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観音菩薩伝~第16話 妙荘王、遂に白雀寺を焼き払う、 第17話 姫、刑を受け、奇蹟次々と起こる

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2015年1月28日

 

第16話 妙荘王、遂に白雀寺を焼き払う

 姫が仏門に帰依(きえ)して修行されているという噂は、波紋が広がるように次から次へと瞬く間に全国に拡がり、それに連れて弥陀(みだ)信仰が徐々に高まってきました。それと同時に仏道修行に於ける妙荘王の理不尽な振る舞いに対する不満の声が募り、この声が何時しか妙荘王の耳に達しました。
 妙荘王は、自分の名声が著しく傷付けられたと感じ、非常に不愉快になりました。権力者は常に自分以上に権力のある者を憎み、自分の権威を脅かす者に対しては異常なまでの敵愾心(てきがいしん)を燃やし、たとえ相手が仙仏であろうとも嫉妬を感じ、自分の存在を神仏の位置に置き換えたい邪念に駆られ、如何なる手段を用いてまでも自分の欲望を遂げようとするものです。ここに悲劇が生じ、哀れな結果を招くに到るものであります。
 今の妙荘王がこれと全く同じ心境で、自分の血を分けた王女にさえ憎しみの感情を抱くようになりました。このようなときに次のような歌が流行して、これが何処からともなく妙荘王の耳に入りましたから、さあ大変な事になりました。
   妙荘王に王女あり  今は三(さん)清(せい)殿(でん)に住まわれる
   総ての寺の尼僧達  挙って姫に平伏す
   監視のための永蓮も 共に仏に帰依なさる
   常に天外の理を論じ 菩提の酒を酌み交わす
   これ徳高き故にして 名を満天に掲ぐらん
   惜しむらくは妙荘王 その理を知らず徒(いたずら)に
   苦刑を科して姫君を 厳しく辛く働かす
   されど仏法限り無く その苦しみを免れしめん

