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マスコミがカジノ解禁法案で犯した情報操作の罪深さ

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転載:ダイヤモンド・オンラインhttp://diamond.jp/articles/-/111388?page=6

窪田順生 [ノンフィクションライター] 【第6回】 2016年12月15日

最後まで大モメした「カジノ法案」。しかし、この法案の真意が国民に正確に伝わっているとは思えない。マスコミが過激な言葉を使って世論を誘導したことによって、日本人は「既にあるギャンブル問題」を直視しないまま、歪んだ世論形成が行われてしまった。(ノンフィクションライター 窪田順生)

「カジノ法案」が通っても
当面カジノは作れない

 「カジノ法案」だなんて、世の中にギャンブル依存症の人たちが溢れかえって治安も悪化してしまう、と怒りに震えている方も多いかもしれないが、そこは安心していただきたい。

法案成立の過程で、マスコミの表現は「IR推進法案」から「カジノ解禁法案」へと大きく変化したが、実際にはこの法案が成立したからといってカジノをすぐに作れるわけではない。そして、世論はこうしたマスコミの”情報操作”によって、いとも簡単に形づくられていく Photo:AP/AFLO

 この法案が通ったところで当分、この国で「カジノ」をつくることなどできないからだ。

 今回の法案を提出した国際観光議員連盟で事務局長をつとめる岩屋毅衆議院議員は著書『「カジノ法」の真意 「IR」が観光立国と地方創生を推進する』(KADOKAWA)のなかで、以下のように述べている。

《「IR推進法」が成立すれば、次はその具体的な内容を定めた「IR実施法案」が国会で審議され、IRをつくっていくための詳細な手順とルールを定めていきます。こうした2段階の手続きを取りながら、慎重に進めていこうとしているのがこの法案なのです。そのため、実際にカジノを含むIRが建設されるのはまだまだ先の話になります。おそらく、2020年の東京オリンピック・パラリンピックには間に合わないでしょう》(P5)

 「え、そうなの?」と拍子抜けする方も多いことだろう。「ギャンブル依存症対策などまったく議論されてないのになぜそんなに成立を急ぐんだ!」と野党議員がマスコミに怒りのコメントを提供しているが、今回成立した法案は、実はそのあたりの具体的な議論を「推進」していくための、いわゆる「プログラム法案」というやつだ。

 ちなみに、このような「推進」は民主党政権でもおこなわれていた。ネット上で「またブーメンラン芸をやらかした」と多くの方に指摘されているように、蓮舫代表が当時は行政改革担当大臣をつとめており、「早期実現の成長戦略」として「カジノ」の文言がある。

 この当時も現在も、論じられているのは「カジノ」ではなく、ホテル、国際会議場、展示場、そしてシアターやショッピングモールなどのエンターテインメントを揃え、カジノフロアは全施設面積の3%程度という、シンガポールのマリーナベイサンズのような観光の目玉となる施設を推進していきましょうという話なのだ。

法案名称に存在しない
“解禁”という言葉が一人歩き

 要するに、今回の法案が通ったからといって、なにかが唐突に「解禁」をされるというものではない。まだまだ議論に費やすことができる時間は山ほどあるし、どうしても気に食わないという人は、太鼓をもって国会に集まったり落選運動をおこなったりすることもできる、というわけだ。

 では、なぜ世の多くの人たちは、この法案で「カジノが解禁される」という大きな勘違いをしているのかというと、マスコミの報道があまりにも冷静さを欠いているからだ。

 たとえば、成立を目前に控えると、多くのメディアはこんな論調で報じている。

カジノ解禁法案 きょう成立か(TBSニュース 12月14日)
カジノ解禁法案、参院内閣委で修正案可決 14日成立へ」(朝日新聞12月13日)

 先ほども述べたように、「カジノ解禁法案」なるものは存在しない。「IR推進法案」の正式名称は「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」だ。どこをどう読んでも「解禁」なんて言葉は見当たらないにもかかわらず、「ボジョレーヌーボー解禁」のようなノリでこの法案を扱ってきたのだ。

 なに言ってんだ、ジャーナリストのみなさんは政治家がつくったまやかしの法案名ではなく、ズバリ本質をつく表現で、我々の「知る権利」に応えてくれているんだろ、というお叱りのお言葉が飛んできそうだが、個人的にはそういう見方にはなれない。

