解明する作業は、ここ数年前に始まったばかりである。そのため編者の耶律羽之が採録した九つのテキストの史料価値も、今のところ定まっていない。また、『契丹古伝』に記された原日本人のカラ族と、チャーチワードが紹介したムー文明の建設者ーカラ族との関係も十分に明らかになってはいない。しかし、高橋の見通しでは、二つのカラ族は時代を異にする同じ日本人の祖先であり、『契丹古伝』のカラ族が建設した東大国は、紀元前六八七年(C14年代で一万二〇〇〇年前)の大異変で滅亡したムf文明の継承国家ではなかったかという。世間では、チャーチワードの唱えたムi文明とプラトンが紹介したアトランテイス文明が、ともに今から一万二〇〇〇年前に滅び去ったと伝えているが、『契丹古伝』というたぐい稀な文献とデカン高原に残されたカラ族碑文に基づけば、ムー(カラ)とアトランティス(アッシリヤ/アーリヤ/アヤ)の戦いが異変によって中断されたのは、前八世紀から前七世紀にかけてのわずかな期間であった。

アトランティス(ギリシア)との戦いを見守るトロイ(ムー)の英雄パリスムーとアトランティスの戦いは、われわれの見方によれば今なお続いておりこの戦いは、日本人が『契丹古伝』に記された太古の歴史を解明し、アヤ人によって長いあいだ教えられ続けてきた虚構の世界史を書き改めない限り終わることはない、というのがわれわれの偽らざる思いである。

[アヒルクサ文字]

アヒルクサ文字は、伊勢神宮・出雲大社などの由緒ある神社や旧家に古くから伝わる神吠岐諄のひとつ。九州の阿比留家に伝わる阿比留文字の草書体と考えられたことから、江戸時代の国学者として有名な平田篤胤らによってアヒル草文字と命名された。が、本来はアヒル文字と別個に発生した紀元前の文字で、最近は股いん代甲骨文字の草書体ではないかと考えられている。アヒルクサ文字に代表される日本の古代文字は、伝世資料によって百数十種類あったことが知られているが、古墳・甕棺から出土した鏡や刀剣、縄文時代の土器・土面、石造物の表面に刻字が確認されているのは、今のところアヒルクサ文字以外ではイヅモ文字、トヨクニ文字、北海道異体文字などの数種に限られており、今後の研究が待たれている。

伊勢神宮神宮文庫に収められたアヒルクサ文字とイヅモ文字の奉納文

汗美須鍾かみすち

『契丹古伝』に引用された史料。汗美須錘(神統)には次のような内容が記されている。神祖ヨセフは、ヒンズークシュ山脈の南のふもとにあるアソタの地に都を定め、その都をペシャーワルと名づけた。ペシャーワルは神の都である。ヨセフはシャー・ジ・キのシャーンキヤー王に命じてこの都を治めさせた。彼はまたシラヒゲアケ(白髭王)に命じて朝鮮半島の迎日湾地羅らしめ、この地を高壇邑と名づけた。高壇の地は太陽つき観測の中心地(都祁)であった。高壇邑は南アフリカのアスハムとエクアドルのエスメ一フルダスを結ぶ大円軌道の中点に位置するため、仲京と呼ばれた。ヨセフはエクアドルのコカムイトパクシ神に命じてエスメラルダスに居らしめ、その地をグアヤスと名づけた。グアヤスの港グアヤキルは太平洋航路の重要拠点だったので、海京と呼ばれた。彼はまた南アフリカのアカムイスハム神に命じてケニヤのムグルクに居らしめ、その地をヒラックス・ヒルと名づけた。ヒラックス・ヒルのあたりはアフリカに住むカラ族の宗教的聖地となり、キスームの都、斉京と呼ばれた。彼はキリコエアケ(聞得王)に命じてボゴングの地(オーストラリア)を治めさせ、その都をジランバンジと名づけた。ジランバンジは神祖ヨセフが最初に降臨したところモリなので、始祖降臨の都と呼ばれた。キリコエアケは、ジランバンジのほかにも、イースター島のハンガ・ヌイに宮殿を建てて住んだ。ハンガ・ヌイの地はホツイチと呼ばれ、ラノニフラク火山のふもとにあって神都ペシャーワルから最も離れた地球の裏側の地にあたるため、離京と称された。キリコエアケは生まれたときから頭に刃のような角をそなえ、常人とはちがっていた。彼は人問に害をなす悪霊や邪鬼を退治するのが何よりも好きだった。死者を甦らせたり、病気を封じたり、気の流れを変えたりする秘密の行法を二十四項目にわたって体系化したのは彼である。彼の教えは今でも有効であることが確かめられている。

イースター島遺跡分布図。ラノ・ララクの東に離京があった。

[契丹古伝]

遼の耶律羽之がまとめた契丹王家の歴史書。全文四六章から成り、次のように始まる。いま神とは何かを考えてみるに、古くからの言い伝えでは、神は光り輝くものとある。その光り輝くようすはたとえようもない。しいてこれを譬たとえれば、日の光に輝く鑑のようである。そこで鑑は太陽神をかたどったものとして日神体と書かれ、カガミと読まれる。その昔、天界を統治した太陽女神たる我らの目祖アメウシハクカルメ"(阿乃法翅報云亭霊明""天"統治日霊女)は、シベリア南部のエニセイ川中流域に広がるミヌシンスク盆地に宇宙船で着陸し、盆地の南部から東部にかけてつらなるサヤン山脈のふもと、カーメンヌイで日孫を産まれた。のちに東大国主となられた日孫ヨセフ皇子は、またの名をアバカンといい、スサダミコともいう。ミヌシンスク盆地の中心都市アバカンにその名をとどめる目孫に、目祖はみずから乳を与え、彼が大きくなると、コマカケと呼ばれる飛行艇を与えて、地上に降臨させた。これが我らの神祖ヨセフの誕生の由来である。ヨセフを神祖と仰ぐ我らカラ族は、世界の各地で活躍した。カラ族の勇者はイースター島のラノ・ララクの南東にあるホツイチの霊廟にまつられ、各地のカラ族の都はいずれもコマヤ(高麗国・高天原)と呼ばれ、国名をシウク、族名をシウカラ、国民をタカラと称し、国王をシウクシフとたたえた。シウクとは東大国とうだいこく、シウカラとは東大民族、シウクシフとは東大国主という意味である。神祖ヨセフの子どもや孫が世界の各地でカラ族の国を受け継いだのは、ヨセフの時代にカラ族が世界的な規模で活躍したからである。紀元前の我らの祖先の活躍を記した別の書物には、こう記されている。すなわち、トコヨミカド"(常夜帝""地下都市の王/"常世尊=不死の王)と呼ばれた東大国主ヨセフは、初めオーストラリアのジランバンジに降臨し、次いでミヌシンスク盆地を見おろすアファナシェヴァの山に降臨した。オーストラリアとシベリアの二か所にカラの二つの源があり、同じシウ氏を名乗る二つの宗族がいるのは、神祖ヨセフの右のような降臨にともなって、我らの祖先が現地にとどまったからである。紀元前七世紀にカラ族の一員となったティルムン(東冥ー日本~インド)の人々はヨセフの子孫ではなく、大洪水のあとティルムンの楽園に住んだウトナピ"シュティム(阿辰法須氏""""天御中主""禺)の子孫であ"る。アフリカのカラ族の王としてその名を世界中の人々に知られたエチオピア王タルハカ(寧義氏=ニンギルス=ニニギ)が"現れたのは、ウトナピシュティムの時代より八〇〇年ほどあとのことである。ウトナピシュティムやタルハカ、ヨセフの時代に我らの祖先が世界の各地で活躍したことを垣問見るにつけても惜しまれるのは、その後千数百年の問に我らカラ族のかつてのつながりが見失われ、祖先の貴重な記録が散逸さんいつしてしまったことである。そこで私は複雑にからみあった瓜うりのツルや綿糸のかたまりを解きほぐす思いでカラ族の失われた歴史を解き明かし、その昔、カラ族の祖先が今とは比べものにならないほど広大な土地で活躍した時代があったことを明らかにしたいと思う。

アッシリヤ(アトランティス〉の宮殿

西征頌疏さいせいしようしよ   

『契丹古伝』に引用された史料。西征頒疏には、紀元前七世紀の戦いのようすが断片的に次のように記されている。神祖ヨセフはいよいよ西に向かって反撃を開始するにあたり、ボルネオ島の西部にいたクチン王の軍隊を同島南西部のクタパン要塞に移し、デカン高原中部にいたサガール王の軍隊をインド半島最南端のアーディチャナッルール要塞に移動させ、南オーストラリア海岸の中部にいたユークラ王の軍隊をエーア湖の西にあるクーバーピジー要塞に派遣して攻撃の準備をさせた。そしてついにみずから大軍を率いて怒濤のごとくエリュトラ海を渡り、アフリカに侵入した敵軍を駆遂してサハラ砂漠の西にあるイジュンハンの丘に達し、夕ロホスとイン・タデイニの間にタデメッカの都を設けてカラの同朋を救出した。ここにエリュトラ海とあるのはインド洋のことである。イジュンハンはアフリカ大陸のさいはて、夕陽が沈む西アフリカの海岸に近いアドラール・デ・ジフォラスの高地にある。スサダミコ神祖ヨセフ(順嵯檀彌固"""山幸彦ホホデミ)は紀元"前六六〇年に即位してみずから東大国を治められた。そしてこの記念すべき年から数えて八八0年たった紀元二二〇年、高句麗の山上王位宮とその弟の百済王仇首(山上王ちほやえちくの弟の蘭須)は千穂八重築しかむのみね紫神之峰と呼ばれた九州・鹿児島の八重山に登り、漢帝国の滅亡を祝って、「秀穂立つシナカキ、とよあしかびさか神が培えけむ、豊葺芽栄」と神に感謝した。この年カラの人々はついに漢帝国の支配から脱し、再び日祖ゆかりのカラの故地を奪回して、日向高千穂と呼ばれた霧島山の神の都に永くとどまれるようになったのである。その後およそ[六〇年余りたった紀元三九一年、高號の好太王は右のように栄ある東大国の伝統を継いで高句麗王となり、大いに我らの旧領を回復して広開土王(コウカイトワケ~トコイカウワケ~瑳競伊弐王~瑞競伊尼赫琿)と称えられた。好太王の時代に人々は久しく失われていた祖先の気風を取り戻し、カラ族の勢いは再び盛んになったのであった。西征頒疏によれば、カキとは稲葦神洲のことで、稲穂が豊かに実る神の国という意味である。

