2015年2月5日
第34話 律芸、大師に猛虎の患を説く
始めの一夜は主人の暖かい饗応を受け、三人は長かった砂漠の旅の疲れをすっかり取ることが出来ました。明くる朝、律芸の子はほぼ完全に危険状態を脱したと聞いた大師は、心から喜び、律芸のたっての願いもあってもう一日逗留して子供の様子を見ることにしました。
その日律芸は、永蓮から大師の身の上を聞いて驚きました。王女が修行の道に入られることは、前代未聞の出来事です。その上、山高く谷深くしかも風雲絶えない危険極まりない須彌山へ朝山(ちょうざん。修行目的の登山)されると言うのです。並の男でも出来ない行を試される大師の大勇猛心に、律芸は舌を巻くばかりです。村人達の話によれば、須彌山の峰々は真夏でも氷を残し、残雪は谷を覆い、羊腸の小経は渉(わた)り難く、魑魅魍魎(ちみもうりょう)・山姥(やまんば)などの妖怪変化が至る所に出没しては妖崇を縦(ほしいまま)にし、群盗が横行して殺害を常とする極めて物騒な難所であり、常人がとても近付ける山ではありません。
それでも大師の決心は固く、聊かの揺るぎもありません。律芸は高い菩薩行に心から敬服し、是非この村で説法會を開き大乗の法旨をお聞かせいただきたいと願い出ました。大師は快く承知して、正午から律芸の家で説法することにしました。
一夜の中に大師の噂が広まったと見えて、説法會の知らせを出すまでもなく早朝から大勢の村人達が律芸宅に集まり、大師のお姿を一目でも見ようと騒いでおりました。定刻前には既に一杯の人で埋まり、広間に入り切れない人達は庭に溢れて並んで坐り、家中黒山の人だかりとなりました。やがて、荘重な口調で大師の法話が始まりました。
「敬虔な村人達よ。早く過去を懺悔して佛陀の教えに従い、涅槃の極楽世界に生きられるようにして下さい。人生は無常であり、苦の連続であります。
私は曾て王女として宮中に生まれ、大勢の宮女にかしずかれて奢侈贅沢な生活を送ってきましたが、煩悩と恐怖、不安と憂悶は何時も私に付き纏い私を苦しめました。ところが今ではこのような襤褸(ぼろ)を纏い、洞窟や樹の根元で野宿し、縁ある家から残飯を乞食しても心は常に歓喜に溢れ、法悦に満ち足り、限りない光明を感じ取っております。
人の世の雑事に追われているばかりでは、煩悶と焦慮は尽きません。肉体は一時的なもの、霊魂は永遠に存在します。涅槃に至り彼岸に達することの出来る楽しみは、世の中の名利に纏わる闘争と執着、あるいは貪欲・瞋恚(しんに。怒り)・愚痴に比べて天地の差があります。地獄の道を断絶して浄土に至る正道を求める人は、この上なく幸せであります。善徳を培えば善果の報いがあり、不善を行なえば不善の報いがあります。今直ぐにも道を求め、正覚の法を修めなさい。眼・耳・鼻・舌・身・意は、業障を起します。不善業を廃(や)め、永く一切の悪を除去して眼を清浄に、耳は天耳をもって十方を聞き、世音を観じて大覚身・大無畏の所成を念じ、自在にして罣礙(けいげ。さわり)無きを求め、諸々の塵労を離れて涅槃の域に常住すべきです。佛門には貴族も平民も富豪も貧賤もなく、階級を忘れ、名を捨て、正道に帰一して修行を続けて行くべきです」
大師は諄々と尽きる事なく、法門に逢う歓びの窮まりないことを説き続けました。聴く人の立場に合わせて法を説き、方便を用いて妙言を傾けました。満座の人々は、大師の説法にすっかり誘い込まれ、熱心に聞き入りました。大師は解り易い表現や比喩を多分に挙げて、大乗佛法の奥義を説きました。時の経つのも忘れ、説法は人々に大きな感動を与えながら日暮れまで続きました。
説法を終えて部屋に戻った大師は、不審に思っていた事を律芸に尋ねました。
「見たところこの地方の土地は肥沃なのに、どうして稲を植えないのですか」
「はい。昔は度々籾を買って来て蒔いていましたが、どうした訳か枯れてしまって稲が育ちません。それでこの地方では稲は生育しないと思い、それ以来誰も稲を栽培していません」
「それは、稲の本当の栽培法を知らないからではありませんか。稲は豆や麦と違って、多量の水がなければ育ちません。降雨のない季節には、かねて溜めておいた水で潤すようにするのです。私達は一袋の籾を持っています。これを差し上げますから、栽培して今後の欠乏に備えるとよいと思います」
大師は保母に籾を出すように言い付け、これを手にしながら普通(うるち米)の籾と糯米の籾とを分けて律芸に示し、蒔き方と灌漑などの方法について詳しく教えました。律芸は大いに感激して、早速村人達にも伝えたので、村人達は天にも昇るように飛び上がって喜びました。このように大師は人々に働くことの尊さを教え、行の中に常に人々が生きるための智慧と知識を広めました。