 この歌を聴いた妙荘王は、烈火の如く怒り、案卓を叩き、声を張り上げて叫びました。 「怪しからん。無礼な奴、直ちに長老尼僧を呼んで参れ」
 長老尼僧得真(とくしん)は、生きた心地もありません。駕籠(かご)に揺られながら、覚悟の腹を据えて臨みました。長老尼僧が宮殿に着くや否や、妙荘王は大声で得真に問い掛けました。
「汝に姫を預けたのは、姫を改心させるためであることを忘れたのか。あまつさえ姫の肩を持ち、余の厳命に逆らうとは如何なることか。また余を愚弄する歌まで流して、余を侮辱するとは何たることか」
 王の罵声を聞いても、不思議に得真長老は落ち着いた静かな口調で
「王様、私の話をお聞き下さい。私が王命を受けて姫をお預かりして以来、姫が改心なさるよう凡ゆる手を尽くし万言を費やして改心をお勧めいたしましたが、姫の堅固な決心を改めさせることは出来ませんでした。それどころか姫の精神、根気の良さは驚くばかりで、お一人で数十人の仕事を片付けられ、その上如何なる経典の理に関しても誰一人姫に勝る者はおりません。また姫の徳化力は大きく、姫の説法は聴く人の心を打ち、如何なる階層の人達にも理解でき、微細に亘りその奥妙玄義に至っては真に深く、とても私などの遠く及ぶところではございません」
 長老は畏れを知らない凛とした態度で妙荘王を見上げ、更に言葉を継いで
「王様、お願いでございます。どうぞ私の懇願をお聞き入れいただいて、姫の修行を許して上げて下さい。今巷に唱われている歌は、王様を侮る意味のものではなく、姫の徳を讃えたものと思われます。或いは弥陀が、わざわざ王様のお目覚めを促すために流行らせたものではないかとさえ思われます」
 人は気が転倒しているときは『大声耳に入らず、忠言耳に逆らう』で、長老尼僧の言葉はいっそう妙荘王の怒りを買い、火に油を注ぐ結果となりました。
「戯(たわ)けたことを申せ。自分の無能を隠し、大胆にも余に意見をする気か。王命に逆らい、痴心の妙善と結託し、血迷って魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)に走ったのか。それ程までに霊験があるのなら、余が加える制裁を宏大無辺の法力で免れてみよ。この尼僧を固く牢獄に繋いでおけ」
 理性を失った妙荘王は、自制することを知らず、目は吊り上がり、鼻息は荒々しく、見るも恐ろしい悪魔の形相となって、曾て慈愛の王と言われた面影は欠片(かけら)ほどもなく、一瞬にして羅刹(らせつ)夜叉(やしゃ)と変わってしまいました。何かに憑かれたように起ち上がった王は、直ちに護殿将軍真(しん)虎(こ)の登殿を命じました。
「汝を召したのは、他でもない。目下、姫妙善は、白雀寺に於いて尼僧達を集め、余の悪評を流布して民心を撹乱している。凡ゆる心機を費やして反省を促したが、姫が魔女に変身してしまった以上はその望みもなくなった。このまま姫の好きなようにさせておいては、やがて国を滅ぼす結果にもなりかねない。このような禍根を早く取り除かなければ、万年に悔いを残す結果となるであろう。直ちに白雀寺を取り囲み、妙善諸共総て焼き払ってしまえ。一人も逃すことなく、全員を焼き殺しにせよ。一人でも逃がすようなことがあれば、汝に重罰を与えるであろう」
 真虎の身にとっては正に青天の霹靂(へきれき)で、真虎は肝を潰さんばかりに驚きました。真虎は幼少の頃から姫のことをよく知っており、護衛役も勤めていたため、姫の聡明・叡智と美貌、天真爛漫のお姿を常に心の中で敬慕していました。それに徳高く何の罪もないことを知っていた真虎は、この命を受けるべきか、辞退すべきか進退窮まってしまいました。
 真虎は暫く眼を閉じ黙考していたが、やがて静かに眼を開け王命を領受しました。臣下として忠誠心を表すことが、今の真虎に与えられた唯一の生き方であります。善悪の判断も許されず、ひたすら王命を遵守することしか許されない真虎の心境に複雑な葛藤があったことは否めません。
 その夜更け、民人の寝静まった頃合いを見計らって真虎は、一群の兵を率い、密かに白雀寺に向かいました。鉛を流したような星もない闇夜の道を音もなく進み、やがて目的地に到着すると兵士達は黙々と寺院を取り囲みました。
 真虎は沈痛な面持ちで兵士に命じて、枯れ木や枯れ草を寺の周囲に積み重ねさせ、一斉に点火させました。たちまち燃え上がった火の手は、瞬く間に紅蓮(ぐれん)の炎となって天を焦がし、白雀寺を修羅場と化してしまいました。
