図:2017年1月の段階で、アメリカ合衆国では28の州と首都のワシントンDCと、領地のプエルトリコとグアムで医療大麻の使用が合法化されている。8州(赤い☆印)とワシントンDCでは娯楽用の大麻の使用も合法化されている。ルイジアナ州も2016年5月19日に知事が医療大麻の使用を認める議案に署名しているが、なぜかこの図には含まれていない。(Wikipediaの図やNORMLの図にはルイジアナ州も医療大麻合法の州に含まれている。)
523)医療大麻の世界の動き
【毒性があっても医療目的での使用を禁止する理由にはならない】
厚生労働省は大麻の医療使用を認める考えは全くないと言っています。
国会答弁などで、「世界保健機関(WHO)においては、大麻が医療用として有効であるとの見解を示しておらず、現時点では大麻を使用した場合の有害性を否定できないと考えている。このような状況下において、わが国において人に投与する医療大麻の研究・臨床試験を認める状況にはないのではないかと認識している。」と言っています。
米国の一部の州で合法化しているが連邦政府は認めていないとか、国際条約やWHOが認めていないことなどを理由にしています。
「大麻を使用した場合の有害性を否定できないから、人に投与する医療大麻の研究・臨床試験を認める状況にはない」という理由が通ると考えているとしたら、この役人は医学や薬学の行政を行う資格も能力も無いことは明らかです。
医薬品で副作用の無いものは皆無であり、「有害性があるから医薬品にできない」というのであれば、抗がん剤もモルヒネも精神安定剤も病気の治療に使えないことになります。
風邪薬や抗生物質や胃腸薬でも副作用はでます。
劇薬や毒薬に分類される医薬品は多数あります。
「医薬品は基本的に毒性を有し、副作用のリスクを伴うものである」というのは、医学・薬学の常識です。
薬効(薬理作用)があるものは、治療に使う投与量の数倍を投与すれば、必ず毒性や副作用が出ます。抗がん剤は通常量の数倍を間違って投与すれば、ほぼ確実に死亡します。
つまり、大麻の毒性を証明しても、医療大麻の議論では何の意味も無いことです。
【医療大麻が必要か不要かの議論はもう意味がない】
数年前までは、「医療大麻が本当に必要なのか」、「病気の治療に役立つのか」という観点から議論されてきたように感じます。そのため、基礎研究や臨床試験の結果が議論され、考察されてきました。
最近は、医療大麻の有用性が認識され、病気の治療における使用法などに関して少しづコンセンサスが得られるようになりました。
最近の論文では「The established roles for cannabinoid therapies include pain, chemotherapy-induced nausea and vomiting, and anorexia.(カンナビノイド治療の確立した役割として抗がん剤誘導性の吐き気や嘔吐や食欲不振がある)」という表現で、いくつかの症状や病気において、医療大麻やカンナビノイド製剤の有効性は確立しているのです。
Curr Oncol. 2016 Dec; 23(6): 398–406. A user’s guide to cannabinoid therapies in oncology
研究が進むにつれ、医療大麻を否定する意見は少数派になり、病気の治療手段の一つとして利用を推奨する考え方が主流になりつつあります。
それは、医療大麻の合法化が世界中で広がっていることから理解できます。
医療の先進国では、ほとんどの国で医療大麻や大麻製剤の使用が合法化あるいは非犯罪化されています。
アメリカ合衆国では、まだ連邦法は医療大麻の使用を認めておらず、規制物質法で大麻はスケスケジュールI(乱用の危険が高く、医療価値がない)に分類されています。精神作用のないカンナビジオール主体の製品(CBDオイル)もスケジュールIに分類されています。
しかし、州法によって医療大麻が合法とみなされる州は過半数を突破しています。(トップの図参照)
昨年11月8日の大統領選挙と同時に行われた住民投票で、アーカンソー、フロリダ、モンタナ、ノースダコタの4州で医療大麻が合法化され、現時点(2017年1月)では、28の州と首都のワシントンD.C. と領地のプエルトリコとグアムで州法によって医療大麻の使用が合法化されています。
