現代ビジネス 1/24(火) 9:01配信
可笑しな時代になったものだ。次の二つの演説を読み較べてほしい。まず一つ目は、下記だ。
〈 「いまは最良の時代であり、最悪の時代でもある」――かつて英国の作家ディケンズは、産業革命後の社会をこう描写した。現在のわれわれも、同様の矛盾した中で生活している。
物質と富は不断に蓄積され、科学技術は日進月歩で、人類の文明の発展は歴史上、最高レベルに達している。だがその一方で、地域の衝突は頻発し、テロや難民が噴出し、貧困・失業・格差は拡大し、世界が直面する不確実性が増している。いまや多くの人々が、世界はいったいどうなってしまったのかと困惑している。
この困惑を解決するには、問題の根源を探っていかねばならない。一つの見方は、世界が乱雑になってしまったのは経済のグローバル化のせいだというものだ。だが私は思うに、この考えは正しくないし、そう押しつけてしまえば問題解決の助けにもならない。
歴史的に見て、経済のグローバル化は、社会的生産力の発展と科学技術の進歩による必然的な要求であり、帰結である。グローバル化は何者かが、もしくはどの国かが、故意に作り出したものではない。
もちろん、経済のグローバル化が「両刃の刃」であることは認める。世界経済というケーキが小さくなっている時、それをどう分配するかで効率と公平の矛盾が出てくるものだ。
だが、「甘いウリは苦みを抱え、美しいナツメにはトゲが生える」というではないか。世の中に完璧なシステムなど存在しない。経済のグローバル化がもたらした新たな問題があるからといって、経済のグローバル化自体を殴死させるのは愚かなことだ。
人類の歴史は、われわれに告げている。問題が発生したからといって、恐れるでないと。恐れるべきは、問題に向き合わず、解決への道を探らないことであると。経済のグローバル化がもたらしたチャンスとチャレンジを前に、われわれの正しい選択は、チャンスを十分に利用し、チャレンジに一致して立ち向かい、世界をよりよいグローバル化の道へと導いてやることなのだ。
具体的には、われわれは経済分野の3つの突出した矛盾に対して、いまだ有効な解決策を見出していない。
第一に世界経済のエンジンが不足していて、持続的で安定的な成長を支えられなくなってきていることだ。2016年の世界経済の成長スピードは、この7年来で最低を記録した。
第二に世界経済に対するコントロールが効かなくなってきていて、新たな変化に対応しきれていないことだ。いまや新興国家の経済成長が、世界全体の経済成長の8割以上を占めている。
第三に世界の発展が均衡を失っていて、人々が期待する生活を満たしていないことだ。世界の上位1%の富裕層の資産が、残りの99%が持つ資産の総和を超えており、格差と発展の不均衡が頭痛の種となっている。
整理すると、世界経済の成長、コントロール、発展の仕方に問題があるわけで、いずれも解決不能なものではない。
第一にエンジンを刷新し、活力あふれる成長様式を作り上げていくべきだ。第4次工業革命は、これまでの工業革命と較べると、段階を踏みながらもランダムな速度で展開している。そこで昨年のG20(主要国・地域)サミットでは、刷新によって世界経済成長の新たなエンジンを見出していこうというコンセンサスを得た。
第二に互いに連携を堅持し、開放された市場のもとで共に勝者となる提携方式を見出していくことだ。人類はすでに、「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」という運命共同体になっている。互いの利益は高度に融合し、相互依存が進んでいる。
その意味で、全世界での自由貿易と自由な投資を堅持し、発展させていくことが重要だ。貿易と投資の自由化と利便化を推進していくのが筋であって、保護主義への反対を旗色鮮明にすべきなのだ。保護主義を掲げることは、暗室に籠って雨風に打たれるのを避けているようなもので、陽光や新鮮な空気からも隔絶されてしまう。他国に貿易戦争を仕掛けても、双方が傷つくだけだ。
第三に公正で合理的な(世界経済の)コントロール様式を進めていくことだ。「小知恵は一事を治め、大知恵は制度を治める」と言う。国家の大小も強弱も貧富も分け隔てることなく、すべての国が国際社会の平等な構成員ではないか。皆が平等に政策決定に参加し、権利を享受し、義務を履行していくべきなのだ。『パリ協定』は地球の発展のベクトルに符合するもので、軽率に放棄してはならない。これは子孫後代に対してわれわれが負担している責任なのだ!