翌朝になると子供の病状はすっかり恢復している様子なので、大師達は安心して出発することにしました。
「大変気持ちよく休ませていただきました。深く感謝します。私達は一日も早く求法の目的を果たしたいと思いますので、これにて失礼します。心からお礼申し上げます」
突然の別れの言葉に律芸は声も出ないほど驚き、暫し大師の顔を見ていたが、大師達が立ち上がったのを見て慌てて大師の袖を掴み
「何と仰います。老人からお聞き及びの事と存じますが、天馬峰を越えることは死ぬことと同じです。この峰には数年前から四頭の猛虎が棲み着き通行人を襲うことは勿論、この頃では村里近くにも現われ人を食い殺しています。そのためもあってこの村は、他の村と孤立しているのです。御三方は女人の身で、どうして通ることが出来ましょう。害を受けるのを知って、私がどうして御三方を行かせることが出来ましょうか。どうか、暫く滞在なさって下さい。只今私は、村の猟師を集めて猛虎退治の方法を講じているところです。やがて私達が猛虎を退治して通行できるようにしますから、どうかもう暫くお待ち下さい」
「それまでして貰わなくとも」
と永蓮が言いかけた時、あわてて主人がこれを遮り
「危険は、遅かれ早かれ除かなければなりません。そうすることによって私達は猛虎の禍いから解放され、また御三方の大恩に報いられる訳です」
すると大師は、微笑みながら言いました。
「少しもご懸念には及びません。怨み無くして人に害を加えることは、たとえ動物であってもしないでしょう。ましてや虎は霊獣で、佛家の順山夜叉です。私達佛門に帰依している者には、害を加える筈がありません。とにかく私達は、一日たりとも安閑を貪ってはいられません。御主人の真心はよく解りますが、私達は直ぐに出発したいと思います」
律芸は大師の固い決心を知ると、到底止められないと諦め
「それでは、今暫くお待ち下さい。早速村の精鋭な若者を集めて、御三方を護衛するように手配しましょう」
「法を求める人には、法の護りがあります。他の力をお借りする訳には参りません」
「いや、これは私の願いです。是非そうさせて下さい」
大師と律芸の間に暫く押し問答が続きましたが、律芸の誠意と熱心さに打たれ、遂に大師は、決して猛虎に害を加えないという条件で、若者の護衛を許しました。呼びかけに応じて大師の為ならばと志願する若者達が殺到し、律芸はこれらの中から特に元気な若者三十二名を選んで大師一行をお護りさせることにしました。各人は手に手に鎗や矛、棍棒などを持って勢揃いし、喜び勇んで壮途に就きました。
第35話 天馬峰の猛虎、大師に感化されて去る
大師は保母と永蓮を前後に従え三十二名の若者達に護られ、律芸の細々とした配慮に感謝しつつ白象に乗り部落を後にしました。全村の男女は名残を惜しみながらも、また帰りには立ち寄りましょうと言われた大師のお言葉を楽しみに、一行の姿が見えなくなるまで見送りました。
一行は左右に峰々を望む山道を通り、間もなく天馬峰の麓に着きました。天馬峰は険峻な山で真っ直ぐに登ることが出来ず、東西に二本の登り道がありました。一見西の道はやや険しく樹木が鬱蒼と生い茂り、いかにも野獣が出没しそうな不気味さが感じられました。東の道は比較的に緩やかで樹木も少なく、野獣が隠れ棲んでいる様子が無いように窺えました。若者達は集まって暫く何か相談していたが、危険が少ないと思われる東の道を進むことに決めました。
世の中の誰もがそうであるように、この若者達は一見して容易な道を選んだのです。地理に詳しくない大師は案内されるまま従いましたが『避けようとすれば却って災難を招く』との諺どおり、一行が生死の境に立たされるような危険な目に遇り逢おうとは知る由も無く、一行は登りの坂道に差し掛かりました。
緩やかに湾曲した道を登り、一行は間もなく峰の中腹まで辿り着きました。登り口からは見えないこの辺りには、大岩・小岩が転がり、岩と岩との間を通り抜ければ樹木の生い茂る森林となり、一面には腰まで達する雑草が蔓延(はびこ)っていました。案内する者の顔には後悔に似た色が走ったが、これだけの人数であるから大丈夫だろうと自分たちに言い聞かせるようにして一行の歩みを進めました。森林の入り口まで来ると、木立の中から一人の老樵夫(きこり)が現われ
「皆さん、この草叢(くさむら)に用心しなさい。毒虫や毒蛇が潜んでいますから。武器で、草叢を叩きながら進むほうが安全です」
と注意してくれました。