さらに、娯楽用の大麻の使用は、アラスカ州、コロラド州、オレゴン州、ワシントン州と首都ワシントンD.C.に加えて、昨年11月の住民投票で、カリフォルニア州、メイン州、マサチューセッツ州、ネバダ州が合法化されています。これらの州では21歳以上であれば、嗜好品として少量の大麻を所持・使用することは合法になっています。
ヨーロッパでは大麻エキスのサティベックス(Sativex)など大麻由来製剤は多くの国で認可されています。医療大麻はオランダ以外では制限がありましたが、医療大麻の承認も進んでいます。
ドイツでは2016年5月に厚生大臣が2017年に医療大麻を合法化すると発表しています。
オーストラリアでは医療大麻をベースにした薬剤などの製品を製造するライセンスは既に存在していましたが、国内での栽培が違法だったため有効に機能していない状態が続いていました。しかし、2016年2月にオーストラリア議会は麻薬法を改正し、医療大麻を合法化しました。この改正では医療目的と科学的研究目的の栽培が認められるようになっています。
南米では、ウルグアイ、チリ、コロンビアが医療大麻を許可しており、ブラジルは大麻オイルを処方薬として認めています。
カナダで2015年10月19日に行われた下院議員を選出する総選挙で、ジャスティン・トルドー党首が率いる野党の自由党が過半数を獲得し、10年ぶりに保守党から政権を奪取しました。
自由党は嗜好品としての大麻の合法化を公約にしており、カナダでの大麻の完全合法化に向けた動きが一気に本格化しています。
トルドー首相は、嗜好品としての大麻の販売、規制、課税のシステムを構築し、同時に子供への譲渡や大麻使用時の運転などを厳しく罰することによって、大麻に関連した「犯罪的な要素」を取り除くのに役立つと述べています。
現在のカナダの大麻規制のシステムでは子供たちの大麻使用を止めることはできないし、あまりに多くのカナダ人たちがほんの少量の大麻所持で前科者になってしまっている点を問題にしています。むしろ、娯楽用の大麻を合法化し、管理し、アクセスを制限するシステムを構築する方が、若年者への大麻使用の禁止と、密売人たちへの利益の供与を断ち切ることができ、犯罪も少なくなる、という考えを示しています。
以下の地図は医療大麻または大麻由来医薬品に関する各国の法規制の状況をまとめたもので、Wikipediaからの引用です。2016年11月の段階の状況のようです。(出典はこちら)
図:医療大麻は、アメリカ合衆国の28州とワシントンDC、ヨーロッパの多くの国、スウェーデン、フィンランド、カナダ、オーストラリア、ウルグアイ、チリ、コロンビア、バングラディシュなどで合法化されている。ロシア、イラン、ブラジル、フィリピンでも非犯罪化されていて使用可能になっている。
出典:Wikipedia (17 November 2016)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Legality_of_cannabis_for_medical_purposes_new.png
医療大麻はヨーロッパの多くの国、カナダ、オーストラリア、アメリカ合衆国の多くの州などで合法化されています。
この図では、米国のルイジアナ州(アーカンソー州の南の州)も合法化に含まれています。ルイジアナ州では、2016年5月19日に知事(John Bel Edwards)が、医療大麻の使用を認める議案(医療大麻法の修正案)に署名しています。しかし、合法とする法律が未施行状態のルイジアナ州はトップの図(米国国立がん研究所のサイト)では含まれていません。NORMLのサイトではルイジアナ州も含めて29州+ワシントンDCが医療大麻合法化になっています。
さて、これだけ多くの国(特に先進国)において医療目的で大麻が使用されている場合、日本の厚生労働省が医療大麻の使用に反対する場合には、「医療大麻を使うメリットが無い」ということを医学的に証明する必要があります。WHOや米国の連邦法が認めていないということは医学的根拠にはなりません。
他の国で使用されていることが、医学的に間違いであると反論できるだけの証拠があれば、医療大麻の使用に行政が反対しても良いかもしれません。