世界史の発展はわれわれに教えている。困難に直面しても、怒りに溺れることなく、他者を叱責することなく、信心を放棄することなく、責任を逃避することなく、一致団結して困難に打ち勝てと。歴史というのは、勇敢な者が創造していくものだ。われわれは信心を掲げて行動に乗り出し、共に連携して未来を前進させていこうではないか! 〉
だいぶ要約して訳出したのだが、それでも長くなってしまったことをご寛恕願いたい。
「自国の製品を買い、自国の人間を雇用する」
次に、もう一つの演説は、下記である。こちらは16分ほどの演説の要約だ。
〈 すべてが変わる。いま、ここから始まる。世界がこれまで見たことのない歴史的な運動の一部を担うのだ。この運動の中心には、国家はその国民のために奉仕するという重要な信念がある。
いま国民は、子供たちのための素晴らしい学校を、家族のための安全な地域を、自分たちのためのよい仕事を望んでいる。だが多数の国民が直面している現実は異なるものだ。貧困に喘ぐ母子たち、錆びついた墓場のような工場群、高い教育費、犯罪やギャング、薬物といったものだ。
要は私たちは、自国の産業を犠牲にして、他国の産業を豊かにしてきたのだ。他国の軍隊を支援し、自国の軍を犠牲にしてきたのだ。他国の国境を守りながら、自国の国境を疎かにしてきたのだ。何兆ドルも海外に使っているのに、自国の産業は荒廃し衰退させてきたのだ。つまり、他国を裕福にして、自国の富強と自信は地平線の彼方に消し去ってしまったのだ。
その結果、一つまた一つと工場が閉鎖され、他国に移転していった。中間層の資産は、世界中に再分配されていった。
しかしこうしたことは、もはや過去のことだ。いまこの瞬間から、貿易、税金、移民、外交などの問題に対する決断は例外なく、自国の労働者と家族の利益のために下す。私は、他国が自国の製品を作り、自国の企業を略奪し、自国の雇用を破壊する行為と戦っていく。そして雇用と国境、富と夢を取り戻す。
私は2つの簡単なルールを守る。それは自国の製品を買い、自国の人間を雇用するということだ。すべての国に、自国の利益を最優先する権利があるのだ。他者に自分の生き方を押しつけることはしないが、私たちの生き方が輝くことによって、他国の人々の手本となるだろう。
私たちは古い同盟を強化し、新たな同盟を作っていく。私たちは、素晴らしい軍隊、素晴らしい法の執行機関に守られている。
私たちは行動を起こす時が来た。空虚な話はもう止めにしようではないか。私たちは再び盛え、繁栄するのだ 〉
「仮想敵国」と「最重要の同盟国」
前者は、1月17日にスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)年次総会、通称「ダボス会議」のオープニング・セレモニーでの習近平主席のスピーチだ。
一方、後者は、1月20日のトランプ大統領の就任演説である。トランプ大統領が34回も連呼した「アメリカ」という単語を、あえて「自国」と意訳して紹介した。
自由・民主・グローバルスタンダードといった「理念」を持つ日本人としては、前者の演説には全面的に共感できるが、後者の演説には眉をひそめてしまうのではなかろうか。
だが、前者の演説は、安倍晋三政権が「仮想敵国」と考える中国の習近平主席によるもので、後者の演説は、安倍政権が「最重要の同盟国」とするアメリカのトランプ大統領のものなのだ。
これを、日本としてはどう解釈、もしくは「咀嚼」すればよいのだろうか?