 燃え熾(さか)る炎の中を逃げ惑う尼僧、焼き殺される比丘尼(びくに)、煙に巻かれて這い回る影像、正に阿鼻叫喚(あびきょうかん)、大焦熱の生き地獄であります。逃げ場もなくひたすら仏号を唱える者も、最後まで逃げ回って救いを求める者も、やがては黒焦げの焼死体となって此処(ここ)彼処(かしこ)に累々と積み重なりました。
 この時姫は、丹房(たんぼう)の中に籠もって静かに心神を凝らしていました。突然挙がった叫び声と異様な物音に不審を感じた永蓮が、丹房の扉を開いて驚きました。目の前の大雄(だいゆう)宝殿(ほうでん)は焼け落ち、その後方にある尼僧達の控え室は一面火の海となっていました。これを見て永蓮は、肝を潰して動けなくなり
「姫、火事でございます」
 やっとこれだけを叫んで、腰を抜かしてしまいました。
 炎は目前に迫って、最早逃げ出す術もありません。姫は、急いで永蓮に言い付けました。
「早く扉を閉めなさい。きちんと閂を掛け、こちらへ来て盤座するのです。慌ててはいけません。人間、生死の運命は定まっています。逆らうことは出来ません。さあ心気を平静にして、散乱させないように努めることです。心気を散乱すれば、霊は往生できませんよ」
 姫の落ち着いた態度を見て、永蓮も保母も静かに心霊を収めて坐りました。しかし姫の言葉によって一時的に落ち着くことが出来たものの、修行も浅く目の当たりに悲惨な光景を見ている永蓮は、逃げ惑う尼僧達の悲しい叫びと丹房を一呑みにしようと逼り来る炎の勢いに気を奪われ、終には恐怖に襲われその場に倒れてしまいました。
 無情の業火は、大雄宝殿を嘗め尽くして、姫達の居る丹房に迫ってきました。猛烈な火焔に包まれた丹房は一瞬にして焼け落ちたかに見えましたが、不思議なことに怒り狂っていた炎は、丹房の扉の前まで押し寄せて来た途端にその勢いを制止して、その場で大きく回転し引き返し始めました。
 周囲から燃え移ってきた勢い盛んな猛火が鉄の板で行く手を遮られたかのように、丹房に燃え移ることもなく元来た方へ引き返したのです。悲惨な情景の中に、一つの真実が残りました。程なく白雀寺は一面焼け野原となり、彼方此方に転がる焼死体の無惨さは見る人をして目を覆わせる有様でありました。
 見る見る辺りは黒山のような人集りとなり、人々は真っ先に姫の安否を気遣いました。
「姫様は御無事か、姫様はお助かりですか」
 という声が潮のように拡がり、崩れ落ちてまだ余塵の燻る焼け跡に血走った目を向けて姫のお姿を探し回りました。この様子を見て流石(さすが)の兵士達も、良心の呵責に耐えかね、期せずして救助に廻りました。
「姫は、御健在ですぞ」
 誰が見付けたのか、丹房の前で大声がしました。群衆は、声のする方に向かって雪崩のように走り出しました。そこには、無傷の儘の丹房が残っていました。人々は、みな自分の目を疑いました。無惨に焼け落ちた寺院の中で、たった一つ小さな丹房だけが何事も無かったように残っていたのです。
 一瞬、辺り一面は静寂に包まれました。その静寂の中に丹房の扉が静かに開かれ、保母の姿が現れました。
 あっ、保母様だ。よくぞ御無事でおられた」
 どっと湧き起こる歓声と共に、群衆は門の前に押し寄せました。
「お静かに。姫は、静座していらっしゃいます」
 姫は微動だにせず、無我の相で坐っておられました。人々の目には、姫の全身から毫光が射しているように見えました。
「永蓮様が倒れています。誰か、早く助け起こして下さい」
 保母の声に初めて永蓮が倒れていることに気が付いた群衆は、姫の後ろ姿を伏し拝みながら、永蓮を静かに起こし外へ連れ出しました。これを見た群衆は、誰かが口火を切ったわけでもなく、みな一斉に合掌して姫を伏し拝みました。姫のお姿は今や群衆にとっては太陽であり、仏にも等しい存在として映りました。
 姫は、座を解かれ、悲惨な現場を見て溢れる涙で焼け跡を見回しました。
「何と残酷な事を」
 と落ちる涙を袖で拭いながら姫は、此所に留まって焼死した五百余名の霊を救わなければならない、と固く心に決めました。また同時に、上天の庇護によって奇跡的に助かった我が生命を思うとき、なお一層衆生のために尽くさなければならない重責をひしひしと感じられました。