シャンカ文字

インドの初期仏教遺跡、サーンチー、バールフト、あるいはデカン高原の先史美術の宝庫バンパトケア、その他の遺跡から発見されている謎の未解読文字。現地でシャン力文字と呼ばれている、この未解読文字の代表例は、図に示したアジャンタ最古の石窟の柱に刻まれた文字群である。高橋良典は『謎の新撰姓氏録』(徳問書店刊)の中で、日本人の祖先、たとえば太宰府天満宮に祀られた菅原道真らの祖先が、紀元前のインド・デカン高原で活躍したこと、日本神話の高天原の歴史的な舞台は、インドのデカン高原だったという仮説を唱えている。古来より日本で「天神さま」として親しまれてきた菅原氏は、『新撰姓氏録』によれば、かつて管原(くだはら)氏と呼ばれた。そして、アジャンタ最古の石窟に刻まれたシャンカ文字を解読した高橋は、驚くべきことに、これを目本の由緒ある神社に古くから伝わるアヒルクサ文字とタガラ文字で、クダハ一フ(管原)マロ(麻呂)と読んでいる。ということは、菅原氏のような日本の有力氏族がかつてインドのデカン高原で活躍したことを決定的に物語っているのではないだろうか。

石窟の石柱

 石柱のシャンカ文字の解読結果

辰殷大記しんいんたいき

『契丹古伝」に引用された史料。辰殷大記はこう記している。イサク(殷叔)と呼ばれたイスラエル最後の王ホセア(忍穂耳)には老年になっても息子がいなかった。そこでカラの人々からこの上なく高貴な人物(殷越―干越)であると尊敬されていたイサクは、アフリカやヨーロッパ、小アジアの各地に離散したイスラエルの人々を率いて東方の聖地ティルムン(日本)へ旅立つにあたり、スサダミコ(密矩)と呼ばれたヨセフ(火々出見)を養子として迎え、彼の後継者とした。その後まもなくイサクは亡くなったが、そのとき彼は八十九歳だった。こうして我らの神祖ヨセフが永遠のいのちを授けとこよひこみこられた太陽の御子、常世トコヨヒコミコ日子御子(督抗費国密矩)としてイサクの跡を継いだのは、紀元前六九五年(伊兮歩)乙酉の秋、九月(七月)のことだった。

太古日本の王イサク

ティルムン

大洪水ののち、ペルシア湾の東方につくられた神々の楽園。シュメールの伝説によれば、ティルムンは大洪水を生きのびたウトナピシュティムが神々とともに住むことを許された楽園で、息子のギルガメシュがクラブ(イラク南部の古代都市)の英雄になったあと、不老長寿の薬草を求めてやってきた土地という。有名なギルガメシュ叙事詩に、「はるかなる地、川々の河口」にあると記されたティルムンは、別の言い伝えによれば「太陽の昇る土地」にあり、計画的に区画された耕地を潤すすばらしい灌潮用水路と井戸のおかげで穀物が豊かに実り、町には立派な穀物倉庫があったという。神々の楽園ティルムンの"すばらしさは""エンキとニ""ンフルサグ""と名づけられ"たシュメールの粘土板に、次のように記されている。ティルムンの国は清らかだ/ティルムンの国は輝かしい……/ティルムンからすでは烏が不吉な漣霧あげることもなく、雄鶏がけたたましい叫びを発することもない/ライオンは生き物を殺さないし、狼も仔羊をとらえない:…/眼病になる人もいなければ、頭痛になる人もいない/女性は年をとっても若々しく、男性もまた老いを知らない…・シュメール伝説のティルムンは平知そのもので、争いことや病気のない清らかな国、人間がいつまでも若さを失わない輝かしい国だった。以上のティルムンは、高橋の研究によれば、太古の日本そのものであり、異変を生きのびたウトナピシュティムとギルガメシュは、あめのみなかぬしたかみ輻体神話の天御中王、高皇産霊に相当するという。つまり、ティルムンは、ティムン(契丹古伝の東冥)ティプン(契丹古伝の東表)に変化したあと、ジプン~ジポン~ジッポンを経て日本になったといえる。

ウルク(夏)の王ギルガメシュ(日本神話の高皇産霊)の物語を記したアッシリヤの粘土板

 [秘府録ひふろく]

 〔契丹古伝』に引用された史料。秘府録にはこう書いてある。神祖ヨセフは、今日アジアと呼ばれている地域を中心として、アフリカからオーストラリア、アメリカ大陸にまたがる広大な土地をカラ族のために確保し、これを五つの地域に分けて統治した。彼はまず、マダガスカルのチアファジャブナ王を南アフリカのジンバブエに派遣して、東大国の西部を治めさせた。次に彼は、北アメリカのシトカ王をアラスカのジュノーに派遣して、東大国の東部を治めさせた。また彼は、九州の串木野カムイ神を喜入(または入来)に派遣して、東大国の中部を治めさせた。彼は中央アジアのカザフ(またはケンピルサイ)にウラル山脈南部のカンダガチ王を派遣して東大国の北部を治めさせ、ニュージーランド北島のマヌカウにオーストラリアの南のタスマン王を派遣して東大国の南部を治めさせた。ヨセフは、右のように東大国の諸大陸の統治を五人の長にゆだねると、みずからは宇宙船に乗って天空の安全をはかり、大海原を航海する人々の安全をはかった。また彼は、九州の句嬰国(のちの狗奴国)の司祭に対して、つねづねの祭りことをおろそかにすることなく、東大国民の末ながい平和と繁栄を保つよう心がけよと命じた。紀元前七世紀にヨセフが東大国の五つの地域を治める以前、これらの地域にはカラ族以外の先住民がいた。北原と呼ばれた中央アジァのステップ地帯には、遊牧民族のマッサゲタイ人(没皮)と狩猟民族のイユルカイ人(龍革〉がいた。西原と呼ばれたアフリカ大陸には、穴居民族のギリガマイ人(魚目)とティブー人(姑腹)がいた。そして中原と呼ばれた東アジア地域にはアイヌ(熊耳)とコロポックル(黄眉)が住み、南原と呼ばれたインド・オセアニア地域には、マオリ人(苗羅)とパプア人(孟潟)がいて農業を営み、海原と呼ばれたアメリカ大陸にはジェー語族(菟首)とコリャ族(狼裾)がいて海洋漁業にいそしんでいた。これらの先住民は、カラ族とともに東大国の国民になったとき、いずれもヨセフの指示に従い、言いつけをよく守った。けれども、その当時インドにいたバクトリア人(箔)とガンダーラ人(牌圏、サカ人(籍)だけは性格が凶暴で手がつけられなかった。そこでヨセフは彼らを征伐してインドから駆逐し、ベンガル湾に追放した。

費彌国氏洲鑑[ひみこくししゆうかん]

『契丹古伝』に引用された史料。費彌国氏洲鑑には次のようなことが書かれている。その昔、地球は大異変に見舞われ、恐るべき洪水が発生して、海と陸の形はすっかり変わってしまった。この異変で地軸が傾いた結果、大地は中国の北西部で縮んで盛りあがり(ビルマ~チベット~ヒマラヤの隆起)、南東部で引き裂かれて水没し蛇身人首の鬼を祭る者が次々にやってきて我らの土地に住みついた。そして彼らは我が東大古族の神の子孫とみずからを偽つたばかりでなく、伏犠や神農、黄帝、少昊なる人物を我らの王の祖先に仕立てあげてその系図に自分たちの祖先をつなげ、あるいは我らの王を陶・虞と改めて彼らの王にみせかけたうえでその子孫になりすまし、これら偽りの神と王に対する崇拝を人々に強要してみずかた(日本海溝~フィリピン海溝の形成)。プングラン(乃后稜)諸島のあたりにあった南シナ大陸と東北の大陸は沈んで海となり、アジア大陸の地殻が太平洋方面に大きく傾いて沈んだため、天が東に向かって海面から遠ざかっていくように見えた。秦・舜の時代に地球全土は戦火に包まれ、禺は洪水の後始末に追われた。ところが二のようなドサクサにまぎれて西からは人身牛首の神を祭る者やらを聖帝の子孫なりと誇らしげに語っている。けれども、彼らは自分たちの祖先だと思っていた発と舜が彼らの思惑に反して東大古族の王であり、我らの祖先であったことをはたして知っているのだろうか。西から我らの地にやってきて帰化した人々が王として仕えたのは、嘉・舜のあと世界の王になった夏の国の禺が最初であった。その後久しく続いた夏王朝の創始者である禺のことを彼らは中国だけの王であったかのように記しているが、これはとんでもない間違いだ。というのも、史記に記された禺は大洪水を生きのびてティルムン(日本~インド)の楽園に住んだシュルッパクの王ウトナピシュテイム(天御中主nアソベ王朝初代ウソリ王)をさしており、彼のいた夏の国とは英雄ギ"ルガメシュ(高皇産霊尊"""アソベ王朝第二代タミアレ王)が活躍したクラブ(呉羽)の都をさしている。禺は中国だけの王ではなく、世界全体の王であったことが西族の伝承によっても確かめられるのである。