ちなみにトランプ新大統領は、就任した当日に、ホワイトハウスのホームページで、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱を宣言した。皮肉なことにこの日は、日本が、批准を終えた最初の加盟国として、ニュージーランドにあるTPPの事務局に登録した日だった。
昨年11月17日にトランプタワーを訪問した安倍首相は、「TPPは単なる経済協定ではなく、21世紀のアジア太平洋のグローバルな秩序作りを、中国ではなく日米主導で行うものだ」と必死に説得した。だがトランプ新大統領は、その声に耳を傾けることもなく、完全に無視した格好だ。
無視と言えば、他にもある。これまでアメリカで新大統領が就任すると、世界のどの首脳よりも先に日本の首相が訪米し、日米首脳会談を開いて「揺るぎない日米同盟」を世界に誇示することを慣習としてきた。
唯一の例外は、2001年1月に就任したブッシュJr大統領で、この時は日本をライバル視する韓国の金大中大統領が先行してしまった。その一週間後にワシントン入りした森喜朗首相は、2番目の外国首脳として3月19日に日米首脳会談を開いたが、そのわずか1ヵ月後の4月26日に辞職してしまった。
ある日本の外交関係者が語る。
「トランプ大統領の頭の中は、1980年代でストップしてしまっているようだ。最も尊敬する人物はレーガン大統領で、レーガン・サッチャー時代の米英同盟を復活させようとしている。
そのためトランプ新大統領にとって、外交上最も大事なのは、EUからの離脱を決めたイギリスとの二国間同盟だ。だからイギリスのメイ首相を27日にホワイトハウスに招いて、米英首脳会談を開く。その次に重要なのは、『国境に壁を築く』と宣言している隣国のメキシコと決着をつけることだ。それで31日に、メキシコのペニャニエト大統領をホワイトハウスに招いて首脳会談を開く。
イギリスとメキシコの次に重要なのは、ロシア、中東、そして中国だろう。だからこれらの国との『外交戦』を展開するだろう。日本は、これらが片付いてからの後回しということだ」
日本メディアは当初、トランプ大統領と安倍首相との日米首脳会談は1月27日が有力と報じていたが、その後、2月初旬にトーンダウンした。その理由は、アメリカの国務省幹部を始めとする「トランプ外交チーム」の人事がまだ固まっていないからだという。
だが実際には、そんなこととはお構いなしに、トランプ外交は1月20日の政権発足以来、フル回転しているのだ。つまり、日本は後回しにされたと客観的判断をすべきなのである。前出の外交関係者が続ける。
「あくまで個人的な意見だが、トランプ大統領の就任演説を聞いていて、背筋が寒くなってきた。第一に、自由・民主といった理念がない。第二に、同盟国である日本はおろか、世界のことをまるで念頭に入れていない。これはもしかして、日米同盟にとって危機的状況かもしれない。
逆に、中国はあの演説を聞いて歓喜したのではないか。今後、台湾を攻めようが南シナ海を支配しようが、アメリカ軍は関知しないと確信を持ったに違いない。まさにこれからは、アジアの覇権は中国が握る時代になると思ったことだろう」
引き渡された「核のボタン」
では、中国では、トランプ政権誕生はどう報じられていたのか。
私は、就任セレモニーの時、テレビでNHKを見ながら、その一方でインターネットで中国中央テレビ(CCTV)のニュースチャンネルを見ていた。CCTVのワシントン特派員の女性は、次のように伝えた。
「こちらワシントンは、『反特』(反トランプ)の嵐です! 就任時の支持率38%、反対派を抑えるために1億ドル以上の警備費、そして60人もの民主党議員の不参加。そんな中で『核のボタン』が、オバマからトランプへと引き渡されたのです」
北京のスタジオのアナウンサーの脇には、米中関係の専門家たちが居並び、次々に厳しい表情でコメントしていった。
