2015年12月29日
ボランティアは、実業の合間に行い、時間、資金、など様々な制約があるのが実情で、「奉仕すれば奉仕するほど見返りの多くなる社会」と聞いても実感がなかなかわかないと思います。
しかし、近い将来このようなことが実現してゆきます。
「奉仕すれば奉仕するほど見返りの多くなる社会」を例えば、会社で実現しようとすれば、利益を上げれば給与がよくなるかも知れませんが、奉仕活動は限界があります。
公務員は、社会に奉仕する役目で生活保障の年功序列の給与制で、膨大な税金の無駄使いをする老朽化したシステムの行使者です。
一人の個人が社会に役立つアイデアを実行しようというとき、会社は利益が上がらないとできないし、役所は予算がつかないとできないことになります。
よいことを実現するには既成の組織では大きな壁があります。
イギリスの鉄の女性と言われたサッチャー首相が構造改革の先達のようにいわれ、日本でもイギリスに倣って政府あげての改革に取り組みましたが、長い年月をかけても改革内改革に終わってしまいました。
その原因は世界の裏の仕組みがあったため、すべてに限界がありました。
見せかけの改革とまではいうことはできませんが、根本的に変わらなければ問題は解決しないものでした。
この見せ掛けに似た改革は必要性をまったく満たせないばかりか、当時取り組んだ方の苦労はまさに命がけのものでした。
厚い壁は、古代ローマ帝国時代でも、現代でも変わりません。
市民にとって、「奉仕すれば奉仕するほど見返りの多くなる社会」は、数千年も続いた鉄壁をクリアーする理想的な社会システムなのです。
奉仕すれば奉仕するほど見返りの多くなる社会」このシステムが現状からどのように進化して実現可能になってゆくかお話しします。
よくきく言葉ですが、「ボランティアをやりたいが生活との両立が難しい。」
NPO・NGOや財団、任意団体など、社会貢献を目的とした法人も報酬は払えることになっています。
年間の収益を数十億円も出して、社員に給与を支給している奉仕団体はいくつもあります。
一般にボランティアと言うのは、寄付による慈善事業であり事業費も報酬も無償供与するように思われていますが、社会目的が公正で必要性があれば、各種国際機関のように大口で継続的な寄付行為、あるいは収益事業により賄われています。
しかし、ここでは赤十字やライオンズクラブなど市民意識からかけ離れた国際的な団体は参考にはなりません。
それは、公的な機関である国や県や市町村なども同じですが、逆に市民がいかに公的機関をサポートする時代が目前になってきているからです。
奉仕される側が自ら立ち上がり、奉仕する側に回ることで本当に必要な貢献を実施でき、また本物の奉仕の輪が広がりやすくなります。
そして既存の奉仕団体の無駄や老朽化を改善でき効果は倍増します。
助け合いと言いう気持ちがなぜ自然な人間としての心なのか、誰もが人に喜ばれることが好きだからです。
野菜が多く収穫できたら、近所となりの家に分けてあげます。赤ん坊はかわいいもの、子供が迷っていたら、体の不自由な人がいたら手助けをしようとします。
助け合いは、身近な生活の中で行われてこそ、生きがい・生活力・活気につながります。
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