八咫やたの鏡文字

一伊勢神宮に伝えられた八咫の鏡の表面に刻まれた文字。これらの文字は従来、ヘブライ語で左から右に向かって、エイエアシェルエイエ(我は在りて在る者なり)と読まれてきた。しかし、そのような読み方はヘブライ文字にもとづく根拠のあるものとはみなされない。むしろこれらを分析した結果によれば、古代のサハラ砂漠で使われていたティフィナグ紋字で、あな畏けあがサハな崇めつることほイサクら言祝ぎつあな畏けサハな崇めつると読める(地球文化研究所.高橋解読)。つまり日本神話のイザナギに相当するイサク(古代イスラエル王国最後の王、ホセア)が紀元前七〇〇年頃に、サハもしくはサバと呼ばれた太古の宇宙船サブハをことほいだことが記されたものと解釈される。このサバは有名なシバの女王が使った空飛ぶ乗り物であり、日本では天照大神の太陽円盤として、古くから崇められてきた。、、

エイエアシエルエイア伊勢神宮の八咫鏡文字

 [耶摩駘記]

「やまとふみ契丹古伝』に引用された史料。著者の塢須弗は、耶摩駘記の中でこう述べている。目本がいまだかつて滅びることなく衰えることなくして国を保ってきたのは、この国を治める者がティルムン以来の輝かしい歴史を見失わず、先代から受け継いだ伝統を大切に守り続け、神の言葉にすなおに耳を傾けて、人問としてなすべきことを行なってきたからである。日本のことを秋洲とも書いてアキシマと呼んでいるのは、紀元前七世紀に神祖ヨセフがこの国に世界の都を設け、目体列島を世界の中央島、央畿島アキシマと定めたからである。

[ヨセフ]

旧約聖書にイスラエル十二部族の祖ヤコブの子として登場する人物。日本神話に山幸彦ホホデミ(火々出見)、ホオリ(火折)として描かれ、東日流外三郡誌つかるそとさんぐんしにウヘリ(宇比利)の子として記されたマシカカ(馬司利)に相当する。紀元前六九五年に亡くなったホセア(旧約聖書のイサク/記紀のオシホ耳)の養子に迎えられ、アッシリヤに滅ぼされたイスラエル王家を再興したティルムン(東冥/日本)の王。前八世紀から前七世紀にかけて、アッシリヤ王サルゴン、センナケリブ、およびエセルハドンと戦ったティルムン王ウヘリ(大日霊女/アマテラス)の子、スダース(須瑳檀密矩/ホホデミ)として実在した。

契丹古伝に東大国主スサダミコの名で伝えられたスダースは、前七世紀の戦争と異変の時代に、われわれ日本人の祖先(カラ族/クル族/カーリア人)を地中海、アフリカ方面からインド、日本へ安全に導いた。その功績は忘れ去ることができない。彼は、前七世紀の初めにアッシリヤ(アトランティス/アーリヤ)に征服されたヨーロッパを除く地球全土を五つの地方に分け、それぞれの地域に都を定めて世界を統治した。旧約聖書に彼の父と記されたヤコブ(ニニギ)は、前七世紀にアフリカで勇名をとどろかせたエチオピア朝エジプトのファラオ、タルハカであり、彼の息子と記されたエフライムは、記紀および古史古伝にホホデミの息子として伝えられたウガヤ皇子と同一人物である。

ティアワナコの太陽の門に描かれたヨセフ

原日本古代文字発見地点日本探検協会/高橋良典 調査 日本探検協会では、デカン高原=高天原仮説を証明するため、これまで何度も現地調査を行なってきた。そしてその都度インドでも解読されていない碑文を採集し、100例以上の碑文を解読した結果、古代の日本人はインドのデカン高原あるいはインダス文明地域でも活躍していたことをつきとめた。日本探検協会が毎年継続して進めているインド・ネパール・古代インダス文明地域(ティルムン=日本)の調査に協力下さる方は協会までご連絡ください。

 

太陽神アフラ・マズダはイーマに告げた

おお、美しきイーマよ

この邪悪なる世界に厳しい冬が訪れようとしている

雲高くそびえるかのアヴィ山の項きにも厚い雪が降りつもるであろう

そして水の豊かな緑なす牧場であるこの大地もまた

かつてない大雪に見舞われる

さればイーマよ

今のうちに大いなるバーラを造れ(この大地に大いなる地下都市を造るのだー)    

『ゼンド・アヴェスタ』

 

旧約聖書の神について その 4

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転載:タケのアセンション情報ブログ

タケがアセンションについて長年研究してきたことを発表します。
参考になさってください。

 

NEW!2017-04-11 13:41:47

全国の空中携挙を心待ちにしている皆様こんにちは。

前回の記事では、エホバがアンドロメダ星人によって地球から追い払われたというお話でした。

今回の記事では、旧約聖書の預言通りに、エホバが再び地球に戻ってきますが、アンドロメダ星人とプレアデス星人と白色同胞団が撃退するというお話です。

我が国の自衛隊では、北朝鮮のミサイルが4発同時に発射されただけで迎撃できない有様なので、エホバの宇宙船を撃退することは不可能です。

ミサイル4発、10分以内か北朝鮮、迎撃阻む意図?

http://www.asahi.com/articles/ASK365JR9K36UHBI025.html

「軍事関係筋によれば、海上自衛隊のイージス艦の場合、1隻が同時に迎撃できる弾道ミサイルは2発程度。

日本の弾道ミサイル防衛は、イージス艦と地対空誘導弾パトリオット3で構成するが、離れた場所に同時に攻撃を受けた場合は迎撃が難しくなる。」

 

こんな役立たずの自衛隊に年間5兆円も税金を使うなんて、無駄遣いですね。

防衛費、過去最大の5.1兆円へ29年度予算案、中国・北朝鮮対応

http://www.sankei.com/politics/news/161201/plt1612010039-n1.html

自衛隊は実戦に参加したことがないので、北朝鮮との戦争に巻き込まれても、役に立ちません。

キャッチボールしかしたことがない素人が、メジャーリーグに参戦するのと同じくらい無謀なことです。

素人に毎年5兆円も払うくらいなら、アメリカの傭兵派遣会社に5兆円払ってプロを雇った方がよっぽど役に立ちます。

エホバの艦隊は我々にはどうしようもないので、アンドロメダ星人の宇宙船に全面的にお任せしたいと思います。

 

かつて、素晴らしい海のそばにある都市があった。

その海には、あなた方が熱帯性と呼ぶであろう魚がいて、美しい透明な水があった。

その都市に住む人々は、いわば、自分達の生き方で生きる人々であり、彼らはとても創造的だった。

彼らはエホバが設定した法に従わなかった。

するとある日、隊列を組んだエホバの宇宙船団が、4箇所に同時に核攻撃を行ない、一撃で彼らを殲滅してしまった。

彼らの王国は、その廃墟さえもほとんど残らなかった。

その王国のそばの海は、現在、死んだ海と呼ばれており、そこでは何も育たない。

人々から崇拝されたいというエホバの欲求は極めて強く、彼らのような人々が存在していたということを二度と思い出さないようにするために、彼は全てを跡形も無く破壊した。

彼は戻って来るだろう。

あなた方は、ここで話されている事柄に対して怒りを感じるかもしれないが、これは事実である。

そして、あなたが純粋な理性と愛を知っている状態を利用すれば、あなたの変質した自我にもかかわらず、あなたはその答えを知るだろう。

あの存在は戻って来る。

だが、ヤハウェーと呼ばれる存在や、彼の偉大な教師達や、この天界や別の天界の人々や、さらにこの天界の下にいる人々が、愛の精神において結集しつつある。

(タケの補足説明:

彼の偉大な教師達:カウンシル・オブ・サーティーン

この天界の人々:地球のホワイト・ブラザーフッド白色同胞団

別の天界の人々:アンドロメダ星人やプレアデス星人

この天界の下にいる人々:地底人  アトランティス文明が崩壊する際に地下に潜った人々

これらの人々が、再び地球にやってくるエホバを撃退するために、集結しているということです。)

愛こそが、口論しながら生きているあなた方に、今教えていることだ。

あなた方が目撃する次の大戦争は、この天界、つまりこの地上で行なわれる訳ではない。 

それは空で行なわれる。

あなた方の月はかつて2つあったが、1つは破壊された。

それはプレアデスでの戦争の小さな結果であり、その戦いはそれほど近くまでやって来たのだ。

ある日、絶え間ない光しか見えず、この天界が暗くならない時がやって来る。

そして、あなたは星をひいきするのをやめて、星はどこに行ったのかと思うだろう。

そして太陽は、かろうじて見える、空に付いた染みのように見えるだろう。

何故なら、これから起こる恐ろしい出来事の中で、光の原理が利用され、光が宇宙空間を明るくするからだ。

(タケの補足説明:ラムサ様は、このエホバの艦隊VSアンドロメダ星人+プレアデス星人+白色同胞団の戦いを光の12日間と呼んでいます。

つまり、12日間に渡って、宇宙船と宇宙船が地球の近くで激しく光線兵器で火花を散らして、その光によって太陽の場所も分からないほど空全体が輝き続けて、昼も夜もずっと明るく照らされるということです。)

私はこれについては話さないし、これまでも話した事は無い。

あなた方の内面に恐れが入り込むからだ。

そして私の話を信じない人々でさえ、私の話を恐れている。

それ故、この話を信じないことの方が簡単である。

だが、私はあなた方に率直に言うが、あなた方は決して焼き殺されたり、排除されたりすることは無い。

あなた方のスピリットは、永遠に存在し、これまでもずっと存在してきたからだ。

そしてこれこそが、神エホバが学んでいないことである。

肉体を滅ぼしても、その中に存在するものは無傷である。

それは決して奪い取ることは出来ない。

あなた方はこの偉大な光を見ることになるが、あなた方は驚いて、まるで楽園が訪れたかのように、歩き回るだろう。

そして、空に見える強烈な光を不思議に思うだろう。

中には

「ああ、これは太陽が消えるという予言が実現したのだ。

太陽は最後に明るく燃え盛るからだ。」

と言う人々もいるだろう。

だが、彼らが見ているものは、それとは違う。

彼らが見ているものは、巨大な宇宙船が互いに戦っている姿であり、その光は太陽の光を打ち消してしまう。

それらの光は思考から生まれるからだ。

私はあなた方に思考を利用するように教えてきたが、そしてあなた方は間抜けな顔をして、ただ驚嘆していることだろう。

というのも、愛する存在達よ、あなた方は守られ、愛されているからだ。

神エホバとのこの最後の戦いで、ヤハウェーとイドと呼ばれる素晴らしい存在は、全てを清算するだろう。

(タケの補足説明:これまでは、エホバはしぶとく何度もよみがえって、懲りもせずに戦いを挑んできましたが、今回の戦いで、もう二度と地球やプレアデスにちょっかい出せない状態にされるということです。)

あなた方はどうなるのか?

