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2015.03.31
「量子」とは、物理量の最小単位である。光の正体と言われる「光子」等の素粒子が構成する量子の世界では、我々の常識から考えるとめちゃくちゃなことが起きる。例えば、状態が瞬間移動するような「量子テレポーテーション」や、物体をすり抜けるような「トンネル効果」という現象が有名だ。そしてさらに、最近の研究ではなんと、時間の壁さえも越えてしまうことが示唆されているのだ。
■未来が過去に影響を与えている?
先頃、物理学の専門誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に掲載された研究によると、量子の世界では時間の流れが一方通行ではなく、過去から未来、未来から過去へと流れるという。言い換えれば、未来の事柄が、過去に影響を与えているということになる。これを我々の世界に当てはめると、現在の自分の行動は、未来の自分の決断に影響を受けているということだ。
今回発表された論文によるとワシントン大学のケーター・マーチ教授らは、量子の状態を測定した後に結果を隠し、その結果を2つの方法で予想する実験を行った。すると、時間が過去から未来へと一方的に流れるという一般的な前提での予想は半分ほどの的中率であったのに対し、時間が過去と未来どちらへも流れるという前提での予想は的中率が9割を超えたのだ。
この事実をもう少し詳しく理解するために、量子の特性を確認しよう。量子はあまりにも小さいため、その状態を正確に把握できないものである。さらに、複数の状態が共存しており、あくまでも確率でしかその状態を表せない。しかも、測定した瞬間に複数の状態の共存が壊れ、ひとつに決まるという性質がある。
誤解を恐れずに身近な例で言えば、サイコロが、実際に振るまでどの目が出るかは確率的にしか言えないことに似ている。もし、サイコロを投げる速度や向き、空気抵抗、床の弾力等を寸分違わずに計測し、計算できれば、投げる前にどの目が出るかわかるかもしれないが、それは現実的に不可能である。つまり、サイコロには1から6の目を出るそれぞれの状態が共存しているようなものだ。
同様に、量子は測定するまで(サイコロを振るまで)その状態(出目)を確率的にしか表せないのである。そして、測定をした瞬間にその状態が決まるのだ。その確率は「ボルンの規則」という原理によって得られるが、それによる量子の状態の予測は今回の研究において、実際の測定結果に対し50%ほどの的中率であった
■「弱測定」で90%の確率で予測が的中
そこでマーチ教授らは、上記の予測に加え、「弱測定」という近年注目されている方法を使い、特殊な予測を行った。通常の測定では量子の特性である複数の状態の共存を壊してしまうが、弱測定という方法では、その状態を壊さずに測定できるという。
具体的手法としては、特定の状態の量子に対し、その状態を壊さない程度の弱い測定を繰り返し、さらにその後の状態を厳選し、データを得る。サイコロの例で言えば、振り出す動作を何度も繰り返し、同じような動きができたものを厳選し、サイコロが取りうる動きを調べるようなものだ。
さらに弱測定にはもうひとつ大きな特徴がある。それは、時間が過去にも未来にも進むことを前提としており、測定結果から遡って過去の状態の確率を計算する「遡測(retrodiction)」という特殊な予測をすることができるという点だ。そして驚くべきことに遡測は、実験において量子の測定結果を90%もの精度で的中させたのだ。
■量子の世界では時間が過去と未来の両方向に流れている
ケーター・マーチ教授 画像は「Washington University」より
今回の実験結果は、遡測が過去の状態について、より正確な予測を立てられることを示したとともに、量子が過去からだけでなく未来からも情報を取り入れることをほのめかしている。それは同時に、量子の世界では時間が過去と未来の両方向に流れているということを意味する。
マーチ教授は、「我々の世界において、なぜ時間が単方向にしか進まず、複雑性が常に増すのかわかっていません。しかし、このことについて、たくさんの科学者が研究を続けており、近いうちに解決すると思います」と、研究を続ける意欲を示している。
テレポーテーションや、すり抜けに加え、時空をも越えられる量子。中央競馬の武豊騎手の奥様はすごいのだなぁという、非常にバカバカしいシャレしか浮かばないのが非常に悲しいが、量子力学が人類の未来を大きく揺さぶるのは間違いないだろう。
(文=杉田彬)
参考:「Daily Mail」、「Washington University」ほか