 IR推進法案が現実味を帯びるにつれて、マスコミの表現がどんどん「変節」をしてきたからだ。実は、まだこの法案が本当に成立するかどうか見えなかったタイミングでは、マスコミの報道なかでも以下のように、「IR推進法」という言葉がちょいちょい見えた。

IR推進法案・衆議院内閣委員会で審議入り(TBS・NEWS23 11月30日)

こうして世論調査が
ゆがめられた

 しかし、衆院を通過した途端、まるで人が変わったかのように口ぶりが変わっていく。「IR」という言葉をフェードアウトさせつつ、引用符(クオーテーションマーク)を用いて微妙にリスクヘッジをしながら、“カジノ法案”という表現を前面に押し出していくのだ。

採決強行の“カジノ法案”治安&問題点は?(テレビ朝日・グッド!モーニング 12月5日)
カジノ解禁“IR法案”・衆議院通過(テレビ朝日・スーパーJチャンネル 12月6日)

 そして、蓮舫代表が安倍首相との党首討論で、カジノについて「どこが成長戦略なのだ。国家の品格を欠くと思う」と詰め寄ると、マスコミもまるで歩調を合わせるかのように引用符を取っ払って、「カジノ解禁法案」という「造語」がさも正式名称であるかのような顔をして使い始めたのだ。

 そんな細かいところにいちいちつっかかるんじゃないよ、「IR推進法案」でも「カジノ解禁法案」でも中身は同じなんだからいいだろ、なんてツッコミがたくさん寄せられそうだ。

 確かに、これが個人の話ならば目くじらをたてるような話ではない。しかし、マスコミがやってはダメだ。整理部の人間がパッと閃いた「造語」であろうが、なにかしらの政治的意図を持ってつくられた「フレーズ」だろうが、言葉が持つ印象によって、「世論」に大きな影響を与えてしまうからだ。

 というよりも、既に影響を与えている。

 たとえばマスコミによる世論調査。今回のIR推進法が審議されている最中、全国1000人以上の自宅や携帯にいきなり電話がかかってきて、こんな質問を投げかけられた。

《現在、「カジノ」を解禁する法案が国会に提出されています。あなたは、カジノを解禁することに、賛成ですか、反対ですか》

 先ほど述べたように、事実としては、カジノを解禁する法案ではなく、カジノフロアが全体の3%未満の、国際会議場やシアターなどが主たる統合リゾートの整備を進める法案だ。

 そういう客観的事実に基づいた説明を一切することなく、「禁を解く」という心のハードルが上がりそうな表現を2回もリピートすれば、どちらへ気持ちが流れるのかは容易に想像できよう。「うちの町にもパチンコ屋が何軒もあるのに、いまさらカジノなんて」と「反対」ボタンを押した人も少なくないはずだ。

設定した質問次第で
世論は簡単に操作できる

 この世論調査結果は、「読売新聞」が『カジノ解禁に「反対」57%…読売新聞世論調査』と報道をした。国会の審議はもちろんのこと、他マスコミの報道や世論調査にも大きな影響を及ぼした、ということは言うまでもないだろう。

 たしかに「カジノ解禁」という表現は不適切だったかもしれないが、「カジノ」の存在に対して否定的な国民が圧倒的に多いというのは事実なのだから、なにが悪いのだと開き直る人もいるかもしれないが、「設問」によって、そのような「世論」はいかようにも変えることができる。

 たとえば、今年9月から10月に、和歌山市が無作為に選んだ成人男女1000人に調査票を送って、IRに対して世論調査をおこなったところ、「賛成」が30.1%、「どちらかといえば賛成」が22.6%だった。「反対」(12.6%)「どちらかといえば反対」(10.5%)を2倍以上、上回ったのだ。

 いやいや、それはIR推進に力を入れている二階俊博・自民党幹事長のお膝元だもん、という声もあがりそうだが、そういう土着利権的な話ではなく、ごくシンプルに「設問」の影響だ。

 実は、和歌山市民の過半数が「賛成」したのは、「和歌山市に統合型リゾート(IR)を誘致することになれば、どのように思いますか」という設問である。その理由としては、観光客と雇用、そして税収の増加である。

 断っておくが、この調査をもってしてIRに賛成している人が多いだとか、反対している人は少ないなどと主張をしたいわけではない。

 世論調査というのは、イエス・ノーで簡単に切り取れないものを、敢えて浮き彫りにしようという試みだ。だからこそ、そこには必ず「設問」と「誘導」の罠がある、ということを申し上げたいのだ。