あなた方は新しい時間の中に入る。

そのようにしてあなた方は救われるからだ。

そしてその中で、我々はユートピアや人間のマインド、思考や光の原理の驚異について熟考し、暴君達を排除していく。

そして、全ての人々が1つになり、この王国が再び統一されるのだ。

父なる神はそのような存在だからだ。

神エホバも、ヤハウェーもイドも、そしてこの素晴らしいゴールを目指して努力している、あなた方が名前さえ知らない沢山の存在達も、父なる存在と呼ばれる生命力によって支配されている。

エホバは神の全てではない。

彼は神全体の頂点にいる訳ではない。

だが、彼は至高の存在である。

これはヤハウェーに関しても同じであり、イドも同じである。

あなたも同じである。

父なる存在は究極の生命であり、何もそれを破壊することは出来ない。

父自身の創造物でさえも、それを破壊することは出来ない。

それは永遠に存在し続ける。

神自身であるこの存在、つまり、希望と愛と穏やかな美の流れであるこの存在を誰が愛しているのか?

神はあなたである。

神はこの素晴らしいフィーリングである。

神は人生の素晴らしい喜びである。

そして神は、あなた方を平等に愛している。

つまり、イエシュア・ベン・ジョゼフも、覚醒した存在ラムサも、自由な存在ヤハウェーも、平和を愛するイドも、恐ろしい神エホバも、神は全ての存在を平等に愛している。

そしてこれらを全て言った上で、1つの普通の言葉がこれをまとめてくれる。

つまり、生命は永遠であるということだ。

そして生命を消し去ろうとする者は、自分自身の生きる望みを消し去ることになり、戦いを続けるという牢獄の中に閉じ込められるだけである。

あなた方は、これらの文章(旧約聖書のこと)を研究してきたが、これらは全て、それぞれ異なる視点から見たものであり、1つの自我が記録したもの、つまり1人の神が自分が見た通りに記録したものだ。