 


第17話 姫、刑を受け、奇蹟次々と起こる

 白雀寺焼き討ちの翌朝、宮中に参内した護殿将軍真虎は、妙荘王に一部始終を報告しました。しかし、姫の安否については触れずにおきました。真虎の報告を受けた妙荘王は、一瞬沈痛の面持ちをしたが直ぐに気を取り直して、これで全てが終わった、今後再びこのような事件は起こらないであろうと思い安堵しました。しかしながら妙荘王は、やはり人の親として、自分の娘を殺した事の自責の念に駆られ、そのまま部屋に引き籠もってしまいました。
 白雀寺焼失の報告は、即刻妙音・妙元両姫にも伝わりました。二方は、妹姫の不幸をただ嘆き悲しむだけでありました。父妙荘王の怒りを知らないことはなかったが、まさか妙善姫を殺害するとは思わず、母君の逝去に続く妹姫の不幸と、肉親を失った悲しさと切なさに二方の流す涙は止まるところを知りません。
 城内は悲痛な暗雲に包まれ、寂として声もなく静まり返っていました。民衆は常に正しき者、弱き者に味方するもので、白雀寺付近の人々は、姫の無事が妙荘王に知られれば、また大きな迫害を受けるであろうことを懼れて、誰もその事を口に出しません。真虎を始め兵士達も、民衆の気持ちと一体になって、共通した心の美しい結び合いが見られました。
 しかし姫の修行は、魔障多く、このままで済まされるものではありません。天の試考か仏魔の為せる業か、何時しか姫生存の噂が妙荘王の耳に達しました。妙荘王は、早速真虎の登殿を命じ、事の真相を問い質しました。
 妙音・妙元の二姫も駆け付け、真虎の真実の言葉を待ちました。真虎は、臆することなく一切を認め、言葉を強めて妙荘王に姫の修行を哀願し、仏法の宏大さを心の底から身を震わせて説き明かしました。妙荘王は、真虎の申立を聞くどころか、王命に逆らった裏切り行為に烈火の如く怒りました。
 二方の姉姫達は妹姫の無事を知って密かに喜び合い、今すぐにでも妹姫の側へ飛んで行きたい気持ちになりました。しかし二方は、ひたすら父王の気持ちの和らぐことを切に祈るばかりでした。
 真虎は登殿を命ぜられたとき既に覚悟を決めておりましたから、必死になって言葉を尽くし、妙荘王の勘気を和らげようとしましたが、王は一向に聞き入れる様子もありません。真虎は全てが無駄であると悟るや、悠然と刀を抜き、喉を刺して斃れました。一死を以て妙荘王の翻心を促したのですが、今の妙荘王には真虎の真心が通ずるはずがありません。妙荘王は更に金(きん)瓜(か)武士(ぶし)の登殿を命じ、即刻白雀寺に赴いて姫を捕らえ、斬首するよう指令しました。
 妙音・妙元の二姫は、変わり行く父王の荒れすさんだ気持ちを嘆いて、妙荘王に取り縋り妹姫の命乞いを続けましたが、どうしても許されませんでした。
 王命を受けた金瓜武士達は、馬を飛ばして白雀寺に到着するや、姫に妙荘王の布令を伝えました。姫は静かに五百余名の尼僧の霊に別れを告げ、保母・永蓮を残し単独で差し向けられた駕籠に乗り、金瓜武士の後に従われました。
 刑場に向かわれる姫の心は静かに澄み渡っておりましたが、見送る保母と永蓮は断腸の思いで一杯でした。何時しか集まった民衆は、ただ掌を合わせ跪いて、姫の悲しい運命を嘆き、啜り泣くのみでした。
 姫は我が身によって惹き起こした罪の深さを知り、大いに悲しみました。焼死した尼僧達やその他の霊を身を以て救うことが出来ないならば、我が肉体を滅して大勢の霊の償いをしよう、仏道を行ずる者にとって魔障は自分の霊光を磨くための試練であると考え、受刑を決意されました。
 刑場に着いた姫は、執刑吏一同を前にして、掌を合わせて語り掛けました。
「そなた達の御苦労は多とするところですが、ただ父王と私が共に修行して妙果を証すことの出来なかったことを悲しみます。そなた達に罪はありません。私が父王を諌められなかったことが悪いのです。紅(こう)塵(じん)に貪着して後来の帰命(きみょう)を誤り、人爵を得ても天爵を捨てたことは惜しい極みです。生と死は人間の大事です。私に死罪を決めることは、今の私にとっては何の苦とも思いません。その大事な生死の道を今直ちに解脱できるものであれば、私はそれに従います。よろしくご処刑下さい」