既に日本はギャンブル天国!
依存症者も大勢いる

 特にマスコミの場合、自分たちで問題提起をしておいて、その問題について世論調査をして「民意」を数値化するという、マッチポンプ的な「世論誘導」もやってやれないことはない。

 だからこそ本来、そこで用いる表現には神経質にならなくてはいけない。少なくとも、「カジノ解禁法案」などという、なにかしらの意図が含まれていそうな表現ではなく、客観的な言葉を用いるべきなのだ。そうしなければ、せっかくこれから「カジノ」にまつわる国民的議論ができるというのに、おかしな方向へミスリードしていってしまう。

 なんてことを言うと、「なにが議論だ、カジノなんて反社会的なものは論じることすら許されない」という方もおられるかもしれないが、そういう方たちにとっても、実は冷静に考えると、今回のIR推進法案の通過は「好機」となっている。

 ご存じのように、日本の刑法では「賭博」を一切認めていない。

 しかし、全国には「遊技場」という名目のパチンコ店が1万2000店舗ある。競馬、競艇、オートレースなどの「公営競技施設」が場外売り場も含めると全国247ヵ所。宝くじ売り場も1万5000ヵ所近くあって、サッカーくじなどもコンビニでも買える。ほかの国だったら規制の入りそうな、競馬、競艇やサッカーくじのテレビCMも、人気タレントを起用している。

 ここまで多種多様なギャンブルを老若男女がフリーパスで楽しめる国は、世界でもそうはない。事実、厚労省の研究班がギャンブル依存症の疑いのある人が、成人人口の4.8%にあたる536万人に上ると推計し、アメリカや韓国などと比較して異様に高い水準だと指摘している。

IR推進法案が
日本に正常な議論をもたらす

 つまり、日本というのは、「カジノ?そんなもんつくったら国が崩壊する!」と真っ青な顔をする人が溢れかえる一方で、実は全国津々浦々に「ギャンブル」施設が溢れかえり、ギャンブル依存症患者のすぐ脇を、未成年者や幼い子どもたちが行き交う、という二重人格みたいな国だということだ。

 IR推進法案によって我々日本人は、そういう自分たちのサイコパスな一面と否応なしに真正面から向き合わなくてはいけなくなる。

 今回、蓮舫代表はカジノに対して「こんなものが成長戦略とは。国家の品格を欠くと思う」とバッサリやったが、この言葉が世界で報じられたら、自国内にカジノを持つ140ヵ国を敵に回す。たとえば、シンガポールなどは観光産業が衰退して、国家が危機的状況になったことを受けて、マリーナベイサンズとリゾートワールドセントーサという2つのIRをつくった。

 また、日本円で数百円程度のアミューズメント型のカジノしか認めていなかったスイスも15年前にIRを導入したが、目的のひとつは、「老齢年金の財源確保」だ。「人の不幸」を高齢者福祉にあてるなど、蓮舫代表的には最も恥ずべき国ということになるのだろう。

 蓮舫代表をディスりたいわけではない。日本の「カジノ」にまつわる議論というものが、これまではどうしても非常に上っ面をなでるようなものでしかないということを象徴するケースとして用いたまでだ。

 今回の法案が通ると、1年以内に実施法をつくるため、カジノの実際の運営やギャンブル依存症対策についての議論を行わなくてはいけない。日本の「ギャンブル依存症」を本当に深刻に捉えているのなら、これは絶好のチャンスだ。なにしろ現段階では、日本にはギャンブル依存症対策の予算すらない。民間の方たちが手弁当で支援をしているだけなのだ。

 当然だ。先ほども申し上げたように、日本には法律的に「ギャンブル」は存在しないことになっている。存在しないものに、対策予算がつけられるほど、霞が関には財源もなければ、柔軟さもない。

 実は個人的にIRを取材しているひとつの大きな関心は、カジノがどこにできるとか云々よりも、IR推進法によって、このような「パンドラの箱」が開いてしまったことだ。

 そうなると、さまざまな立場の者、業界がマスコミを用いてさまざまな情報戦や印象操作を繰り広げていくのは間違いない。

 「パンドラの箱」は最後に残ったのが「希望」だったが、日本の「ギャンブル論争」の果てに残るのはいったい――。「カジノ解禁法案」のように冷静さを欠いたマスコミ報道に惑わされぬような、実のある議論を期待したい。

 


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