あなたの存在の内面に恐れを植え付けるような神を崇拝することは、崇拝とは言えない。 

それは牢獄である。

存在よ、人々を分離する神を崇拝することは、崇拝と愛ではなく、軽蔑する行為である。 

あなたがこれまで歴史として読んできたもの(旧約聖書)は、一方に偏った見方である。

だがあなたがここで聞いてきた話は、公平な視点から見たものであり、これから起こる出来事である。 

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宇宙の創成 4

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創造
「 創造の萌芽が休眠する時 」 「創造の萌芽」の進化発達レベルがある段階に達すると発達が止まり、今度は逆に収縮へ と向かい始める。創造の霊的進化に基づいて「創造の萌芽」は非常に長い期間存在し続ける訳だが、その後、休眠の準備をするために自ら収縮し始めるのだ。このとき「創造の萌 芽」の懐にある全ての物質の帯と生命形態が、霊としての本質に立ち帰ることになる。地球の科学者達にとって、地球を含めた宇宙の年齢を判断する際に問題となることの一つは 、光の速度そのものである。と言うのも、過去と未来の光の速度を比べると、過去における光の速度の方が速いからである。天体観測者達が望遠鏡で宇宙をのぞき込んだ際に見え る星の光は、既に何十億年も昔に発せられた光と言う場合もある。おそらく光が昔のものであればあるほど、その光の速度は速いという事実を考慮に入れた新しい公式が必要とさ れるだろう。更に光の速度はその他の要素、例えば重力や通過する地点の空間的密度などによっても変化する。地球の属する宇宙が膨張し続けるに従って、宇宙のあらゆるエネル ギ-の活動速度は次第に低下していく。 
地球の科学者達が宇宙というものの生命サイクル全体への理解をもっと深めない限り宇宙 の膨張がいつ終わり、収縮に向かうかを測定する事は困難であろう。現在は「創造の萌芽」によって、あらゆる生命形態の経験学習から得られた内容を反芻する時期である。この 段階では、眠りについている「創造の萌芽」は純粋に霊的意識そのものと化しており、物質的性質のものは一切存在しない。「創造の萌芽」の休眠期間中は、懐の中のあらゆる生 命形態が捧げた経験によって得た叡智による論理的・合理的思考に終止符がうたれるのだ。経験を「創造の萌芽」に捧げられるのは物質的世界だけなので「創造の萌芽」の休眠期 には新しいデ-タの供給は全て止まり、「創造の萌芽」が休眠期に至る迄に起こった全てを沈思黙考するだけとなる。「創造の萌芽」は如何に意識の7サイクルを創造すべきかを 論理的に考え学び終えた。「創造の萌芽」が意識の7サイクルの創造法を学んだ最初の時期には、それはまず「創造の萌芽」として光の中できらめき、次ぎにそれがフラッフィ・ マタ-へと変化し、更にガスの創造->鉱物の創造->植物相の創造->動物相の創造->人間型生命体の創造へと至るのである。 
これらのあらゆる生命形態は、独自の霊的レベルの意識を備えており、その意識を通じて 「創造の萌芽」の進化プロセスに必須の知恵を捧げ続けることになっている。地球を含めた「創造の萌芽」の進化の1サイクルは、311兆400億年であり、プレアデス人の間 ではこのサイクルは「1大時(グレ-トタイム)=全てを卓越した時間」と呼ばれる。これは創造の「理念」から始まり休眠期を最後とするサイクルだと言われている。この「創 造の萌芽」の生命サイクルの内の最初の47兆年間は「創造の萌芽」は純粋な霊として存在する。その後、物質の帯の進化が始まると、ガスなどの気体から幾多の星が形成される ようになる。仮に我々が地球と太陽がガス状の球体だった時点にまで溯ることが出来たなら、地球は誕生から6260億年経過しており、太陽は1兆7300億年経過していると いう事実が理解出来るだろう。現在地球が属する「創造の萌芽」の年齢は1サイクル311兆年の内の47兆年であると予想されている。従って、地球を含めた創造の場合、それ が休眠期に至るまでには気の遠くなるほどの年月がかかることは、我々にも容易に想像がつくだろう。 
なぜプレアデス人が「創造の萌芽」について幾分かの知識を持っているかと言うと、彼等 は高度な科学技術を駆使して時間を遡り、「創造の萌芽」やその懐にある生命形態の成長プロセスをつぶさに調査出来たからである。高度な科学技術に高次に進化した彼等独自の 霊的レベルが加わることで、高次の意識領域にアクセスし、そこから必要な叡智を汲み取ることが可能になったのである。「創造の萌芽」にとっての休眠期とはどの様なものであ るかと言うと、その間「創造の萌芽」は休息し得られた叡智をじっくりと反芻し、新たな生命サイクルを始めるための準備を整えるのだ。休眠期を終えると「創造の萌芽」は、ま た新たに同様のサイクルを前回と寸分変わらず開始する。まず卓越した知恵を本質とする光の姿から始めるとフラッフィ・マタ-の段階を経て、ガス体、鉱物、植物相、動物相と 進化し、そして最後に人間という生命形態を創造するまでに至るのだ。「創造の萌芽」が新しい生命サイクルを始める時に前回と異なるところは、「創造の萌芽」が前回のサイク ルから得た叡智の宝庫を既に備えた状態の光からサイクルを始めて、そこから更に進化していくという点である。 
「創造の萌芽」は覚醒の時期と休眠期を1サイクルとして、全部で7サイクルの「全てを 卓越した時間(1大時)」を繰り返す。サイクルは夫々似通っているものの、そこに含まれる叡智と進化プロセスは若干ながら差異がある。各1大時の全てに当てはまる共通点は 何かと言えば、懐に存在するあらゆる生命形態を通じて得られる経験から学び進化出来る様に自ら物質の帯を創造するという点である。1大時の7サイクルが終了すると、それま で続いていた営みは全て止まり、「創造の萌芽」それ自身が「ウル宇宙」と呼ばれるより高次の姿に転換する。1大時の7サイクルが成就することは「永遠の哲理」と呼ばれてい る。数え切れないほどある宇宙の中で、3つだけプレアデス人が精通している宇宙がある。予想ではアブソル-タムには10の49乗の数だけ異なった宇宙が存在すると言われて いるが、その中でプレアデス人がその存在理由について知ることの出来た宇宙は3つしかない。第一はウル宇宙であり、これはアブソル-タムの進化の源となった主要な宇宙であ る。 
ウル宇宙も前述の7段階の進化プロセスを経ることは変わりがないが、進化のために物質 の帯を創造する必要にかられない点が他の宇宙と異なっている。ウルは宇宙の帯を創造する代わりに「創造的宇宙」と呼ばれる別の宇宙を創造する。人類の住む宇宙は創造的宇宙 と呼ばれている。と言うのは人類の属する宇宙は自分の進化を促すために、物質的生命形態を創造する宇宙だからである。ウル宇宙が他の宇宙を創造しながら進化し続け7つの段 階全てを終えてしまうと、今度は「セントラル・ユニバ-ス」と呼ばれる宇宙へと転換する。このセントラル・ユニバ-スの存在理由や役目についてはプレアデス人でさえもよく 理解出来ていない。と言うのも彼等はセントラル・ユニバ-スという世界に入った経験もなく、その存在を知ったきっかけも、自分達の様な他の高等知性体が経験した内容を教わ っただけで他の情報源がないからだ。「創造の萌芽」についての理解を深めれば、我々の「生」の意味を見出す事が出来るのではないだろうか。 
我々の物質的生は、はかなくも様々な変容を遂げるが、学ぶと言う最も 重要な任務を果たしている。と言うのも我々は学ぶという行為を通じて思考し、物質的に備わる頭脳でエネルギ-を創造しているからである。我々の思考によって創られるエネル ギ-は、波の様にさざめいて宇宙を横切り、我々を含めた地球内外の生命形態に何らかの影響を与えている。地球上に存在する50億人以上の人々が発する思考パワ-は一つの塊 となって大きなエネルギ-波を形成し、そのエネルギ-波はあらゆるレベルの生命形態に影響を与えている。もしも皆さんの中に自分の存在意義に疑問を持つ方がおられるとした ら、この様に理解した欲しい。あなたは偉大な創造の素晴らしい、そして非常に重要な一部であり、同時に自分の属する「創造の萌芽」を進化させるという責任を負っているのだ 。自分が「創造の萌芽」の進化に関わる重要な存在であるという事実を理解し、実際に「創造の萌芽」と自分が一体であることを実感出来るようになれば、誰もが森羅万象との霊 的な強い絆を感じられる様になるだろう。 
物質的な生を営むことの目的は、自分の霊や精神を経験によって得られた「知恵」という 糧で肥やすことである。しかし最も重要なことは、誰もがみな霊的存在であり、一連の物質的営みを通じて自己の霊や精神を豊かにしていると言う事実を理解することである。我 々の霊を肥やす糧となるのは「哲理」である。物質的レベルを超えて意識の障害を取り除き、自己の霊としての本質にじかに触れられるようになれば、誰でも例外なく「創造」と の絆を実感し、「哲理」が自分の一部となるはずである。我々はみな「創造」の「永遠なる霊的エネルギ-」から創られた「霊」なのだから、いつでも好きな時に「創造の萌芽」 に備わる叡智の宝庫にアクセス出来るはずである。自己の霊的意識を通じて、我々はみな「永遠なる創造」の光に導かれているのである。 
「 宇宙創造のまとめと人類の進化 」 前述のように創造とは何か、我々は創造行為にどの様に関わっているのか、そして我々の 「生」の重要性について明らかにした。そして「創造の萌芽」という存在が進化するプロセスには、絶対的な論理性があるに違いないと予想出来るだろう。生命の創造プロセスは 決して一連のでたらめな行動から生まれるものではなく、そこにはきちんとした規則性、合理性、論理性を踏まえた営みの因果的連鎖があり、だからこそ我々の「生」にもきちん とした意味づけがあるのである。そして生命の創造プロセスは「創造の源」によって詳細に設計されており、且つ、我々の宇宙の「創造の萌芽」が「創造の源」の設計図を真似た ものなのである。この「創造の萌芽」が辿った進化のプロセスを順を追って見ていくことで、我々地球人種の進化を並行してどの様に創造というものがなされていくかについて、 しっかりと概念づける事が出来るだろう。 
· 「理念」と共に「創造」が開始される。人類はまず両親が子供を創ろうと思いつく事 が出発点となる。 
·「創造の萌芽」が自分の進化を促すために物質的生命を創造する。我々は子宮から生 まれ出る霊的種族であり、誕生後は物質的生を営み始める。 
· 必ず、少しずつ段階を経ながら進化が進む。生命体に備わる知恵は、必ず経験を通じ て学びとられる性質のものである。経験なくして「生」の崇高な神秘を体得するレベルまで「飛び級」することは出来ない。生命体は少しずつ段階を経ながら学習していかなけれ ばならない。経験のプロセスには必ずと言うほど失敗が付きまとうが、この失敗は進化のプロセスにとって欠くべからざるものである。 
·「創造の萌芽」が進化の7段階を経験する。創造の萌芽が進化し、完全なる存在に達 するには7つの1大時を通過するが、それと同様に人間もまた「創造の法則と掟」に従って、7段階のステップを経ながら進化発達する。1大時(グレ-トタイム)=311兆4 00億年、7大時とは地球年に換算すると、2177兆2800億年となり、宇宙全大時(宇宙完全体系)=1京5240兆9600億年と言う事になる。 
·「創造の萌芽」は覚醒期と休眠期(まどろみ)とを経験する。人間は日中醒めており 夜は眠る。人間種族はいったん物質的生命の終焉を迎えると、「向こう側の世界」で眠りにつく、そしてしばしの間休眠した後、再び物質界へと戻っていく。 
·「創造の萌芽」の進化が究極に達すると「ウル」と呼ばれる高次の生命形態へと転換 する。人間種族は物質的生命形態として生の営みを始めて、究極的には密度の低い光の様な存在へと進化する。この進化レベルに達すると、もはや生と死のサイクルを繰り返す必 要はなくなる。人間種族はゆっくりと時間をかけて進化し、最終的にはもはや物質的肉体を持たず、純粋な霊としての本質として存在し、「集合意識体」の一部となる。集合意識 体には7つの霊が存在する。 
·「創造」とは宇宙の全ての存在物を、存在させるに必要な全ての物を、全ての時間を 通して供給し、支配している力(霊的エネルギ-)であり、それは絶対の絶対、無限であり、力の力であり、力を生み、次に結果としての真理、愛、知識、英知としての確実な「 創造の法則」、即ち生態系を生み、全ての物質的生命に、法則の遵守(霊的進化)を義務づける。 
· 「創造」は自己の中に、7重の構造(層)の原理を造った、即ち普遍的存在、普遍的 法則、普遍的情緒、普遍的愛、普遍的力、普遍的時間、普遍的産出であり、これは全生命の根本法則である。また自分の外部にも次の7層の原理を創造した。つまり生成と消滅、 法則遵守、霊的発達、愛の生活、力進化、時間拘束、物質的産出(創造)である。 
·「創造」は、無限、全知、全能、遍在であり、そこから無限の幸福、無限の美、無限 の価値が生まれる。それは又、終わり無き無限に強烈な幸福、平安、英知、知識、能力、真理、論理、絶対確実性であり、完全に近い存在であり、生きとし生ける全ての物の中に 万遍なく存在しているもの(霊的エネルギ-)である。創造は休眠中でも、覚醒中でも、無意識が働き進化を続ける純粋な霊体であり、力強く、巨大で、不滅であり、造形力と産 出力を持った生命形態である。創造と被造物の差異は、限定された時間の長さである。 
· 知識と言う財産は、これを利用する事によって英知に変える。つまり知識の応用と言 う体験を通して論理に変えていく。即ち絶対確実な創造の力に変えていく、換言すると英知と絶対は同一である。    AD

諏訪湖と四国の長沢ダムの底が面白い

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AEKO愛と喜びを風にのせてそろそろ日本もディスクロージャーhttp://ameblo.jp/easterngoldnet/archive1-201105.htmlで面白い事を教えて頂いた。
諏訪湖と四国長沢ダムの上空をグーグルアースで拡大すると、その底には人工都市らしきもの(それもかなり巨大)が見える。


四国の長沢ダム
画像クリックで拡大


諏訪湖
画像クリックで拡大
ちなみに普通の湖だとこう言う感じだ。
違いがわかりますでしょうか?


琵琶湖
画像クリックで拡大




摩周湖
画像クリックで拡大

…込んでる時間帯は画像クリックで拡大のワザが使えないようなので、アップの一部をアップ。


諏訪湖と四国長沢ダムの底には、人工の建造物、ぶっちゃけ都市の跡のようなものが見えているのだ。

果たしてこれは何なのか???


おまけ

昨日もう一回グーグルアースを開いたら、画像の季節が変わっていて、水面には何も見えなくなっていた。。。。真っ白だった大地が鮮やかな緑に…。


諏訪湖
画像クリックで拡大

そうそう、グーグルアースは画像をたまに更新する事があるのです。
でも長沢ダムの方はまだ見れます。

このギザギザには画像の階調処理のシャギーが出てるだけだと言う意見があります。
しかし、このような形に階調を表現する正確な段差がある事は認めざるを得ないのでは??
しかもシャギーなら周囲の山や町もシャギーになるのでは??


何故、諏訪湖は見れなくなったのだろう。
何の変哲も無い湖のような画像になってしまった。
光の入射角で水底の見え方が変わるのだろうか?