しかし、すでに多くの医学的根拠と証拠によって、大麻の医療効果は証明されています。
がん治療関係では、世界最大のがん研究機関の米国がん研究所のサイトで大麻のがん治療における有用性が記載されています。(474話参照)
最近の多くの論文で、がん治療において医療大麻を使用する医学的根拠があることがはっきりと述べられています。(477話参照)
最近の調査では、米国のがん専門医の80%以上が医療大麻の使用を支持しています。
米国では、医療関係者(医師や看護師など)の多くが、がん患者における吐き気、疼痛、食欲不振の治療に医療大麻あるいは大麻製剤が有用であることを認識しており、小児に使用することも賛成しています。
以下のような学会報告があります。
Pediatric oncology providers and use of medical marijuana in children with cancer.(小児がん領域の医療従事者と小児がん患者における医療大麻の使用)米国臨床腫瘍学会:2016年6月6日(Abstract 10581)
医療大麻の使用が許可されているイリノイ州、マサチューセッツ州、ワシントン州において、小児がんの治療に関わっている医療従事者(医師、看護師など)の調査です。
回答した301人中、92%が小児がん患者が医療大麻を使用することをサポートする(賛成する)と回答しています。
小児がんの早期のステージでの医療大麻の使用に賛成は34%、末期のステージの患者の緩和ケアに使用することは88%が適切であると回答しています。
(496話参照)
様々な疼痛性疾患、けいれん性疾患、炎症性疾患、神経性疾患や精神疾患など多くの疾患で、医療大麻の有効性が報告されています。
つまり、医療大麻が必要か不要か、有用か無用かの議論はもう意味がなくなっています。
すでに先進国の多くで使用され、多くの専門医師が使用を支持しているという現実で、結論は出ているのです。病気の治療の選択肢の一つとして、その有効な使用法を議論する段階にきています。
【内因性カンナビノイド・システムは細胞間のコミュニケーション・システムの一つ】
私たちの体は、独立した個体です。
外界からの刺激や情報を感知して、その刺激や情報に対して、脳をはじめ、体内の様々な組織や臓器や細胞が反応することによって、行動し生きていくことができるのです。
このように体を動かし、制御するために、体内には様々なシステムが存在します。
例えば、交感神経系や副交感神経系や内分泌系や免疫系や循環器系や泌尿器系などのシステムが存在し、これらが正常に働くことによって、健康に生きていけます。
このようなシステムを動かしたり、制御するために、いろんな伝達物質が使われています。これらのシステムは多数の細胞から構成されますが、個々の細胞は独立した存在なので、細胞同士が連絡をとるために使われるのが伝達物質です。
図:細胞間のシグナル伝達として、分泌された伝達物質が、分泌した細胞自身に作用するオートクリン(自己分泌)、分泌した細胞の近隣の細胞に作用するパラクリン(傍分泌)、血液によって分泌した細胞から離れた細胞に運ばれ、そこで作用するエンドクリン(内分泌)がある。
伝達物質としては、いろんなホルモンであったり、細胞の増殖を制御する成長因子や増殖因子、免疫系を制御するサイトカイン、セロトニンやドーパミンのような神経伝達物質などがあります。そのような体を制御するシステムの一つに内因性カンナビノイド・システムがあります。
つまり、内因性カンナビノイド・システムというのは細胞間のコミュニケーション・システムの一つなのです。
多くの細胞が、このコミュニケーション・システムを使って、細胞間の連絡を取り合って、組織や臓器の働きを制御しています。
このシステムの主な働きは神経組織における神経伝達の制御です。その他に、免疫細胞や消化管や肝臓や循環器系や呼吸器系などの細胞の伝達にも関与しています。
図:内因性カンナビノイド・システムは、神経伝達や免疫細胞の制御だけでなく、循環器系や呼吸器系や肝臓や消化管など多くの臓器の働きを調節している。
内因性カンナビノイドシステムの基本は内因性カンナビノイドとその受容体から構成されます。