若者達は森林の中に樵夫が居ることは猛虎が棲んでいない証(あかし)だと安堵し、声を合わせて高らかに「おーう」と気勢を上げました。だが、この大声が災いの因(もと)になりました。若者達の声が山を震撼し谺(こだま)して、草叢に寝ていた四頭の猛虎を起してしまったのです。何日も獲物がなく肉食に飢えていた時でしたから「よき獲物が来た」とばかりに、四頭の猛虎は大きく咆哮しながら駆け寄ってきて一行の前に立ち塞がりました。
精鋭な若者達は素早く武器を構えて、虎に立ち向かいました。突然の虎の出現で白象が急に歩みをぴたりと止めたものですから、大師は白象の背から滑り落ちそうになりました。保母と永蓮は、慌てて大師にしがみ着き、恐怖の余り声もなく只震えているばかりです。白象は長い鼻を振り上げて、襲われたら払い退けるような強い態勢をとりました。
猛虎は高い唸り声を上げ、目を怒らせて一行に襲い掛かろうとしました。若者達は円陣を一層固くして、虎が近寄って来るのを待ちました。誰もが、呼吸を止めたように身動き一つしません。中でも親玉と思われる際立って大きな虎を中心に四頭が、少しでも動けば噛み付こうと機を窺っています。その爛々たる飢えた目は殺気を含み、全山が一瞬にして緊迫した空気に包まれてしまいました。一触即発の状態で、辺り一面が阿鼻叫喚地獄と化すのは時間の問題です。
その時、大師は軽く象の背中を叩き、降りることを示しました。象は耳を振って拒絶しました。しかし再三の催促に象は、躊躇しながら上げていた鼻を大きく背中に廻して大師の身体を抱え前に降ろしました。虎と向き合った大師は、少しも恐れる色もなく静かに虎たちの前に進み寄り、一番大きな虎の目をじっと見据え、温かい慈愛の籠った声で
「順山夜叉を務める虎よ。私達に害を加えることはなりません。そなたも霊獣なら、善悪の分別が解る筈、私は興林国から須彌山へ悲願を籠めて求法に参る者で、そなた達と怨念を結ぶ為ではありません。特に私は、神虎の救いを受けたからこそ今日があります。畜生に生まれたからとは言え、護法の役を務めることに変わりはありません。私は今、更に深い妙玄の法を求めに出掛ける途中です。そなた達には、それが分からないのですか」
大師の凛とした気迫は冴え渡り、虎を威圧する力が籠っていました。この気迫に押されたのか先頭の虎が唸り声を低くして後ずさりを始め、他の三頭もそれに倣いました。大師は更に語を続けて
「この山麓の人々はみな佛縁が深く、善人ばかりが住んでいます。ましてや、この道は須彌山への通り道です。正法を求めに通る大事な道です。そなた達がここに棲むと、通る人も減ります。そなた達も、錯(あやま)って人を害し、罪を作りましょう。順山夜叉を務めるそなた達です。正法を護侍して、来世の超生を求めなさい。人を嚇かし傷つけてはなりません。早々に立ち去りなさい。人々の視界から遠ざかり、自らの安住の地を求め、天馬山を立ち去るのです」
大師が諄々と説く法理に今や猛虎は、はっきり理解した態度を示し、踵を返して一目散に逃げ出しました。大師は、その姿が見えなくなるまで動きませんでした。動物の霊であっても、大師の説法を聴き分けてくれたのです。こんな不思議な事が現実にあるでしょうか。これは如何に獰猛な動物であっても、徳の高い光毫輝く聖者の強い霊気を感じ、その気迫に打たれてしまうのです。
若者達は余りの感動に暫し呆然として、構えた武器を下ろそうともしません。保母と永蓮は、象の背中から降り大師に駆け寄りました。二人とも、これほど愛の強さに感動したことがありません。大師は人を愛するに平等なだけでなく、動物に対しても同じように愛情を強く持ち、そのために自分の身の危険をすら顧みませんでした。大師のこの不染汚愛は何れにも偏することなく、大慈大悲の心はその美しい至純の情から自然に起きるものであります。
大師の機智と慈愛と勇猛心は、こうして起ろうとする危険を未然に防ぎました。若者達は真の勇気は決して武勇を誇る人にあるのではなく、真の愛を抱いている人にこそ兼ね備わっていることを今日はっきりと知りました。冷静さを失わない大師は、常に心気を定めていたからこそ猛虎を感化し得たのでしょう。若者の目に焼き付いた大師の人となりは、益々世人に宣揚されるばかりでした。
こうして、あれほど恐れられていた猛虎の艱難は除かれました。少しの力も用いず、大師お独りの妙智慧の閃きで全く治まりました。大師は此処で若者達に護衛の労を謝し、若者達は感動を胸に納めて大師に別れを告げ部落に引き揚げて行きました。
大師は再び白象の背中に乗り、安心して天馬峰に向かいました。天馬峰の向こうは瑠璃城です。一歩ずつ須彌山が近付いてきました。
続く・・・