日本の隠された財宝がこう言う所に眠っていたら面白いですね。
ダイバーの皆さん、水中探検してみませんか??
と言うかすでに体験してる人は、いると思うのですが。
あまりにも広大なので、リアル人間サイズで潜っていてもわからないのだろうか。
水を抜いたらどんな世界が広がるのだろう。。。

ちなみにこれはAEKOさんによれば、アンドロメダ情報だと言う。
アンドロメダの事はじいさんよく知らないが、これをAEKOさんに教えた人はただ者ではないですね。   転載:きのこの光合成 http://ameblo.jp/olibanumoon-1/entry-10880457202.html

Ray:今諏訪湖は鬼頭がが発生していて魚も大量に死んでいる状態で関係市町村も対策に苦慮しています。水深7~10メートルで浅い湖ですがブログでいうようにダイバーが探検しても見えるような構造物は発見できないかもしれません。AEKO愛と喜びを風にのせてそろそろ日本もディスクロージャーhttp://ameblo.jp/easterngoldnet/archive1-201105.html によるとアンドロメダ情報だということで、異次元のパノマラが反映されていると考えられ、3~5次元の一体化〔多次元宇宙〕が顕現し始めているようです。もう多くの方が異次元体験をされていると思いますが、その時なればその意義が明らかにされる地の象徴の一つであり、この谷は神との契約を証すことになる、世界の人にとって血と水の贖いの希望の聖地です。

人間も神に創造され骨(創造主と直接繋がっている)で通じている(昔は王を神骨といい、血液を作る骨を尊重していた。)といわれていますので、湖底の幾何学模様は、地球の骨組み(地球生命のマイクロチップ)かもしれません。異次元を垣間見た思いです。

マナの壷は諏訪湖に象徴されている~出エジプト記 No. XV 天からのパン

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転載:Bible Land museum
                            バイブルランド博物館

出エジプト記  No. XV 天からのパン

16:1 ついで、イスラエル人の全会衆は、エリムから旅立ち、エジプトの地を出て、第二の月の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野にはいった。 16:2 そのとき、イスラエル人の全会衆は、この荒野でモーセとアロンにつぶやいた。 16:3 イスラエル人は彼らに言った。「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。」

 エジプトを出て、20~30日。そろそろ持参した食料が尽きてきたころです。イスラエルの人々は本当ならとっくに先祖の地カナン(パレスチナ)に着いているはずでした。それがアラビヤの砂漠の真ん中に取り残されたのです。いくら紅海が割れる奇跡を見たとはいえ、明日何を食べたらいいのか不安が押し寄せてきます。モーセにしてみれば、神様の命令に従って100万人以上の民族大移動を開始したのですが、彼らに何を食べさせたらいいのか、もしかすると、この砂漠の真ん中で彼らを餓死させるのか、気が気ではなかったでしょう。何という立場でしょうか。ただ、頼むのは神への信仰だけです!
「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。」とはよくも言ったものです。彼らは奴隷の立場で、決して肉なべやパンに満ち足りていたのではなかったはずです。しかし、不安は不安です。彼らの気持ちも分かります。モーセはどんな気持ちでその訴えを聞いたのでしょうか。要するにこれは重大な国家的な危機、食料備蓄の問題です。まったく有り得ない政治的冒険です。

16:4 主はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたがたのために、パンが天から降るようにする。民は外に出て、毎日、一日分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを、試みるためである。 16:5 六日目に、彼らが持って来た物をととのえる場合、日ごとに集める分の二倍とする。」
16:6 それでモーセとアロンは、すべてのイスラエル人に言った。「夕方には、あなたがたは、主がエジプトの地からあなたがたを連れ出されたことを知り、 16:7 朝には、主の栄光を見る。主に対するあなたがたのつぶやきを主が聞かれたのです。あなたがたが、この私たちにつぶやくとは、いったい私たちは何なのだろう。」 16:8 モーセはまた言った。「夕方には、主があなたがたに食べる肉を与え、朝には満ち足りるほどパンを与えてくださるのは、あなたがたが主に対してつぶやく、そのつぶやきを主が聞かれたからです。いったい私たちは何なのだろうか。あなたがたのつぶやきは、この私たちに対してではなく、主に対してなのです。」

 ここで、神様はとんでもない事を語られました。天からパンを降らせるというのです。また、肉も与えるというのです。そして「私たちにではなく、神様に直接言ってくれ」という、モーセの心情が分かりますね。

16:9 モーセはアロンに言った。「イスラエル人の全会衆に、『主の前に近づきなさい。主があなたがたのつぶやきを聞かれたから。』と言いなさい。」 16:10 アロンがイスラエル人の全会衆に告げたとき、彼らは荒野のほうに振り向いた。見よ。主の栄光が雲の中に現われた。 16:11 主はモーセに告げて仰せられた。 16:12 「わたしはイスラエル人のつぶやきを聞いた。彼らに告げて言え。『あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるであろう。あなたがたはわたしがあなたがたの神、主であることを知るようになる。』」
16:13 それから、夕方になるとうずらが飛んで来て、宿営をおおい、朝になると、宿営の回りに露が一面に降りた。 16:14 その一面の露が上がると、見よ、荒野の面には、地に降りた白い霜のような細かいもの、うろこのような細かいものがあった。 16:15 イスラエル人はこれを見て、「これは何だろう。」と互いに言った。彼らはそれが何か知らなかったからである。モーセは彼らに言った。「これは主があなたがたに食物として与えてくださったパンです。 16:16 主が命じられたことはこうです。『各自、自分の食べる分だけ、ひとり当たり一オメルずつ、あなたがたの人数に応じてそれを集めよ。各自、自分の天幕にいる者のために、それを取れ。』」 16:17 そこで、イスラエル人はそのとおりにした。ある者は多く、ある者は少なく集めた。 16:18 しかし、彼らがオメルでそれを計ってみると、多く集めた者も余ることはなく、少なく集めた者も足りないことはなかった。各自は自分の食べる分だけ集めたのである。 16:19 モーセは彼らに言った。「だれも、それを、朝まで残しておいてはいけません。」 16:20 彼らはモーセの言うことを聞かず、ある者は朝まで、それを残しておいた。すると、それに虫がわき、悪臭を放った。そこでモーセは彼らに向かって怒った。16:21 彼らは、朝ごとに、各自が食べる分だけ、それを集めた。日が熱くなると、それは溶けた。
16:22 六日目には、彼らは二倍のパン、すなわち、ひとり当たり二オメルずつ集めた。会衆の上に立つ者たちがみな、モーセのところに来て、告げたとき、 16:23 モーセは彼らに言った。「主の語られたことはこうです。『あすは全き休みの日、主の聖なる安息である。あなたがたは、焼きたいものは焼き、煮たいものは煮よ。残ったものは、すべて朝まで保存するため、取っておけ。』」 16:24 それで彼らはモーセの命じたとおりに、それを朝まで取っておいたが、それは臭くもならず、うじもわかなかった。 16:25 それでモーセは言った。「きょうは、それを食べなさい。きょうは主の安息であるから。きょうはそれを野で見つけることはできません。 16:26 六日の間はそれを集めることができます。しかし安息の七日目には、それは、ありません。」 16:27 それなのに、民の中のある者は七日目に集めに出た。しかし、何も見つからなかった。 16:28 そのとき、主はモーセに仰せられた。「あなたがたは、いつまでわたしの命令とおしえを守ろうとしないのか。 16:29 主があなたがたに安息を与えられたことに、心せよ。それゆえ、六日目には、二日分のパンをあなたがたに与えている。七日目には、あなたがたはそれぞれ自分の場所にとどまれ。その所からだれも出てはならない。」 16:30 それで、民は七日目に休んだ。 16:31 イスラエルの家は、それをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。

 パンは天から降ってきた露のようなものが固まったものでした。イスラエル人は互いに「これは(フー)、何だろう(マーン)」と言ったので、それはマナと呼ばれるようになりました。マナとは「何だろう」という意味です。マナについては後に引用するように色々な説があります。しかし、100万人以上の人々が、その後、40年間も毎日食べたという記録から、自然なものではなく奇跡によるものと考えるのが当然でしょう。マナは安息日の前日(金曜日)以外は、その日の分だけしか集めてはいけないとされました。
 このマナはイエス様が御自分を表すのに「天からのパンである」と言われているように、イエス様を象徴するものです。

わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。ヨハネ6:51

 また、現在は聖書として私たちに与えられている神の御言葉を表します。私たちは神の御言葉を毎日集めなければなりません。翌日では腐ってしまうのです。また、太陽が出る前、早朝に集めなければなりません。

16:32 モーセは言った。「主の命じられたことはこうです。『それを一オメルたっぷり、あなたがたの子孫のために保存せよ。わたしがあなたがたをエジプトの地から連れ出したとき、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らが見ることができるために。』」 16:33 モーセはアロンに言った。「つぼを一つ持って来て、マナを一オメルたっぷりその中に入れ、それを主の前に置いて、あなたがたの子孫のために保存しなさい。」 16:34 主がモーセに命じられたとおりである。そこでアロンはそれを保存するために、あかしの箱の前に置いた。 16:35 イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまで、マナを食べた。 16:36 一オメルは一エパの十分の一である。

 マナは壷に入れられ、この後に作られる契約の箱の中に収められました。長く記憶されるためです。契約の箱の中には他にアロンの杖と十戒の彫られた石の板が入れられました。
 日本には奇妙なことに、食べ物に関してマナという言葉があります。まな板、また魚のことをまなと呼ぶ地方も有ります。さらに、非常に古い神道の一派、物部神道の籠(この)神社の別名は真(ま)名井(ない)神社と言い、その裏紋は六芒星すなわちダビデの星といわれるカゴメのマークなのですが、驚くことにこの神社の御神宝は「真名(まな)之壷」と言うそうです。また、前方後円墳は実はマナの壷を表しているという説もあります。不思議ですね。
 ちなみに森永のマンナという赤ちゃんのビスケットは、初代社長の森永さんが熱心なクリスチャンだったので、このマナから付けられたものだそうです。
 うずらについてはこの後に引用する文を読んでください。うずらは羽が短く太っているので高く飛べず、地上から一メートルぐらいのところを、群れを成して飛びます。年に二回同じコースを往復するそうです。骨ごと食べられます。おいしいですよ。


