転載 http://manetatsu.com/2016/07/69742/
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消費税増税の再延期2017年4月に実施される予定であった消費税増税を、2019年10月へ再延期する意向を安倍首相が表明した。
社会保障の財源確保に増税は不可避だが、消費税増税が一向に上向かない個人消費をさらに悪化させ、日本がデフレから脱却するのが困難になることを憂慮したのだろう。
世界経済の減速懸念を表向きの理由に挙げ「新しい判断」で決断したとしているが、首相自身が約束した増税を再延期することになった以上、アベノミクスが現状では成功していないことを素直に認めるべきだと国民の多くは感じたはすだ。
それでも、10%への消費税増税がひとまず延期(7月の参議院選挙後の臨時国会で、法改正を行う必要があるが)されることが事実上決まり、多くの国民はほっとしたのかもしれない。
読売新聞による調査で、消費増税延期を「評価する」は63%で「評価しない」の31%を大きく上回ったという調査結果からも国民の消費増税に対するアレルギー体質がよく分かる。
しかしながら、これで政府債務の増大を抑えるための基礎的財政収支の黒字化は遠のき、社会保障制度の持続はますます困難になったといえよう。
また、消費増税が先送りされたことで国民の将来への不安は逆に高まり、生活必需品以外への支出を抑える傾向はむしろ高まることは想像に難くない。
社会保障制度の改革は、高齢化が進む世界の主要国にとっては共通の課題である。
財政状況はもちろんのこと、出生率・平均寿命・人口構成、さらには社会情勢や国民性など各国で事情は異なるだろうが、いずれの国においても社会保障制度は大きな改革を求められており、国家財政のみならず国の行く末を左右する深刻な問題である。
社会保障制度の効率化や持続性の問題を考える際、欧州でしばしば議論に上がる社会保障サービスのあり方として「ベーシック・インカム」という考え方がある。
ベーシック・インカムを一言で説明すれば、政府が国民全員に最低生活保障として定額の現金を支給する政策だ。
年金や生活保護などの社会保障支出が、ベーシック・インカムに一元化されれば、行政の無駄を大幅に削減できることが期待できる。
国民1人1人(大人も子供も等しく)へ機械的に現金が支給されるので、保険料納付など年金を受給するための条件を設ける必要はないし、生活保護の給付を受けるための様々な手続きや自治体との駆け引きも基本的に要らなくなる。
公的年金制度をそのままベーシック・インカムに置き換えることはあまりにも乱暴だと思われるかもしれないが、そもそも世代間の賦課方式である年金給付は、年齢による差別がある生活保護給付だと見ることもできる。
高齢でも元気な人もいれば、まだ若くても健康に問題があり十分に働けない人もいる。つまり、公的年金において国民を年齢で区別するのはフェアではないと考えることもできるのだ。
ベーシック・インカムで大きな問題となるのは、支給する金額である最低生活保障をいくらにするかであるが、日本では国民1人あたり月額6~7万円あたりが妥当かもしれない。
なぜなら、現在の国民年金(老齢基礎年金)の受給額が満額およそ年額78万円で1か月あたり約6万5千円だからだ。
また、この制度を年金保険料でなく全て税金で賄うためには、消費税率を大幅に引き上げることや、相続税をはじめとする資産課税の強化などが考えられるが、所得税率を一律45%程度にすることで財源は十分に確保できるという専門家の意見もある。
もちろん、ほとんどの国民はベーシック・インカムだけでは普通の生活はできないので別途働いて収入を得る必要がある。
また、基礎年金額相当のベーシック・インカムだけでは老後の生活費を賄うことはできないので、個人型確定拠出年金のような老後に備えた自助努力を支援する制度を追加で整備すれば補完することができるだろう。
尚、ベーシック・インカムは現金を国民に給付するので、その使い途は個々人の自由である。食費でも、子どもの教育費でも、寄付でも、たとえギャンブルに使っても構わない。
お金の使い途に関して、国は一切介入をしないというのがベーシック・インカム制度の基本なのである。
折しも、スイスで6月5日にベーシック・インカム(最低生活保障制度)導入の是非を問う国民投票が実施された。
国民投票といえば、EU離脱を決めた英国の国民投票(6月23日実施)が世界の金融市場を震撼させたが、欧州の国々では国家の重要課題を国民投票で決定する直接民主制が根付いている。