「トランプ時代が始まったが、新大統領は政治家としての経験もないのだから、まず1年は学習期だ。そのため、約15人の顧問が周囲についている。その中で警戒すべきは、国家通商会議の議長に就いたピーター・ナバロだ」
「トランプ新大統領は、まずは『外交戦』よりも『内戦』を起こすだろう。だがアメリカの『内戦』には、中国も関係してくるからやっかいだ。『米国優先』ならまだよいが、『米国独行』は許さない」
「トランプは中国との関係を、単純な二国間関係としてか見ていない。世界の中の中米関係の視点がない。テロ対策から気候問題まで、世界には中国とアメリカが協力して成しえる重要なイシューが多く存在することを知るべきだ」
「『トランプ外交』は、まずはロシアに重点を置くだろうが、米ロ関係改善は、それほど簡単にはいかないはずだ。2008年にメドベージェフ大統領が誕生した時も、米ロの雪解けと言われたが、すぐに対立を始めた」
「昔気質の商人であるトランプは、どうやら中米が国交正常化した1979年当時の中米関係を思い描いているようだ。いまや中国は名実ともに、世界ナンバー2の大国になったのだから、1年くらいかけて誤解を解いていかねばならない
日米中の三角関係から目が離せない
その後の中国の報道をチェックしてみると、トランプ大統領の行動や発言を追ったものの他に、保護貿易への警戒心が滲み出ている印象を持った。
例えば、『第一財経日報』(1月22日付)は、「トランプは全面的な貿易の保護主義は実施できない」という見出しで、次のように報じた。
〈 トランプノミクスとは、第一に貿易の保護主義を基調としている。NAFTA(北米自由貿易協定)とTPPに強く反対し、中国からの輸入品に45%の関税をかけると言っている。
第二に、大胆な財政政策を打つ一方で減税するとしており、財政不均衡が起こってくる。5500億ドルのインフラ整備と、企業所得税の35%から15%への減税、及び個人所得税率の最高39.6%から25%への減税だ。
第三に、通貨政策の不確実性が増すことだ。トランプはFRBの低金利政策を、資産バブルと株式バブルを助長するものとして、何度も攻撃してきた。だがその一方で、積極的な財政政策のための国債発行やドル高是正には低金利政策が望ましいとも言っている。
第四に、就業を主目的とした産業政策を取ってくる。この政策は、オバマ時代の「製造業回帰戦略」とは、異なる部分がある。オバマ時代は最先端の製造業の回帰だったが、トランプ時代は旧式の製造業の回帰だ。
こうしたトランプノミクスは、第一に、高関税によって中国の貿易にマイナスの影響を与える。第二に、減税によるアメリカ投資が増えるから、中国企業の資本流出が起こる。第三に、アメリカが利上げに踏み切れば、さらに人民元安と資本流出を招く。
これに対して、中国は4つの対策を取るべきである。第一に、「供給側構造性改革」(習近平政権の経済改革)を、より深く推進することだ。第二に、「一帯一路」(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードという習近平政権の近隣外交政策)を、より深く推進し、積極的に国外市場を開拓していくことだ。第三に、人民元の為替の自由度を上げることだ。第四に、企業の経営コストを下げるような政策を打つことだ〉
このように、中国はトランプノミクスへの警戒感を隠さない。だが、軍事面では沈黙を保っている。日米同盟の弱体化を見守っているのかもしれない。
ただ、トランプ大統領は宣誓に臨む前、あまりに緊張して何度も水を飲んでいた。その姿は、世界最強国家のリーダーというより、年老いた爺さんだった。その様子を見ていて、本人が口で言うほどパワフルな政権にはならないかもしれないと思った。
ともあれ日本は、トランプ政権の初日から、これまで日米で築き上げてきたTPPを吹っ飛ばされたわけで、日米中の三角関係から、ひとときも目が離せなくなってきた。
近藤 大介