■マナ (〈ヘ〉man,〈ギ〉manna) イスラエルの民は,エジプトを脱出してシンの荒野をさまよっていた時,食物の不足のことでモーセとアロンにつぶやいた.その時,神は彼らに食物を与え,その必要にこたえられた.それがマナである(出16:31).ヘブル語では「マーン」であるが,ギリシヤ語の「マンナ」はアラム語の「マンナ」に由来したもの.その名は,イスラエルの民がそれを見て「これは何だろう(〈ヘ〉マーン・フー)」(出16:15)と言ったことによると言われている.それに対し,エジプト語でマーンは樹液を,アラビヤ語では樹枝につくマナ虫の分泌物の凝固したものをそれぞれ意味していることから,それらに由来しているという説もある.
聖書によると,マナは「地に降りた白い霜のような細かいもの,うろこのような細かいもの」(出16:14)であり,「コエンドロの種のようで,白く,その味は蜜を入れたせんべいのようであった」(出16:31.参照民11:7).彼らは「それを集め,ひき臼でひくか,臼でついて,これをなべで煮て,パン菓子を作っていた.その味は,おいしいクリームの味のようであった」(民11:8).
マナは荒野における自然の産物であるのか,それとも神によって超自然的に与えられたものであるのか,説が分れている.自然の産物と考える者は,シナイ半島に自生しているマナ虫の分泌液体であると言う.マナ虫は,窒素を摂取する必要があるために多くの樹液を吸い,その不必要なものを甘い分泌液体として大量に排出する.それが白色の粒子に凝固し,地上に落ちる.遊牧民は,それを「天からのパン」として食べるという.しかし,主なる神がモーセに「見よ.わたしはあなたがたのために,パンが天から降るようにする」(出16:4)と語っておられるように,超自然的に与えられたものであると解釈するのが自然である.それは,マナがイスラエルの大群衆の必要を満たすのに十分であり,必要に応じて保存することもでき,また40年間も供給され続けてきたことからも明らかである.そのことは,イスラエル民族には神に対する信頼を呼び起させる原体験であり(ネヘ9:20‐21,詩78:23‐29,105:40),代々にわたって語り継がれてきたことである.イエスは,この荒野におけるマナの経験にふれながら,「わたしがいのちのパンです.わたしに来る者は決して飢えることがなく,わたしを信じる者はどんなときにも,決して渇くことがありません」と語っておられる(ヨハ6:26‐35).マナはイスラエルの民には神から与えられたパンであり,いのちのパンの原型であった.

■うずら 〈ヘ〉セラーウ.にわとり類きじ科の鳥.小さい猟鳥で体長20センチ前後.食欲旺盛で太っており,しかも翼は9―10センチと短いので,低くしか飛ばない.
季節風を利用して集団移動する渡鳥で,春に北アフリカからシナイ半島,パレスチナ地方を通って南東ヨーロッパへ北上,秋には同じコースで南下する.神は,荒野を旅するイスラエルの民が肉を求めてつぶやくのを聞き,南風,東風を吹かせ(詩78:26),大量のうずらを宿営に落された(詩105:40).このうずらの大量供給の出来事は,最初,エジプトを出て約1か月後,シンの荒野で起った(出16:1‐13).次は,それから約1年後,そこからさほど遠くない荒野で起っている.この時は,主の怒りによって疫病が発生し,多くの民が死んだ.それでその場所はキブロテ・ハタアワ(欲望の墓)と呼ばれた(民11:4‐34).

形あるマナの壷は伝承の擬似

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時(今)が来てこの門(アセンション)に入ると、豊かな(衣食住)な世界になることを伝承してきました。20年前の初冬、北海道札幌市菊水という地で1キロ四方に渡って【地に降りた白い霜のような細かいもの,うろこのような細かいもの】が降り札幌TVで報道されたことがありました。

真実の伝承は日本語では【一子相伝】となっていますが、秘密であり聖人から聖人に【一指相伝】にされてきました。それだけに権力の象徴にされ、形あるものに変えられてきましたが、伝承の擬似にすぎません。容器に囚われず人類の尊厳を回復することは、自ら自身が探求し、そして平和は人類自身が創成してゆく責任を負うっています。

その神聖な生き方を助ける天の仕組みとして、創世記では【地に従う】ことが授けられています。日本列島の南北・東西のホッサマグナの交叉にある諏訪湖は古代から今日の日を印し、御柱祭などの神事によって、天と人々によって侍していました。過去に囚われず、全てを捨てて新しいスタート台に昇る意義と時について、このように秘密に伝承されてきました。

日本の2つの五稜郭~それは諏訪から函館へ白羽の矢が的を射る構図

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長野県佐久市と北海道函館、長野県の諏訪湖の御柱の2つの柱、白羽が的をいるようにその新しい時代の門戸は、21世紀の聖地北海道を指し示しています。人類1万3千年の巡礼は真理の探求です。 1、長野県佐久市の龍岡城 logo 龍岡城
長野県龍岡城五稜郭[1] 龍岡城五稜郭[1] 別名 龍岡五稜郭、桔梗城 城郭構造 稜堡式 天守構造 なし 築城主 松平乗謨(大給乗謨) 築城年 1864-1867年 主な改修者 なし 主な城主 大給松平氏 廃城年 1871年 遺構 櫓、石垣、土塁、堀 指定文化財 国の史跡 位置 北緯36度11分45.83秒
東経138度30分5.58秒

龍岡城(たつおかじょう)は、長野県佐久市田口にある日本の城跡。幕末期に築城され、龍岡藩(田野口藩)の藩庁が置かれていた。日本に二つある五芒星形の西洋式城郭のうちの一つであり[2]、もう一つの西洋式城郭である函館の五稜郭との対比から龍岡五稜郭、あるいは桔梗城とも呼ばれている。国指定の史跡

 

 2、函館の五稜郭

五稜郭(ごりょうかく)は、江戸時代末期に江戸幕府により蝦夷地箱館(現在の北海道函館市)郊外に建造された稜堡式城郭である。同時期に築城された長野県佐久市龍岡城も稜堡式城郭であり「五稜郭」と呼ばれるが[1]、単に「五稜郭」といえば函館の城郭とする場合も多い[注釈 1]

予算書時点から五稜郭の名称は用いられていた[3]が、築造中は、亀田役所土塁(かめだやくしょどるい)[4]または亀田御役所土塁(かめだおんやくしょどるい)[5]とも呼ばれた[注釈 2]。元は湿地ネコヤナギが多く生えていた土地であることから、柳野城(やなぎのじょう)の別名を持つ[6]

五稜郭は箱館開港時に函館山の麓に置かれた箱館奉行所の移転先として築造された。しかし、1866年(慶応2年)の完成からわずか2年後に幕府が崩壊、短期間箱館府が使用した後、箱館戦争旧幕府軍に占領され、その本拠となった。明治に入ると郭内の建物は1棟を除いて解体され、陸軍の練兵場として使用された。その後、1914年大正3年)から五稜郭公園として一般開放され、以来、函館市民の憩いの場とともに函館を代表する観光地となっている。

国の特別史跡に指定され、「五稜郭と箱館戦争の遺構」として北海道遺産に選定されている。なお五稜郭は文化庁所管の国有財産[7]であり、函館市が貸与を受け、函館市住宅都市施設公社(指定管理者)が管理している[8]

 

 

logo 五稜郭
北海道五稜郭タワーから望む五稜郭 五稜郭タワーから望む五稜郭 別名 亀田(御)役所土塁、柳野城 城郭構造 稜堡式 天守構造 なし 築城主 江戸幕府 築城年 1866年 主な改修者 なし 主な城主 なし 廃城年 1869年 遺構 土塁石垣、兵糧庫 指定文化財 特別史跡 再建造物 奉行所、板庫、土蔵 位置

北緯41度47分48.84秒
東経140度45分25.06秒

吾は道なり真理なり性命(いのち)なり

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ヨハネ 福音書14章6節 「吾は道なり真理なり性命(いのち)なり…」で十字架が道であり真理であると伝えています。古来「十字」は顔面で切っていました。真理はタテヨコの交わる一点であることを伝えてきました。



弟子スプーティ問「解脱に至る道は、どのような道でしょうか。」釈迦曰「解脱に至る道によって解脱を得るのではない。また道でないものによって解脱を得るのではない。スプーティよ、解脱がそのまま道であり、道がそのまま解脱である。一を得ることが、その一切である。解脱とは一味の境地である

眞の道は、口を以て伝え心に印し刻むもので、もし汝が実相を観、靈覺の境界へ到達したい念があれば、一切の諸法と文字を離れ、着想と執念を捨てて人心の真諦を直指しなければならない。しかる後に本性を観て成仏(解脱)できるであろう。

達磨大師が神光(慧可―禅宗の開祖)に「神光よ、眞伝は文字をあさって得られるものではない。自らの心霊に明師の面授と指点を受ける必要がある。紙上に画いた餅は食べられないのと同じように紙上に書かれた法は因果から逃れ輪廻転生の路から解脱する事は出来ない。

釈迦が摩訶迦葉に「吾に正法眼蔵あり、涅槃の妙心、実相無相にして微妙の法門、不立文字、教外別伝、これを摩訶迦葉に附嘱す」【粘華微笑・玄嚢鼻直】経典には書いていない「一指相伝の秘法」を伝えました。

「道」すなわち「真理」を得たものは修道することにより、七次元へ遷移する縁と機会が与えられています。3.11で2万の人が五次元遷移しました。つまり三次元でいう「死」を伴う遷移ですが、まだそれを理解できる意識レベルにいたっていないため、それぞれにおいて選択の方法があったり、時期が明確でないことが説明されています。

もう一点重要な機密は、「五次元は永遠ではない」と言うことです。五次元は、これから約1万年後までには消滅しますので、五次元に遷移してそこで本格的で高度な学びと修道をして「道」を得なければ七次元に遷移できません。五次元に入ったそのほかの者は、また選択して5百年以内に三次元に「道」を得るため戻ってこなくてはなりません。

