2016/12/18(日) 11:26 配信
奨学金を借りても足りず、アルバイトに追われ単位が取れない。バイトを減らせば学費が払えない――。そんな状況に追い込まれた末に大学を中退し、安定した就職先に就けず、奨学金の返済ができなくなる「中退難民」が相次いでいる。中退すると、学業の機会が閉ざされるだけでなく、就職もより厳しくなり、多額の奨学金の返済だけは残る。「中退難民」の危機にある若者たちを追った。
(取材・文=NHK「クローズアップ現代+」取材班/編集=Yahoo!ニュース編集部)
都内の国立大学に通う大学4年生の雄也さん(仮名・24歳)は、3年生の時に「ホームレス学生」になった。
「1年間、大学の構内や公園、友達の家を転々としていました」
雄也さんは淡々と振り返る。
6年前、大学入学と同時に熊本から上京。アパートで一人暮らしを始めた。3人兄弟の長男で父子家庭に育ち、父親の年収はおよそ300万円。父親からの仕送りはなく、大学の授業料や生活費のすべてを自ら賄うしかなかった。
国立大学の授業料は年間およそ50万円、年度末の支払いのためには毎月4万円を貯金しなくてはならない。さらに、アパート代や生活費、教科書代などを含めると、1カ月当たり、18万円ほど必要だ。奨学金8万円とアルバイト代10万円で賄おうと考えた。
だが、大学に通うためにはほかにも様々な費用がかかった。ゼミ合宿の費用やレポートを提出するためのパソコンやプリンター、インターネットの通信料など、出費はかさむばかり。アルバイトに明け暮れるあまり、留年してしまったため、奨学金が止められてしまった。
奨学金の分を補填するために、さらにアルバイトの量を増やしたがそれでも足りず、ついにアパートの更新料が払えなくなってしまった。1年間の宿なし生活。いまは家賃2万円の物件を見つけ一人暮らしをしているが、厳しい状況が続いた結果、4年生になっても卒業に必要な単位の3分の1を残したままだ。
過酷なアルバイト勤務が学業に影響アジアを舞台にした仕事をしたいと夢見てきた。大学を何とか卒業するために、鉄道会社で泊まり勤務のアルバイトを始めた。夕方、大学の授業が終わると、アパートで自炊して100円以内で夕飯を済ませる。そして午後6時半から翌朝9時まで勤務するという生活を続けた。収入は14万円ほどになったが、過酷な勤務は学業に影響する。
雄也さんが通っている国際関係の学部は語学の授業も多く、予習・復習が欠かせない。アルバイト先にテキストを持ち込み、休憩中に勉強をしていたが、睡眠不足で授業に出ても身が入らない。現時点ですでに留年は2回。卒業が危ぶまれる状況だ。
ある日、ゼミの教官から「大丈夫か」と声をかけられ、事情を打ち明けたことがあった。返ってきた言葉に雄也さんは愕然とした。
「学生の本分は勉強なんだから、勉強しなさいと言われたんです。そんなことは、言われなくてもわかっている。でも、アルバイトをしないと飯も食えないし、授業料が払えない。抜け出せない負のスパイラルにはまっているからこそ相談したのに・・・」
泊まり勤務を続け、授業の合間に仮眠をとりながら、1年間で全単位の3分の1をとらなければならない。中退をすれば、残されるのは480万円の奨学金の返済だけだ。
「中退をしてしまうと、奨学金を借りて、ここまで苦労してきた大学生活がなんだったのか、今までの人生の意味も分からなくなってしまいます。しかも、中退後にこれだけの奨学金を返せる仕事に就けるという保証はない。もういっそ、死んでしまおうかと思ったこともあります」
経済的に苦しく中退するケース大学の授業料が高騰する一方で、親世代の平均年収が減少し、仕送り額も減っている。親の仕送り額から家賃を引いた『大学生の1日あたりの生活費』(東京私大教連調査)は、10年ほど前までは2000円を超えていたのが、2015年は850円になった。
奨学金だけでは授業料や生活費が賄えず、アルバイトを増やした結果、卒業できずに中退してしまうケースが続出している。
東京大学大学院の小林雅之教授らが今夏発表した「大学中退者調査」によると、経済的に苦しく中退した人は31%に上った。全国の大学生を対象にインターネットで行った神奈川大学の調査によると「授業料や生活費を稼ぐためのアルバイトによって学業に支障をきたした」と答えた学生は、およそ6割。「金銭的な事情で中退も考えたことがある」と答えた学生は、5人に1人に上っている。
中退後も低収入2年前、大学4年生の途中で退学することになった智彦さん(仮名・24歳)の年収はかろうじて200万円を超える程度だ。
父親がリストラされ家計をアルバイトで支えていた智彦さんは、奨学金500万円ほど借りていたが、収入が全く足りず、入学直後からアルバイトをいくつも掛け持ちしていた。試験期間もアルバイトをしていたため単位はとれず、就職活動も満足にできずに4年生の前期を終えようとしていた。智彦さんは、9月以降の下半期の授業料を無理して払うより、中退してすぐに働くという決断をした。
中退後、アルバイトを続けながら、あきらめずに就職活動を行った。社員10名程度の小さな会社でようやく正社員の仕事が見つかったが、月の手取りは18万円でボーナスはない。父親の収入も不安定で、弟を含めた4人の家族を支えるためにおよそ10万円を家計に入れているため、手元にはほとんど残らない。
「なんで自分だけがこういう目にあうのかと、親を恨んだこともあります。でも、もう人のせいにするのはやめようと思いました。結局自分で自分の尻をふくしかないんです。誰も助けてくれない」
いつ返せるようになるのか目途は立たないOECD諸国の中で、教育への公的支出が、最下位から2番目に低い日本。経済的に追い詰められた若者たちを支援してきた、NPO法人代表で聖学院大学客員准教授の藤田孝典さんは、「子どもたちの学びを支援することは、彼らを“良き納税者”に育てることに繋がる。教育への支出をためらうことは、社会に大きな損失になると認識するべき」と指摘する。
現在、政府は、給付型奨学金について検討を始めている。自民・公明両党は、住民税が非課税の世帯の学生を対象に、月額3万円、2万人程度の規模にするという案をまとめた。しかし、財源に制約がある中で、今後、どのように対象や給付額を広げていくのか、判断は難しい。
社会の未来を担う若者たちが、奨学金によって将来の選択が狭まってしまうような事態をどう防ぐのか。さらに、奨学金を返還しながら自立した生活を送るために、どう就労支援をしていくのか。課題は山積している。
智彦さんには奨学金の返還を求める通知が届く。その額は月々3万円。現状では払うことはできず、当面、支払い猶予の申請を行う予定だが、いつ返せるようになるのか、目途は立っていない。
「奨学金の返済も大きな人生の勉強代だと思うようにしました」
智彦さんは諦めたようにそうつぶやいた。
[写真]
撮影:八尋伸
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