 執刑吏を始め金瓜武士一同は、姫の霊気に打たれて怯み、ただ膝を屈して身動きも出来ません。姫が刑の執行を再三に亘って促しましたので、漸く気を取り直した執刑吏は真っ青な顔をして起ち上がりました。姫は、広い刑場に端座されたまま、静かに瞑目しました。
 刑場を遠巻きにして集まった民衆は、口々に姫の処刑を悲しみ、妙荘王の非道残虐を責め、心の中で偉大な奇跡の起こることを祈りました。
 執刑吏は正午の処刑時刻を待って静かに姫の後ろに回り、刀を引き抜きました。キラリと輝く冷たい刃の光に、民衆は思わず目を瞑りました。
 高く大きく大上段に振りかぶり、刀は姫の首を目掛けて鋭く打ち下ろされました。ここに、信じられない大奇蹟が起こりました。刀が姫の首近くに振り下ろされたとき、何かに当たったような甲高い金属音がして、刀は砕け散りました。慌てた執刑吏は、刀を取り替えて二度、三度と繰り返しましたが、結果は同じく刑の執行が出来ません。執刑吏の背筋に寒気が走り、執刑吏はその場に座り込んでしまいました。
 これを見ていた金瓜武士の顔も青ざめ、身を慄わせて急ぎ城内に立ち戻り、事の詳細を妙荘王に報告しました。妙荘王は、金瓜武士も真虎と同じように余を誑かすのかと怒り、金瓜武士をその場で処刑してしまいました。そうして、引き続き他の武士を呼んで
「今度は、布を綯(な)って絞首の刑にせよ」
と命じました。今の妙荘王には菩薩のような姫も妖怪(ようかい)変化(へんげ)としか見えず、即刻七尺余りの綾布を準備させ、刑場に持たせました。
 姫は自分の死刑よりも父王の罪の深さを痛む心が強く、両頬に涙を流して悲しみました。所詮修行は、このような大きな魔難によって磨かれなければ、正果を証することが出来ないのでしょう。姫は掌を合わせて天地を拝し、群衆に向かって深い庇護のあることを祈り、執刑吏に対しても深く頭を下げてその労を犒いました。
 執刑吏は布で輪を作り、その輪を姫の首に掛けて両端を固く握りました。時刻の合図と共に、二人の執刑吏は両端の紐を強く曳き合いました。ところが、どうしたことでしょう。頑強な大の男が、しかも二人掛かりで紐を曳き合っているのに関わらず、姫の様子には少しの苦しみも乱れもありません。執刑吏は慌てて再三再四力を振り絞って紐を締め続けましたが、姫の首は鉄柱のように微動だにしません。
 見る見るうちに、執刑吏の額から脂汗が流れ出しました。もし姫の処刑に失敗すれば、引き替えに自分の命を落とさなければなりません。死の恐怖に駆られた執刑吏は、必死になって姫の首を締め付けようとします。姫はこの情景を見て深い憐憫の情を感じ、累を多くの人に及ぼしてはならない、自ら涅槃に這入ろうと決意され、声を挙げて弥陀に祈られました。
「大慈大悲なる弥陀よ。どうか私を導引して帰命させて下さいませ。もし今の処刑で父王の命に従うことが出来なかったならば、きっと今の執刑吏も私のために犠牲にならなければならないでしょう。私のために、重ねて殺身の及ぶことは忍びません。修行は悪の因果を滅ぼすためのものであるのに、これ以上の悪業を重ねさせないで下さい。慈愛深き弥陀よ。どうか、私の願をお聞き入れ下さい」
 姫の祈りが届いたのか、執刑吏の力が勝ったのか、突然姫の身体から力が抜けて、姫がその場に倒れかかりました。姫の身体が地上に倒れ伏すかのように見えたとき、一陣の猛虎に似た砂塵が巻き起こり、辺り一面は真っ暗闇と変わりました。これは一瞬の出来事で風は直ぐに治まり、元の刑場に戻ったときには姫の姿が跡形もなく消えておりました。静まり返っていた刑場は、度重なる大奇蹟の出現に興奮の坩堝と化しました。
 慌ただしく飛び込んできた執刑吏から事の次第を聞いた妙荘王は、唖然としてしまいました。このような奇怪な出来事が次々に起こったのは、一体どうしたワケであろうか。悪い予感が、フト妙荘王の心を過ぎりました。

続く・・・



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