筆者はスイスの国民投票に大変注目をしていたのであるが、日本ではそれほど大きく報道はされていなかったので、この国民投票のことを知らない読者も多いことだろう。
投票の結果は、大差でベーシック・インカム導入が否決された。報道によれば、ベーシック・インカムを提案したスイスの市民運動は、当初から制度の実現よりも問題提起を目指していた面があった様だ。
理想的過ぎるとの批判を受けつつも、推進派が求めたのは「自己実現のために働く社会」を考えることだったことかもしれない。
最低生活保障について「78%が反対」という結果にもかかわらず、賛成票の割合が国民投票に必要な署名を集めた推進派の予想をはるかに上回ったことは、大きな意義があったということだろう。
最低生活保障の支給額は可決された後に法律で決める段取りだったが、賛成派は月額で大人に2,500スイスフラン(日本円で約28万円)、子供に625スイスフランを提唱していた。
物価水準の高いスイスでは、一般的に月収が4,000スイスフランを下回ると生活が苦しくなるとされるので、ベーシック・インカムだけでは到底豊かな生活はできない。
推進派グループのリーダーは、ベーシック・インカムを得ることで仕事を選びやすくなり、より生産的で創造的な労働に従事できると主張していた。
「勤務時間が短く給与もストレスも少ない仕事をあえて選び、家族と過ごす時間を増やす」といった選択が、最低生活保障があれば可能になるというわけだ。
「誰もが生活の心配をせずに自己実現に挑めるようになる」という理想の社会実現に向けた社会運動といえるだろう。
また、推進派が「人工知能(AI)やロボット技術が発達し将来多くの雇用が失われることに備える必要がある」という論理を展開していたことは非常に興味深い。
近年、欧州を中心にベーシック・インカムの議論は盛り上がり始めており、オランダでは一部の都市が実験の準備を進め、フィンランドも調査に乗り出すとのこと。
カナダでもオンタリオ州で年内にベーシック・インカムの導入実験をすると報じられている。特に、北欧では貧困対策と社会保障のあり方を財政だけでなく、人権・人道の問題として捉える傾向が強いことも影響しているとみられる。
最低生活保障を制度として導入すれば、複雑に入り組んだ社会保障と福祉制度を簡素化することができ、行政効率を大幅に改善する効果は期待できるが、一方でばらまき政策に陥ることや、国が社会主義へと傾くのでは!?と抵抗感を持つ人も多いだろう。
現に、資本主義国でベーシック・インカムが本格的に導入された事例はまだなく、プラスの効果だけでなく副作用も未知数の部分が多いのは現状だ。
スイス国民投票の提案は、最低生活保障についての議論を促す効果は大いにあったと言えるだろうが、財源確保をどうするのか、スイスの人口の約25%を占める外国人にも支給資格を与えるかどうかといったいくつかの問題を曖昧にしたまま提出された。
有権者10万人の署名があれば、政府や議会が反対の姿勢でも国民からの提案を投票に諮る制度があるスイスならではの事例かもしれないが、日本でもベーシック・インカムについて広く議論されることを期待したい。
社会主義的な色彩の強い政策であるので、今の日本の政治体制、少なくとも自民党政権が続く限り、ベーシック・インカム制度が導入される可能性はかなり低いと言えるだろう。
また、現行の公的年金制度で多大な恩恵を受けている高齢者層は、年金受給額が減る可能性があるベーシック・インカムの導入には大反対することは想像に難くない。
しかし、いずれ大幅かつ抜本的な社会保障制度の改革が迫られるのであれば、最低所得保障の考え方を取り入れ、あまねく国民にお金を配るベーシック・インカム的な発想は大きな意義を持ってくると筆者は考えている。
かつて、民主党が2009年衆議院選挙のマニフェストで、公的年金制度の改革案として「最低保障年金」という看板政策を掲げていた。
民主党政権は3年半という短命で終わったため、年金制度改革は全く進まなかったが、この最低保障年金という考え方はベーシック・インカムに近い概念であった。
財源問題を含めベーシック・インカムの導入には課題が多く、税制を含めた大改革を実現するためには、10年単位の長い移行期間も必要となろう。「社会保障と税の一体改革」について国民的議論が再び活発化することを願いたい。
4月に放送されたTV番組『そこまで言って委員会NP(読売テレビ)』で、ホリエモンこと堀江貴文氏が、日本を元気にする秘策として、ベーシック・インカムの導入を提唱していたことは傾聴に値する。(執筆者:完山 芳男)