古来、この世で多くの聖賢が難行苦行の末「道」を求めたのはそのためです。そして、命掛けで慧命を継承してきました。宇宙の存在、あるいは地底の存在(法華経の十五品で説かれているように五次元アガルタの聖なる者)が地上にあらわれ、人類と一緒に修道するのも、七次元に遷移することのできる「道」を得るためです。宇宙の多くの存在が人間として肉体を得てこの世に生を受け、今この大事な時期に自分の役目を果たし目的を達成しようとしています。

地球の人口が74億人にも膨らんでいるのは、宇宙の存在が大挙して降りてきているためです。人間として肉体を得なければ「道」を得られないという物理的な神聖な機密(天機)があります。さらに重要なのは、古来聖仏・菩薩は、この世の「すべての人々を救う」という誓いをたて降世してきています。2012年12月21日の変化に関係なく、この世において死ぬまで人々を救う使命があると思う者は、この世に残る選択をします。その者はそのように自ら望んで生を受けています。

大天使メタトロン : 2017年6月19日 [大天使メタトロン]

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本メッセージは新しい時代に向けて、神との契約成就の意義を示唆していただいています。

人が小宇宙といわれ、もちろん世界地勢の縮図といわれてきた神聖な日本という国も一つの象形をとどめています。

人体の子宮をになう部位があります。

あなたの生れるその時を、母なる地球も待ち続け。

古代の魂が蘇り、神との契約を成就する時がきました。

この地は、今まで世界の中で経験したあらゆる誕生と子宮内の死のすべての記憶を維持しています。

道を得て学び、そして神となって永遠に解放されます・・・。

 

きらきら星へようこそ...☆

 

大天使メタトロン
Archangel Metatron

2017年6月19日
June 19th, 2017

 

June 19, 2017

ビクトリア・コクラン経由
Via Victoria Cochra

 

できれば、イエスが磔刑の前に口にして飲んだものに極めてよく似たひとつの聖杯を、思い描いてください。

それは、世界の水とそれ以上の水を一滴もこぼすことなく維持できるほど充分に大きいものです。

もしも水が情緒を意味し、その聖杯が母の子宮を象徴するとすれば、その結果、情緒がかなり高い確率で母の子宮は無条件の愛と同じものだと考えられることは、論理的なことです。

それぞれの母の子宮は、解剖学的に同じものであり、身体的または医療的な問題がなければ、その幼児を誕生の時期まで育むように意図されています。

誕生と既に創造されている生命との結び付きによって呼び覚まされる情緒は、身体からも誕生それ自体の行為からも分離することはできません;子供が成長して故郷を離れた後も、長い間記憶として留まることになるでしょう。

事実として、人間の身体は、その細胞の内部にその個人の健康と幸せに対して励みにも有害にもなることがある情緒を維持し、もしもそれが認められず癒されることもなければ、ひとつの生涯の間留まることがあります。

 

宇宙の中のすべての物事は創造主とひとつであり、従って、本質的に愛によって結び付けられていることは、今まで皆さんに何度も伝えられてきました。

その結果、惑星上のあらゆる女性のあらゆる子宮は、お互いにそして宇宙の子宮と結び付けられていることは事実であり、今まで世界の中で経験したあらゆる誕生と子宮内の死のすべての記憶を維持します。

それは、あらゆる母を母の幼児の誕生と生命それ自体の歓びに結び付ける、エーテル質の聖杯です。

この結び付きの中に、無条件の愛と大いなる歓びがありますが、しかしまた、大いなる痛みもあります:あらゆる成功を収める誕生のために、数多くの妊娠期間が、上手く行かない、つまり生きている幼児の両親達が感じる歓びと同じほど明白な悲しみのままに終わることがあります。

 

子宮を通した普遍的な結び付きは、人間がお互いや創造の源泉と持つ唯一の結び付きと言う訳ではありません。

すべての人間は、精神、身体、そして魂を通して創り出され、そして地球、神そしてお互いに関連しながら、皆さん自身に関する皆さんの認識を永遠に更新しています。

一部の皆さんにとって、刷新が簡単な理由は、皆さんが生まれる前に皆さんの母が皆さんに対して感じ、皆さんの誕生の後で皆さんに自由に与えたその愛を、皆さんは思い出すことができるからです。

皆さんは、皆さんの母によって、そしてたとえ皆さんがそれを神と名付けないとしてもさらに高い根源によって、結び付けられ、保護され、そして愛されている、と感じます。

しかしその一方で、他の数多くの人々にとって、皆さんの母の愛は決してあるいは稀にしか感じられることはありません。

そして皆さんの愛として存在するものあるいはそのように感じるものに関する知識は、せいぜい漠然としたものです。

この場合、皆さん自身またはひとりの配偶者はもちろんのこと、皆さん自身の子供達に対して真の愛をいつも感じることは、何れにしても極端に難しいものになります。

何故なら、それは最初に子宮の中で感じられなかったからです。

 

普遍的な結び付きという概念は、難しく複雑なひとつの概念ですが、しかしその影響力は、それが愛に溢れる意図あるいは悪意のある意図の何れかによって拡大される場合には、遥かに巨大なものになります。

別の人間に向けられた思考と感覚の振動は、もしもそれが故意でなければ穏やかなものになることがありますが、しかし集中した意図は形を創り出し、そしてその形の創造は、今後同じ反応を引き寄せる行動をもたらします。

その結果、愛に溢れる意図を通して創り出され、次に同じように愛に溢れる意図で育まれたその人生の影響力は、その後すべての個人へのひとつの主要な影響力を持ち、そして世界に対して肯定的に波及することになるでしょう。

母の子宮の中で維持された無条件の愛の振動はまた、宇宙の子宮の中で維持されることになり、家族を強く抱き締めて、自分達の新生児を愛し育むことがどう感じるかを後に続く世代が認識することを許すことになるでしょう。

同じように、家族へと誕生する存在達、あるいは暴力を通して、つまり愛に溢れる意図の欠如で新生児達を身籠った母へと誕生する存在達は、自分達自身の子宮の内部でそういった振動を維持するだけになるでしょう。

ひとりの子供に対して愛を感じる方法に関する普遍的な知識の利用が、今後その人々が簡単に利用できるものにはならない理由は、その人々が決してその感覚を感じたことがないか、その人々にその感覚が明らかになったことがなかったからです。

このようにして、そういった人々こそが、その子宮の中あるいは創造主自体からその感覚を学んだ誰かに愛されていると感じる方法を教えられることが、必要になります。

 

子宮の中で、愛されていない、見捨てられた、そして拒絶されたと感じるその悲しみを癒す際には、もしも同時に情緒もまた癒されて普遍的な子宮から解き放たれるとすれば、どのような癒しも遥かに効果的になるでしょう。

同じように、神や宗教あるいは社会と関連する自尊心に関する信念に対処するどのような癒しも、また人地球の周りの無数の社会のすべての考え、意見、そして判断を保有する間の集団意識から解き放たれることが必要になります。

一部の事例において、ひとりの個人は、他の数々の世界に付随する信念を維持し、従って自分達の普遍的な集団意識の癒しを必要とするようになるでしょう。

 

人が自分達の家族や社会の中で価値があると感じるためには、すべての人間が、愛されている、結び付けられているという感覚、帰属意識の感覚を持つことが必要になります。

こうした感覚が見失われる時、人は道に迷い、地に足が付かず、不安になることがあり、そして、不適切なやり方で愛と結び付きを探し始める可能性があります。

人間の言動は、いつも要求によって駆り立てられます。

そしてもしも基本的な要求が満たされないとすれば、生き残りの本能がひとりの個人をこうした要求を自分達にできる何らかのやり方で充足させるように後押しする可能性があります。

親愛なる皆さん、幼児期は、その上に成人期が築き上げられる基盤です。

もしもひとりの子供が子宮の中で愛されずに、愛されない、見捨てられていると感じながら成長するとすれば、その人々が愛に溢れて養育的な両親になるという希望は持てなくなるはずです。

しかしその一方で、愛はすべての中で最も偉大な治癒者であり、そのため、もしも人が時間、忍耐そして沢山の愛を与えられるとすれば、誰もが自分達の人生を好転させて、ひとりの養育者になることができます。

結局のところ、愛がそこにあるすべてです。

 

わたしは主メタトロン。

I Am Lord Metatron.


» Source – Channel: Victoria Cochrane

http://sananda.website/archangel-metatron-via-victoria-cochrane-june-19th-2017/

 

翻訳★森のくまさま...ありがとうございます。

転載される場合には、出典を明記してください。


バシャール:地球文明の誕生

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2017-07-17 02:23:43 NEW !
テーマ:

『ワクワク』の波動とは、”それ以外考えられない!”と感じるほどのパワーを持つ波動であるとバシャールは説明しています。それだけ絶対に見逃す事ができない強烈さを醸し出してくれます。なぜならば、ワクワク=貴方そのものを表しているからなのです。ですから貴方そのものを表す波動ですから、自分を見逃す事は絶対にできません。もちろん貴方が”無視”を決めない限りは。

ですから”貴方そのもの”の波動を辿って毎旬毎旬ワクワクを追いかけてゆけば、貴方の世界はワクワクだけの世界が広がるようになります。その至福の世界で貴方は好きなように自分の世界を描いてゆく事ができるのです。自分の筆で自分の色を使って、自分のキャンバスに好きなストロークで好きなように表現してゆきます。見せる相手がいようといまいと一向に構う事はありません。波動の歯車を動かすためにも、体現して表現してゆく事が肝心なのです。

貴方のようにワクワクを表現する人たちが増えてくると、『素の自分』の波動で作られたパズルのピースが出来上がります。そのピースが一つ一つ繋がって統合する事で、『大きな絵』が完成してゆきます。そしてパズルのピースが『大きな絵』として統合するようになる時、その時はじめて『地球文明』が誕生する事を意味しているのです。

 

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