内因性カンナビノイドとカンナビノイド受容体の関係は鍵と鍵穴の関係と似ています。
細胞膜にあるカンナビノイド受容体(鍵穴)に、別の細胞から産生・分泌された内因性カンナビノイド(鍵)がはまり込むことによって、細胞外からのシグナルが細胞内に伝達され、細胞の働きに変化を起こします。
図:シグナル伝達物質は細胞膜の受容体を介して細胞外のシグナルを細胞内に伝える。細胞内では、連鎖的な化学反応が起こって、遺伝子発現や細胞機能の変化が起こる。
内因性カンナビノイドは細胞膜の脂質の成分であるアラキドン酸から合成されるアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールがあります。
これらは、神経伝達物質の分泌を制御することによって疼痛や精神活動や運動機能を制御し、さらに循環系や消化管や肝臓の働きを制御しています。
カンナビノイド受容体にはCB1とCB2の2種類があります。最近はGPR55が第3のカンナビノイド受容体と考えられています。これらは、7回膜貫通型の細胞膜に存在する受容体です。
CB1は脳に多く存在し、特に海馬、基底核、大脳皮質、小脳に多く発現しています。
CB1は脂肪組織、肝臓、肺、平滑筋、消化管、膵臓のβ細胞、血管内皮細胞、生殖器、免疫組織、末梢神経、交感神経などにも発現しています。
一方、CB2は、マクロファージ、好中球、単球、リンパ球(B細胞、T細胞)、ミクログリア細胞など免疫系の細胞に多く発現しています。
さらに皮膚の角化細胞や神経線維、骨芽細胞や骨細胞や破骨細胞などの骨の細胞、肝臓、膵臓のソマトスタチン産生細胞、脳のアストロサイトやミクログリア細胞、脳幹部の神経細胞などにも発現しています。
最近の研究で、神経系のCB2受容体や脳組織のグリア細胞が情動的行動にも関与することが明らかになっており、CB2受容体は不安や抑うつや記憶や知覚などの感情や脳機能にも関与していることが示されています。したがって、CB2受容体は、免疫反応や炎症反応に対する作用だけでなく、不安やうつや痛みの制御にも関与しています。
図:内因性カンナビノイドのアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールはカンナビノイド受容体のCB1とCB2に作用して様々な作用を発揮する。CB1とCB2は様々な臓器や組織に分布している。
脳で最も多い内因性カンナビノイドは2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)で、アナンダミドの200倍くらい存在します。細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼCの作用で合成され、モノアシルグリセロール・リパーゼ(monoacylglycerol lipase)で分解されます。
神経細胞から分泌されたアナンダミドは細胞膜を通過して細胞質の脂肪酸結合タンパク質(Fatty Acid Binding Protein)と結合して小胞体に運ばれ、小胞体に存在する脂肪酸アミドハイドロラーゼで分解されます。
図:内因性カンナビノイドのアナンダミドと2−アラキドノイルグリセロールは細胞膜などの脂肪酸から合成される。アナンダミドと2−アラキドノイルグリセロールはカンナビノイド受容体のCB1とCB2や、Gタンパク共役型受容体のGPR55やCa透過性の陽イオンチャネルの一種であるTRPV1などに作用して細胞機能を制御している。アナンダミドは脂肪酸アミドハイドロラーゼ(fatty acid amide hydrolase: FAAH)によってアラキドン酸とエタノールアミンに分解され、2-アラキドノイルグリセロールはモノアシルグリセロール・リパーゼ(monoacylglycerol lipase; MGL)によってアラキドン酸とグリセロールに分解される。
アナンダミドと2-AG以外にも内因性カンナビノイドシステムに作用する脂質メディエーターが同定されています。
内因性カンナビノイド・システムは他の神経伝達物質の分泌を抑制することによって神経伝達を制御するというユニークは作用機序を持っています。
抑制系の神経伝達物質のGABA(γアミノ酪酸)や興奮系の神経伝達物質のグルタミン酸のシナプス間の放出を抑制するのです。
