1月1日より、フィンランドが2000人の失業者を対象に「ベーシックインカム」を試験的に導入したのをご存知でしょうか? メルマガ『週刊 Life is beautiful』で、著者でWindows95の設計にも携わった世界的エンジニアの中島聡さんは、「機械化により豊かになった人間社会」の貧困問題を解決できるのは、生活保護など従来型の社会保障でも、トランプのようなエキセントリックな政治家でもなく、ベーシックインカムではないかと提言しています。
「機械化によって豊かになった人間社会」のあるべき姿少し前にもベーシックインカムに関して書きましたが、ようやく今年に入って、ベーシックインカムに関する記事を書く人が増えてきたことは大歓迎です。
「全員に金を配る」。壮大な社会実験が始まった ベーシックインカムが創る新しい世界のカタチ従来型の社会保障は、失業・貧困・高齢などの特定の条件を満たした人たちをサポートする仕組みですが、制度が複雑になるし、その「特定の条件」を満たしているかどうかの審査に莫大なコストがかかります。
生活補助や失業保険を受け取っている人が、仕事を探さずに1日中パチンコをしており、それを把握するために市役所の人がパチンコ屋を見張る、などが典型的な例です。生活補助を受けている人が、アルバイトをすると、その分だけ支給金が減るという、「負のインセンティブ」も従来型の社会保障の欠点です。
ベーシックインカムは、その手の「条件」を一切排除し、貧困層から富裕層まで、老若男女すべての人に一律にお金を普及する仕組みです。それにより、誰もが最低限の生活は保障され、「負のインセンティブ」も無くなります。
ベーシックインカムというアイデアは昔からありますが、財源(財源は累進課税や消費税で賄うため、富裕層にとっては増税になります)や生産性(人々が働かなかくなるため、全体としての生産性が落ちる)の問題から、これまでは現実的ではないとされて来ました。
しかし、ここ20年ほどの世の中を見ると、機械化や情報革命により全体としての生産性は上がっているものの、そのメリットを享受できるのは富裕層のみであり、結果として貧富の差は広がる一方だということが明確になってきました。そして、ここ数年の進歩が著しい人工知能技術の応用が進めば、さらにこの傾向が強まることは目に見えています。
私は、この問題を、これまで通りの失業保険や最低賃金の引き上げで解決することは無理だと見ています。このままでは、人口の大半が、失業しているか最低賃金で働いており、現状に不満を持っている、という時代が来ることが目に見えています。
ドナルド・トランプの大統領選挙での勝利は、そんな時代の始まりを示す警告だと私は受け取っています。機械化や情報革命のメリットを受けることができず、逆に職を失ったり、最低賃金の仕事に追いやられてしまった人たちの不満が爆発した結果の、トランプ大統領の誕生なのです。
トランプ大統領は、公約通り、保護主義に走り、公共投資や工場の米国内への誘致などで国内の雇用を増やす努力をすると思いますが、結局は対処療法でしかなく、国の財政を悪化させ、最低賃金で働く人たちを増やすだけです。貧富の差は、彼のアプローチでは縮まりません。
一方で、トランプ大統領と対立する民主党が各州で行っている最低賃金の引き上げも、同じく対処療法でしかなく、企業は海外へのさらなるアウトソーシングや機械化で対応してくるだけのことです。
ベーシックインカムは、人々に全く新しい「生き方」のオプションを与えます。これまでであれば、とても難しかった、ボランティア活動や芸術や研究に一生を捧げる人々が増えると想います。生活のためではなく、充実感のためだけに職に就く人も数多くいると思います。歌手になる、スポーツ選手になる、などの夢をいつまでも追い続けることが可能になります。
共産主義が崩壊し、資本主義が貧富の差を増大している今、「機械化により、豊かになった人間社会」の形がどうあるべきか、という根本の問いかけに対する、現実的な答えの一つが、ベーシックインカムなのだと私は思います。
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