シナプスというのは2つの神経細胞(ニューロン)の接合部で、神経細胞間のシグナル伝達を行う部分です。
通常の神経伝達物質はシナプス前ニューロンのシナプス小胞に貯蔵されて、刺激が来てシナプス間に放出されます。
神経細胞に刺激が伝わると、シナプス前ニューロンから神経伝達物質が放出され、シナプス後ニューロンにある受容体に作用して神経間のシグナルの伝達が行われます。
内因性カンナビノイドはシナプス後ニューロンから放出されて、シナプス前ニューロンに逆行性に作用して、伝達物質の放出を抑制するのです。これを逆行性シナプス伝達と言います。
内因性カンナビノイドはシナプスの刺激に応じて、シナプス後ニューロンの細胞膜のリン脂質からオンデマンドで合成されて放出されてシナプス前ニューロンに作用するのです。
図:神経を伝って刺激がシナプスに達すると、シナプス小胞が細胞膜に癒合して神経伝達物質がシナプス間隙に放出され(①)、拡散した神経伝達物質がシナプス後細胞に存在する受容体に結合することで刺激が伝達される(②)。刺激を受けたシナプス後細胞では内因性カンナビノイドのアナンダミド(AEA)や2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が合成されて細胞外に放出され(③)、逆行性シナプス伝達(④)としてシナプス前細胞に存在するCB1受容体に結合して(⑤)、神経伝達物質の産生・放出を抑制する(⑥)。ドロナビノールなどのテトラヒドロカンナビノール(THC)製剤はCB1受容体のアゴニストとしてシナプス前細胞のCB1受容体に作用して吐き気などの神経伝達に作用する(⑦)。
内因性カンナビノイド・システムは運動、学習、記憶、感情、薬物依存、食欲、エネルギー代謝、疼痛などの制御に重要な働きを担っています。さらに、循環器系や免疫系や消化器系の働きの制御も行っています。
栄養素の吸収やエネルギー産生に関わる消化管、肝臓、膵臓、脾臓、骨格筋、脂肪組織にCB1とCB2が分布しており、内因性カンナビノイド・システムが食欲やエネルギー産生のバランスの制御に働いています。生体が生きていくための根幹を制御するシステムと言えます。
【大麻成分は内因性カンナビノイド・システムに作用する】
医療大麻が病気の治療に役立つ最大の理由は、大麻成分が内因性カンナビノイド・システムに作用するからです。
大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノールはカンナビノイド受容体の鍵穴に合う偽鍵のようなもので、内因性カンナビノイドと同じようにカンナビノイド受容体のCB1とCB2に結合してシグナルを伝達します。
Δ9-THCがエイズや進行がんの患者の食欲増進や体重増加の作用を発揮するのは、CB1とCB2に作用するからです。
前述のように、カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)は中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛、脂肪代謝など多岐にわたる生理作用を担っています。
カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)は免疫細胞や白血球に多く発現し、免疫機能や炎症の制御に関与しています。
CB1は中枢神経系に多く発現し、CB2は免疫細胞に多く発現していますが、カンナビノイド受容体(CB1とCB2)は多くの組織の細胞に存在し、多彩な生理機能の調節に関与しています。
脳幹部にはCB1はほとんど存在しません。これが大麻に致死的作用が無いことと関連しています。脳幹部には呼吸中枢があり、モルヒネの受容体のオピオイド受容体は脳幹部の呼吸中枢にも多く存在するので、モルヒネ過剰で呼吸抑制が起こります。大麻には呼吸抑制が起こらないので、致死的な副作用が発生しないのです。
内因性カンナビノイド・システムが関与している疾患として、多発性硬化症、脊髄損傷、神経障害性疼痛、がん、動脈硬化、脳卒中、心筋梗塞、高血圧、緑内障、肥満、メタボリック症候群、骨粗鬆症、うつ病など多数の病気が報告されています。つまり、これらの疾患の治療に内因性カンナビノイド・システムの制御(活性化や阻害など)が有効である可能性が示唆されているのです。
大麻の主要なカンナビノイドであるΔ9−テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)が奏功する症状が以下のようにまとめられています。
THCは合成THC製剤を使った臨床試験の結果が数多く報告されているので、臨床例での有効性がかなり判っています。神経障害性疼痛や抗がん剤治療による吐き気や嘔吐、食欲低下、筋肉の硬直やけいれんにはかなりの有効性が証明されています。また、がん細胞に対する抗腫瘍効果も一部の腫瘍で示されています。
一方、カンナビジオールは動物実験レベルの研究が多いのですが、てんかんに対する有効性は臨床試験で証明されています。その他、炎症性疾患や不安や抑うつや抗がん作用も示唆されています。大麻が有効な疾患や症状として、カナダ保健省のサイトには以下のような疾患や症状が挙げられています。
【大麻の依存性はカフェインより弱い】
大麻の医療用途や安全性に関する研究が進み、日本でも医療大麻の使用の許可を求める意見が増えています。しかし一方、大麻は犯罪や濫用や中毒と言った危険なイメージと結びつけられがちです。その結果、大麻に関する偏見や誤解も多くあります。
マリファナは一度吸うと中毒になると良く言われていますが、マリファナには身体的依存はタバコやアルコールより低いことが知られています。
報告されている数値によると、依存症になる率は、娯楽用のマリファナが9.2%、抗不安薬が9.2%、アルコールが15.4%、コカインが16.7%、ヘロインが23,1%、タバコが31.9%となっています。
娯楽用大麻はTHCが多く、医療用大麻はTHC:CBD比が小さいので、医療大麻は依存性になる可能性はさらに低くなります。
(Comparative epidemiology of dependence on tobacco, alcohol, controlled substances, and inhalants: basic findings from the National Comorbidity Survey. Exp Clin Psychopharmacology. 1994;2:244–68.)
1994年に国立薬物乱用研究所(National Institute of Drug Abuse)のジャック・ヘニングフィールド(Jack Henningfield)博士とカリフォルニア大学のニール・ベノウィッツ(Neal Benowitz)博士がアルコール、ニコチン、コカイン、ヘロイン、カフェインの5つの物質とマリファナを比較した際、離脱症状、耐性、依存性という点においてマリファナは最も低いという結果になりました。
依存性(薬の使用を止められない状態になること)の強さは、強い方からニコチン、ヘロイン、コカイン、アルコール、カフェイン、マリファナの順番です。
離脱症状(連用している薬物を完全に断った時に禁断症状が現れることで、身体依存を意味する)もこれらの中でマリファナが最も弱く、カフェインよりも離脱症状は弱いと薬物乱用の専門家は評価しています。
つまり、大麻は酒やタバコやコーヒーより中毒になりにくいことは医学的に証明されているのです(表)。
【有害作用を軽減する方法(Harm Reduction Strategy)としてのカンナビノイド治療】
先進国においてはオピオイドの使用が急激に増加しています。その結果、オピオイド依存やオピオイドの過剰服用による死亡が、社会問題として認識されるようになってきました。
がん性疼痛のコントロールにおいてオピオイドが中心になっており、がん治療の進歩によって進行がん患者の生存期間が延びているため、オピオイドを長期間服用しているがん患者が増えています。
がん患者における長期間の高用量のオピオイド治療は、依存や中毒の副作用があります。さらに、内分泌機能異常や骨粗しょう症や免疫抑制などの副作用が問題になっています。
オピオイドによる内分泌機能異常は、おもに視床下部—下垂体系を中心に惹起され、なかでも性腺機能低下症の報告例が最も多く、副腎機能低下症や成長ホルモン分泌不全の報告もあります。
これらの内分泌機能異常は単に患者のQOLを低下させるのみならず、様々な代謝異常や臓器機能の異常を呈し、時に生命にかかわる病態に進展する場合もあります。
また、進行がんの患者や疼痛が増強している患者ではオピオイド誘発性痛覚過敏症候群(Opioid-induced hyperalgesia syndrome)の副作用の増加が指摘されています。
オピオイド誘発性痛覚過敏とはオピオイド投与による痛みの感受性増加と定義され, 鎮痛薬の増量にもかかわらず疼痛が増悪したり, 原病の進行や解剖学的に説明のつかない痛みを伴ったりすることもあります。
動物実験などの前臨床試験では、コデイン、モルヒネ、メサドン、レミフェンタニルのようなある種のオピオイドはがんや感染症の悪化による死亡率の増加と関連していることが報告されています。
米国の2010年のデータでは、1年間に38329人が医薬品の過剰投与で死亡しており、最も多い原因はオピオイド系鎮痛剤で年間死亡数は16651人です。
オピオイド系鎮痛剤の過剰投与による死亡がこの10年以上にわたって年々増えています。これは、がん以外の慢性疼痛に対するオピオイド系鎮痛薬の投与が増えているためです。(JAMA. 309(7):657-659. 2013年)
最近の研究によって、医療大麻がオピオイドの減量と鎮痛効果の改善に有効であることが示されています。
米国の研究では、医療大麻が合法になっている州では、オピオイドの過剰投与による死亡数が減少していることが報告されています。
「医療大麻法がない州に比べて、医療大麻法がある州では、年間の オピオイド鎮痛薬の過剰投与による死亡率が平均して24.8%少なかった」という報告があります。
Medical Cannabis Laws and Opioid Analgesic Overdose Mortality in the United States, 1999-2010(医療大麻法とアメリカ合衆国の1999年から2010年のオピオイド系鎮痛薬の過剰投与による死亡率)JAMA Intern Med. 2014年
日本でも、2010年に非がん性慢性痛に対してフェンタニル貼付剤の使用が保険適用になって以降、オピオイドの長期使用例が増加しています。
フェンタニルは合成オピオイドで、1996年のWHO方式がん疼痛治療法の3段階中の3段階目で用いられる強オピオイドです。
日本でも、非がん性の慢性疼痛にオピオイドを使われると、オピオイドによる副作用や死亡例も増えてくると思われます。
したがって、オピオイドの過剰使用を抑制しながら、全体的な痛みの軽減を改善する方法が必要です。この目的において医療大麻が最も効果的であることは、欧米の多くの研究で明らかになっています。
日本の緩和ケアの専門医の中には、オピオイドで十分に緩和されているから医療大麻は必要ないという意見を言っている医師もいます。しかし、これは全くの勉強不足です。
世界中の先進国では、オピオイドのデメリットを少なくする「オピオイドの有害作用を軽減する方法(Harm Reduction Strategy)」として医療大麻が研究され、実際に使用されています。
緩和ケアに医療大麻が有用であり、必要であることは、既に証明されており、世界の医学はその方向で動いていることは確かです。
しかし、アメリカ合衆国の麻薬取締局(Drug Enforcement Administration:DEA)は2016年12月14日に「マリファナエキスの新薬コードの制定」に関する最終規則を発表しました。2017年1月13日に発効します。
連邦政府は、大麻草(カンナビス・サティバ)から抽出される全てのカンナビノイド(大麻抽出物)をスケジュールIとして規制するつもりのようです。
スケジュールIは「濫用の危険があり、医学的用途がない」物質です。
THCもCBDも大麻エキスも医療効果があり、濫用の危険もアルコールより低いことが医学的に証明されていても米国の麻薬取締局がCBDも医療目的で使わせないという規則を作っているのは、製薬会社などの思惑があるのかもしれません。医療大麻もCBDオイルも、多くの医薬品の販売量を減らすほどの薬効をもっているからです。
米国の連邦法が医療目的での大麻の使用を合法化するのはまだ時間がかかるかもしれません。